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110話「夢の中」

 

 深い眠りに落ちて、まるで覚める事のない夢を見ている様な気がした。虚無が似合う無空間の様な世界に投げ込まれ、表情も変わらず、腹も減らず喉も乾かず、生きているのかすらだって分からなくなりそうになる。

 聴覚、嗅覚、味覚、視覚、触覚、五感がまるで体から抜けていく様に思える時もあった。

 耳は聞こえず好きだった音楽や愛する女の声も聞こえない、触った事もキスをした事も分からずまるで痛みなんて感じない、味も分からないキスをした時の味や食べ物の味も分からない、目の前は真っ暗になって何も見えない、それは生きていると言うのだろうか。最早それは生きているのではなく、心臓が動いているにも関わらず死んでいるのと同意義ではないのかと彼は考える。



 そして物語は突然として幕を下ろし、終焉へと向かう事となるだろう。何も聞こえなかった耳は何かを感じ取る、失われた物が全て手元に戻る様に、して

 果てへの降下は物語を終わらせるかの様な雰囲気を物語る。

 そして彼の目の前は真っ暗にはならなかった。

 丘の上に寝転がり、その目の前に広がるのは空を流れる雲と太陽の様な光。光は己の目を刺激する、滅ぼされる様に焼き尽くされる程ではなかったが、その光はまるで自分の心を串刺しにする様にして照っていた。


「夢……なのか?」


 そう言うと、ヴォラクはふと疑問の表情と浮かべながら、青い空に向かって呟いた。

 寧ろ、呟く以外に何かをする事は出来なかった。頭の下に両手を置いて、無心のまま、何も考えずにどこか虚ろな表情を浮かべる。


 午後の時間だったと思う。経緯なんて説明する気はなかったが、ヴォラクはあの戦いの後、休憩の為に少しだけある場所へと立ち寄っていた。

 綺麗な木が一本、まるで包み込む様にして生えていた。気が付けば彼は誘い込まれ、導かれる様にして無意識なままにその木の下へと一人向かっていた。周りの事等一切彼は気に止める事はしなかった。

 ただ彼はその場所に安らぎの様な落ち着きのある様な何かが見えてきたのだった。曇りがなく、心が鎖で囚われているにも関わらず、ヴォラクは何処かにこやかな表情を浮かべる。いつもの無表情でどこか心に闇を抱えていそうな姿を見せているヴォラクではあったがこの時だけはまるで安らかで綺麗な死に顔の様な表情を見せていた。

 まるで欲する物を独占しているかの様に見える。心地良き物があるからこそ、今の様な幸せな表情を見せる事が出来る。


 そして木の下へと向かうなり、彼はまるで促されたかの様にしてその場に寝転がった。楽な姿勢であり、頭の下には両手を置いた。


 そして彼は目を瞑るなり夢を見た。

 夢は幻想的で暴力的で掻き乱される様だと感じられた。

 理想、独占、妬みと恨み、未来、復讐、趣味、過去、姉の事、家族、女、(こころ)、苦手、得意、体、命、殺人、ありとあらゆる、色鮮やかで沈むかの様な程膨張する様な世界。

 そして奇妙と思える程に綺麗な景色、幻想的で白い世界と目の前に広がる無数の赤黒い血の雨と海、それを目の前にする自分の左手に握られるのは姉が自分にくれたロボットのプラモデル、右手に握られるのはまだ温かく新しい骨髄液と血に染まりきり、血が滴る一本のナイフ。

 何なのかは分からない、夢なんて所詮訳の分からない世界を見ているのと同じ事だ。夢なんて怖い夢を見る時もあれば奇怪的であり、一般常識から外れた様な意味不明で支離滅裂なモノだと理解していた。

 ヴォラクは夢なんてどうでも良い事であった。


「良い夢見れたのか?」


 隣で少しだけ低めの女性の声が聞こえる。血の様に赤い髪を纏めあげた女性が口に煙管を咥えながら、彼の隣に木にもたれかかりながら座っていた。表情はいつもと変わらない様に見えるが、どこか悲壮感を浮かべる様な横顔であった。


