106話「復讐執行」
現在時刻は日の様な光が空に浮かび始めているぐらいであった。外は明るく、基本的にその場にある物は何でも視認が余裕で可能であった。
そして少しの間窓から見える景色をその双眸で眺める、時間的に見れば午前中と言った所だろう。そして景色を眺めながら、ある人の表情を少しだけ脳内に思い浮かべてみた。長らく彼とは会えておらず、もはや会う事すらも許されない様な存在となってしまった彼ではあったが、それでも自分は彼「不知火凱亜」と言う名の男と会いたかったのだった。たとえそれが禁じられていたとしても、たとえ姿、影も形もなくて、声だけであっても一目で良いから声だけでも彼と会いたかったのだった。
もはやその欲求は家族達に会いたいと言う欲求すらも上回る程で、大切な親友と言うよりはすき過ぎて手放したくない程の欲求であったのだった。しかし彼の居所は不明、誰も知るよしもなかった。多くの人間は、何処かで野垂れ死んだのだろう、と口を揃えて言う。自分自身、この「関口美亜」と言う人物は今も尚会えぬと分かっていながらも、自らが憧れ淡い想いを寄せ続けている青年「不知火凱亜」を追い続けていたのだった。
しかし、どれだけ無我夢中になって走るかの様にして追い続けたとしても、いくら必死になって追い続けても彼の背中が自らの視界に入る事は一切なく、まるで延々と見えない彼の後ろ姿を無意味ながらも追い続けている様な気がしてならなかった。
そして他にも彼の事を忘れろ、と周囲の人間達は何度も美亜に呼び掛けた。死んだ人間を想っても仕方がない、追放された罪のある人間を想う必要性はない、更には彼の事なんて忘れて他の男を見ろと言う自分にとっては馬鹿げているかの様な事を自分に言ってくる様な奴も存在していたのだった。
「美亜、どうしたの?そんな顔して……もしかしてまた?」
「静流……また、凱亜の事考えちゃってたよ」
心の中は悲しみと苦しみで満ちていた。しかしそれでも大切な友人の前では、出来る限りはいつも通りの笑顔で接していた。しかしやはり彼がずっと近くにいない為か日に日にその様な接し方は難しくなってきていたのだ。
もはや今になれば、顔には悲しみと苦しみが浮き出てしまっていた。時折その表情は悲しみに染まる事で、まるで体調が悪い様に見えてしまう事もあった。自分はただ動き続けていた事で少し疲れているとだけ言って何とか誤魔化していたのだが、最近になればその憂鬱さはただ疲れていると言うだけでは誤魔化しきれなかったのだった。
美しい表情は何時しか少しづつ窶れるかの様になってしまい、夜の間も何度も彼の事を想い、声を出さぬ様にして泣き、自らの手で慰めていた。しかしいつまでも悲しみに耽っている訳にもいかない理由もあった。
自分達は他の世界から召喚された召喚勇者と言う存在であり、階級も身分も世界を救う身と言う事もあり、かなり高い地位に着いている。勿論、国からは出られないが自由は保証されているし、待遇もかなり豪勢なものとなっていた。それに一部が脱走してしまったとは言っても、自分の傍には友達と言う名の仲間達がいた。今は辛くとも乗り越えなければならないのかもしれない、と自分に何度も言い聞かせて何とか情緒不安定にならず、正常を保ち続けていたのだが、いつ壊れてしまうかも分からなかった。
率直な気持ちを述べるのならば、とにかく早く自分の元へと帰ってきてほしかった。たとえ骸となってしまったとしても、その姿さえ一度だけ拝めるのであれば、絶対に彼の姿を見たかった。それだけだった。
「美亜、取り敢えず今は要件を伝えるね。この後フライハイトの使者の皆さんとの会談があるの、会場の護衛に私と美亜、比奈田、それと銀河と真太郎の五人が参加する予定だから、もうすぐ始まるらしいし先行く?」
「え?フライハイトの人達が!?」
