エピローグ「果てへの降下」
先の復讐劇はまるで物語の最後のページの様にも見えてきたが、未だにヴォラクが綴る復讐劇は終わりの幕を見せる事は一切なく、終わりなく続いていたのだった。寧ろ今日引き起こされた復讐劇はほんの序曲に過ぎない出来事であり、物語の中で言えばほんの僅かな数ページにしかならない小さな出来事の様であった。
ヴォラクは今、時折道の凸凹によって揺れるオープンカーのハンドルを優雅に片手で握りながら、周りに何もなく舗装されていない平野をサテラ達と駆けていた。無論、その行先は現在サテラ達が所属していると言う自由国「フライハイト」と言う所だ。時々サテラからの道案内を受けながらではあるがその場所へと向かって行っていた。
そして今、ヴォラクのみではなかったが、ヴォラク一行が乗り込むオープンカーの中は非常に和やかで嬉しさに満ちているかの様な雰囲気になっており、復讐劇の第一ステージをクリアした事が皆とても嬉しい様にして楽しげな空気がそこにはあったのだった。
ヴォラクは運転しながらではあるが、後ろを向かずに、声だけを後ろに座る彼女達に向ける。因みにではあるが隣に座っているのは今回ジャンケンで勝った血雷だ。残念ながらレイアは容赦なく負けた。
「皆、何か嬉しそうだな……」
「当たり前ですよ!だって主様の復讐劇の一部を手伝えたんですよ!こんなに嬉しい事はない、って言いたいぐらいです!」
「ヴォラクさん、もっと喜びましょうよ!勿論、フライハイトに帰ったら祝杯上げましょうね!」
「そうだぞ、ヴォラク!私は今嬉しいと思っている、帰ったら存分に称賛させてもらうからな!」
「詳しくはまだ分かりませんが、悲しみに囚われているガイアさんを少しでも救えるのなら、私は嬉しい限りですよ♡」
「テツダエタ!オレ、ウレシイ!」
生憎ではあるが、ヴォラクはあまり嬉しさの輪に入る事は得意ではなかった。今までの人生、嬉しさを感じる事なんてあまりなかった様な気がする。この世界に来てからはサテラやシズハとの関係やその他、自らにとっては無くては生きていけない程に大切である姉である血雷やレイアとの絆や紗夜への悩みの打ち明けなどで、前の時と比べれば多少悲しみの螺旋を巡り続ける様な事はなくなっていたが、依然として長い時間に渡って穿ち、抉られ、突き刺された心の傷は癒える事は未だになく、サテラとシズハとの肉体の関係や血雷の慰めがあってもなお、まだ彼の心の傷は癒えてはいなかった。
その影響があるのか、彼は未だに嬉しさや楽しさに足を踏み入れると言った事は苦手であった。急に笑ったりする事や嬉しさに浸る事は好きになれず、見せる笑みはどんな時も人を傷付けた時や命を奪う時、そして弱者をその手で貶し、絶望と恐怖に悶える様を見ている時はニヤリと嬉しさや喜びからは掛け離れている様な笑みのみを彼は見せていた。だから今彼は彼女達と同じ様にして嬉しげな表情を見せる事が出来なかったのだった。
「おい、皆喜んでんのにお前だけシけた面してどうしたよ?」
「姉さん……その、何と言うか……」
ヴォラクは血雷に突然横から話しかけられた事で、変わらずハンドルを片手で握りながら運転するかを、アクセルを緩めてスピードを少しずつ落としながら自分の姉であり、横に座る血雷の方向を見る為に首を横に振って、彼女の横顔を見つめた。
血雷は美しく綺麗で今の空気を喜ぶ様にして、いつもの男勝りで美しくも凛々しい表情とは裏腹に相応の女性の様にして微笑む様にして綺麗な表情を見せながら、愛用している煙管を口に咥えてその味を楽しんでいたのだった。
「分かるぜ、心の傷ってのは……そう簡単には治らねぇよな?アタシにはよく分かるぜ、そう言うの……」
「姉さん、何で……そんな事」