「姉さん……夢は全て奪っていったよ……」


「何をだ?」


 ヴォラクは寝転がったまま、隣に座る血雷に話しかける。ヴォラクの言葉を血雷は素直に受け止める。そして彼は言葉を更に吐いた。


「姉さんも…大切だったおもちゃも……そして自分自身すらも…」


「悪い夢だったのか?」


「うん…」


 悪い夢だったと答える方が律儀で正しいと感じられた。如何せん言葉に出来なかったとしても、あの夢は悪いとしか言い様がない。

 言葉で表した夢の世界なんて一部に過ぎない。誰かに首を絞められた、黒くて長い髪に美し過ぎる表情に自分が好きだった人に、鎖で体を拘束され、首を絞められ、頬を撫でられた。まるで愛撫するかの様ないやらしい手付きだった。

 仮にも男、女にそんな事を夢の中でされた。印象に深く残った。自分の黒色の髪の匂いを嗅がれて、掴み、頬を撫でられ、唇や拘束された事により顕になった自分が見ても綺麗だと思える汚れや毛がない脇を舐められる、体を独占される様な気分になった。

 いやそれは自分もか……。


「何をしてほしい?膝枕か?ギューってしてほしいか?それとも口付けが欲しいか?それとも、抱きたいか?」


「全部してほしいよ、姉さん…」


 ヴォラクは彼女の言う望み全てを叶えたいと言った。行き過ぎた、傲慢で欲張りな事は理解していた。しかしそれでも欲したくなってしまった以上は仕方のない事であった。

 本音で話せる人物だ、欲しい時ぐらいぶつけても何も問題はないだろうと感じられた。


「欲張りだな…だが、人ってのはそんなもんさ。アタシだってお前にそれぐらいの事、して欲しいさ……上半身だけでもいいから起こせよ」


「…………分かったよ…」


 ヴォラクは血雷の言葉に素直に従う選択を取る事にした。彼は彼女の言葉に促されるがまま、寝転がっていた体を上半身のみだけ起こす事にした。そして先程とは打って変わって虚ろな表情を見せるヴォラクの事を後ろから、彼女はそっと包み込む様にして両手で優しく覆う様にして抱き締める。

 熱があって暖かく、背中には柔らかい感触が二つ程、何が当たっているのかは容易に想像出来たが……。


「すまんな…アタシにはこれが精一杯だ。弱い姉を許してくれ…」


 そんな彼女の自虐の言葉とは他所にヴォラクは自分を包み込む様にして抱き締めてくれている彼女の手を自らの手で掴む。虚ろに顔を俯かせたままヴォラクは言葉を発した。しかしその言葉は何処か生気を感じさせない様な口調であった。


「良いよ……姉さんは姉さんだから……」


 首に誰かの力が込められている。目の前が暗くなる。意識が……飛ぶ?苦しい、息が出来ない、目が赤くなる。

 分からない。分からない。何で、疑問の雨と疑心の壁、あれ?人と対話なんて出来ない、所詮は愚者同士の醜く醜悪な争い?あれ、何だったけ?人って?

 何がしたかったんだ?何を描きたかったんだ?あれ、あれ?誰を殺すんだ?誰を殺したかったんだ?そもそも死ぬってどう言う事だ?人の存在って、人って死んだらどうなるの?殺したらどうなるの?どんな気持ちになるの?

 誰かを蹴落とし、殺して可愛い女を手篭めにしたかったよな?そうしたかったんだよな?

 圧倒的武力で制圧、馬鹿みたいに声を荒らげて戦う、姉と弟、それが同じ事だったはずだ。分からない。同じ事だったはずなのに、まるで違う様だよ。

 視界が……あれ?霞む?消える?薄れる?

 彼女の名が…

 サテラ?君は僕の何だったんだ?何故貴方は……

今になれば夢物語ですね。

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[良い点] どんどん文章力上がって読みやすい [一言] よっしゃ再開Fooooooooooo!
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