美亜は急過ぎる事に目を丸くし、驚きの言葉が口から漏れた。少し前に新聞に書かれていたので知っていた。
最近、四大国家の中で、魔族が政治等を主導して進める国家「バンデ」が同じく四大国家群の一つである「フライハイト」の私兵や国所属の兵士達によって、国王含めた国民の約八割が完全に滅ぼされたと言う事が少し前の新聞には記載されていたのだった。
美亜も最初はこの記事を見て驚いた。確かに魔族は人族から見れば、あまり仲が良くない関係であった。思想や考え、生き方の違いや過去の因縁に縛られたままと言う事もありこの世界に来た時から良好な関係は築けていなかった様であった。
しかし美亜には不自然、疑問に思う事があった。それは何故魔族主導の国家であるバンデを滅ぼしたフライハイトを急にこの国は批判し出したのだろうか?と言う事だ。
まずこの事件が少し起こる前まで、この国の幹部や国王、それに近い地位に立つ者達は口を揃えるかの様にして魔族の事は好んでいなかった。寧ろ根絶やしにするべきだとか存在自体を許すべきではない、と言った過激な思想を奏でる者も国の中には存在していたのだった。実際自分も何度か耳に挟んだ事があるので、聞き間違いではないと言う事だけは確かだった。
なのに何故バンデが滅ぼされた途端、まるで手の平を返すかの様にして魔族が収める国家を滅ぼしたフライハイトの事を批判し始めたのだろうか、これでは自分達の国はバンデに味方しているのと変わらない様な気がした。前までは魔族の事を批判していたと言うのに、突然フライハイトの事を批判する。何故そうするのか、美亜には全くと言って良い程理解出来なかった。
それに急に自分(その他一部のクラスメイト)抜きで遠征と一言だけ言って何処かに兵士達を引き連れて何処かに行ってしまったり、身に覚えのない人の影や最近違和感を覚える出来事が周りで起きすぎている様な気がしてならなかった。
あまり嫌な想像はしたくはないが、裏で何か嫌な空気が渦巻いているかの様な気がしていた。悪い想像をしているせいなのか、心臓の鼓動が僅かに速くなり冷や汗が額を伝って少しだけ流れていく。
「美亜、どうしたの?皆もう来てるよ?」
「あ、ごめん…ちょっと考え事……」
そう言う静流の後ろには既に召喚勇者達の中でも主力の勇者達である、リーダー格の銀河、近接戦闘を主力とする壁役の真太郎、弓使いのはずが何故か剣二刀流の方が使いこなしている天職を間違ってるんじゃないかと疑いたくなる比奈田の三人が静流の後ろに立っていた。美亜の少しだけ心配気な表情を見て、銀河はすぐさまそんな彼女に声をかける。
「いい加減不知火の事は忘れた方が良いんじゃないか?あんな奴の事いつまでも引きづる必要は……」
美亜にとっては一番言われたくない様な言葉であった。彼の事は美亜にとっては永遠に忘れられない様な人であった。それを簡単に忘れろなんて彼女には出来ない事であった。
そして、それを見兼ねる様にして、真太郎が二人の会話の間に割って入る。
「おい、そんな言い方はないだろ?確かに良い奴ではなかったが、忘れろなんて……」
「そうだよ?一応、元クラスメイトなんだから?」
二人にそう指摘された事で銀河は何も反論する事が出来なくなってしまい、嫌々げな表情を見せながらも素直に引き下がり、何も言わなくなってしまった。しかし彼の表情は何処か怒りが混じっているかの様であった。美亜は深く気にする訳ではなかったが、銀河にとっては大きな怒りそのものであった。
「取り敢えず、もうすぐ会談始まるみたいだから、皆移動するよ~」
静流の呼び掛けに全員が反応を見せる。一度だけ全員が首を縦に振って素直に頷くと全員足を動かして、会談が行われる大きな部屋へと向かっていくのだった……
◇◇
「失礼します…」
「あぁ、君達か。ちょうど始まる所だった」
美亜が一番に会談が行われる部屋の扉を数回ノックすると同時に、あまり大きくない声で静かに呟きながら部屋の扉を開けた。扉を開けるなり、部屋の中の光景が自らの双眸に飛び込んで来た。