そう言うと血雷は一度ヴォラクから視線を逸らし、煙管を肘の付いた手で支えながらヴォラクが座る方向とは逆の景色を見つめた。外の景色を眺める血雷の表情はボッーとしており、どこか上の空で弟の事を一途に考えている様であった。
「お前を見てると昔のアイツがデカくなったみたいだぜ……守ってやりたい程にな…」
「姉さん……」
「でも……よ!」
「うぉ!?」
先程までは外の景色を見守る様にして、見えないながらも漂う悲しみと葛藤に悩む様な表情を見せていた血雷ではあったが、血雷はその悲しみと葛藤を打ち消す様にしてその表情を消すと同時にヴォラクの肩を数回若干キツめに叩いた。
「ま、今は一時の完勝に酔いしれておくとする!お前も今は喜んどけ!」
「ふふっ、姉さんが言うのならそうするべきかもね…」
ヴォラクは先程まではオープンカーのアクセルを緩め、スピードを遅めていたが血雷の言葉に突き動かされる様にしてヴォラクは再び車の速度を速め、フライハイトへと直行して行くのであった。
◇◇
「悪の銃使い」管理者の身を任されている偽造の偽物の作者、81話にて登場した管理者としての権限を与えられている作者の部屋に不知火凱亜の半身の存在である「不知火劾」基「ゼノ・ケイオス」と言う偽名を名乗る青年は管理者である作者の部屋の中に招かれていた。部屋とは言っても、あるのは使い古されていないかなり新しめの机とクッションが敷かれ、お尻が痛くならない様になっている椅子の二つだけが用意され、虚無と言う言葉が似合う様な程に何も無く、空間とすら呼べるのかすら分からない様な世界の中に彼らは立っていた。
そしてゼノと管理者である作者は互いに用意されていた椅子に座ると同時に話を始めた。あまり長い話ではないのだが、一応の事もあり少しばかり話の機会を与えていた。
「お陰で次からはこの俺、ゼノ・ケイオスが主人公か……いよいよ面白くなってきたって所かな?」
「権限は僕にある訳じゃないけど、取り敢えずは次の章の主人公はゼノ、お前だ。向こうの世界での事は心配しないでくれ、経歴とかも上手い事僕がやっておいたからね」
「一から十まで助かったよ、これで俺も憧れの学園ライフを楽しむ事が出来るぜ、例の力も受け取れたし…明日が楽しみだ」
ゼノはやけに嬉しそうであった。納得のいく理由はある。彼にとっては楽しみで仕方なかったのかもしれない。詳しい事は後に分かる事かもしれないがある力も授けられていたゼノは今無類の強さを誇る程に成長を遂げていた。管理者である作者は多少面倒臭そうではあったが、ゼノの喜び姿を見て多少は報われたと思い、安堵する。
「そんじゃ、礼も済んだ事だし俺は戻るよ。明日からが楽しみだぜ……」
「あ、ゼノ。少し時間をくれ」
管理者である作者との話を終えてゼノは椅子から立ち上がり、再び元の世界へと戻ろうとした時だった。作者が突然椅子から立ち上がると同時に、ゼノの事を素早く引き止めた。ゼノはどうした事か、と首を捻って後ろを振り返った。
「どうした?」
「最近あの人の介入がやけに増えてるんだ、ヴォラクの方に至ってはかなりの介入と部下を送り込んでいる。ゼノの方にも来るかもしれないから、気を付けろよ」
「言われなくともそうするつもりさ。だがサブストーリーであるこっちへの介入は少ないと思うぜ?悠介の件もあるし、脳の片隅には置いておくが、深くは気にせんからな」
「分かった、忠告だけはしておいたからな……」
その言葉を背後に、ゼノは再び自らの世界へと戻って行った。そして管理者である作者も先程までは自分を含めた二人が居座っていた部屋を消して、再び管理者である自分の仕事へと戻って行った。
次章は遂にゼノが主役になります。お楽しみに!(イラスト紹介もあります)