部屋の中はかなり広めで、大人数を余裕で収容出来る程の広さだった。中には大人数座れる様な数の椅子と長い机が用意されており、いつでも会談を始められる様にセッティングが施されていたのだった。美亜達は椅子に座っていたユスティーツの国王である者に声を掛けられる。どうやら、今から会談が始まる様であった。
実際、他の席にはフライハイトからの使者と思われる人達やユスティーツの幹部やその地位に近い者達が既に椅子に腰を下ろして座っていたのだった。
「今始まる所だ、君達はそこに立って護衛をしてくれれば良いからな」
「はい、承知致しました」
銀河がそう答えると、国王は僅かに会釈をすると正面の方向を見て、口を開き会談を始めた。
「それでは、会談を始めるとしようか……フライハイトの使者達よ……こんな事が普通は許されぬが、儂の恩義とアストレア嬢の紹介状のお陰でこの場が実現出来ていると言う事を忘れるでないぞ?」
美亜達は護衛の事以外何も聞かされていない。その為国王達が何を言っているのかはさっぱりだった。取り敢えずは護衛と言う任務を任されているだけだ、あまり深くは関わらない事にしておく事にした。
「はい、重々承知しております、国王殿。今回の会談、実現して頂き、大いに感謝しております。今回の会談はあまり長くは続かないと思いますが、どうかご了承を…」
美亜は黙りながらも、会談の様子を観察していた。まず国王に対して感謝の言葉を述べたのは赤髪の長身の女性だった。
非常に美しく、血の様に赤い髪と結ばれた髪は美しいの一言だった。目鼻立ちも非常に素晴らしく、スタイルも自分よりも圧倒的に良いものだった。和風な服装を身にまとっており、詳しくは分からないが腰には鞘に納められた長刀を携えていた。
「ふん、今更四大国家の内の一つを潰しておきながら感謝の言葉など、偽りにしか聞こえんわ」
国王の近くに座っていた禿頭で小太り気味の幹部の一人が嫌味を言うかの様にして呟いた。しかしその言葉に間違いはない様に聞こえてくる。実際フライハイトはバンデを無許可で侵略し、そして壊滅させた。間違いではなければ、今の様に厳しい言葉を投げかけられてしまうのは仕方のない様にしか見えなかった。美亜も流石に同情は出来なかった。
「だから、我々がやっていない事を証明しに来たんですよ。今回の件、我々がバンデを滅ぼしたと言う事ではない事を」
赤髪の女性に続く様にして、今度はロングヘアの銀髪の美しい女性が話し始めた。どうやら、使者達はバンデに侵攻したのは自分達ではないと言う事をユスティーツの者達に証明しに来たと言う事らしい。
そして今更気が付いた事であったが、この場にいるフライハイトの使者の者達は皆美しい女性ばかりだった。赤髪の長身女性に銀髪のロングヘアの女性、ポニーテールの紫髪の女性に、亜人を彷彿とさせる獣の様な耳と尻尾を生やした女性などどれも美しくて、同性である自分ですら惹かれてしまう様な程の美貌を持っていたのだった。
「何を抜かすか!」
まだ始まって間もないのだが、突然ドンッ、と言う机を拳を握って強く叩く音と激しい怒号が部屋の中に響いた。強い怒号により、部屋の中は一瞬沈黙し、静寂に包まれた。
美亜も突然の出来事のせいで少しだけ怯える様子を見せてしまい、怒号が響いた瞬間、身を振るわせた。
「貴様らがバンデを滅ぼしたのだろう!?何が無実の証明だ!罪から逃れようとしている様にしか見えぬわ!」
「残念だが同意見だ。お前達フライハイトの連中がバンデを滅ぼしたのはもう事実と言っても過言ではないのだぞ?」
「そもそも、無実を証明出来る物をお前達は持っているのか?」
「そ、そんな物は……」
「話にならんな…」
幹部達の言葉の嵐に、使者達は何も言い返す事が出来なかった。国王は呆れた様な言葉と表情を見せ、幹部達は絶え間なく使者達に心無い言葉ばかり浴びせて、精神的に傷付けていく。美亜は流石にフライハイトの使者達が可哀想になってきた。
仲裁に入ろうとした、したのだが間に割って入る勇気は残念ながら彼女にはなかった。結局何も出来ずに口を紡いだまま、その場で石像の様にして、固まったまま棒立ちして、素直に見ている事しか出来なかったのだった。
「会談は終わりにしよう。これ以上やっても無駄な事じゃ…」
「待ってください!まだ私達は何も……」
紫髪の女性がまだ何か言いたげだったが、場の雰囲気を見ると言葉を失い、次の言葉が出てこなくなる様にして、何も言えずに座り込んだまま下を向いてしまったのだった。
「やはり、フライハイトの者は信用出来んな。これからは本格的に交流を断つか……」
「この際我々が神の名の元鉄槌を下すべきですよ!」
「お前達、もう自分の国へと帰れ。ここに居る価値はお前達にはない…」
「そ、そんな……」
「サテラ、無駄だ。戻るぞ…」
この場にいる意味がないと悟ったのか、赤髪の女性を中心に彼女達は足早にその場から去っていった。赤髪の女性は嫌々ながらも国王達に会釈をすると自分達勇者の事を気にする様子すら見せずに、部屋の扉を開けるとその場から全員仲良く去って行ってしまったのだった。
「国王殿、宜しいのですか?あのまま帰らせてしまって……」
「いいや……」
すると、国王は美亜達五人の方を見た。何か言いたげな表情をしながら銀河の双眸を見つめると静かに言葉を呟いた。それは新たなる命令であった。
「国土外に出るまで尾行しろ。民家の屋根の上などを使って気付かれぬ様にな…」
◇◇
銀河は民家の屋根の上などを使いながら、同じくクラスメイトの一人である石嶺万里花と共に少し先を走る、使者達を乗せた馬車を見張りながらの追跡を国王の命令通りに行っていた。城を出発した馬車を気付かれない様にしながら屋根から屋根の上をまるで忍者の様にして、走り気付かれない様にして追い続けていた。
そして美亜は静流と、比奈田は真太郎とペアを組んで、三手に分かれて違う方向や場所から監視を行っていた。今回銀河は万里花とペアを組んで、使者達の事を遠目で見張っていた。
勿論全員、何か起こってしまった時の為に自分それぞれの武器は保有している。万が一戦闘が発生した時の場合のみであるが。
「万里花、不審な動きは…」
「無いわね、銀河。外まで出てくまで見張っていろなんて、人使いが荒いわね、あの国王も」
「仕方ない、一般の兵なんて雑魚同然だ。使い物にもならない」
多少の愚痴を零しながらも、二人は絶えず使者達を乗せた馬車の監視を続けた。見た所一切怪しい動きは見受けられなかった。普通に馬車は門に向かって進み続けている。何も怪しい動き等一切なかった。銀河はずっと瞬きすらしない勢いで監視するのが嫌になってきた。上の空になるかの様にして、銀河の視線は馬車とは違う方向に向けられた。
「ん?ちょっと銀河!」
「どうした?」
万里花の言葉に、視線をずらしていた銀河は再び馬車の方向を見つめた。馬車は突然として停止していた。先程まで車輪を動かして走っていた馬車であったが何故か突然としてその動きを止めたのだった。周りには人が道を塞いでいたり、何かの障害物が道を塞いでいる訳でもない、馬車は何と突然何もない場所で急に停止してしまったのだった。
「何でだ、何で急に止まったんだ?」
「変ね、別に何かが邪魔している訳でもないのに…」
「警戒しろ、何かしてくるかもしれない…」
銀河は精神を馬車に集中させ、本当に瞬きすらしない勢いで馬車の事を強く見つめる。偶然にも登っていた民家の屋根の上には煙突があり、それを壁代わりにして、その後ろから覗き込む様にして馬車の事を見張っていた。周囲にも気を配り、何か周囲で怪しい事が起こっていないかどうか確認しながらも銀河は常時警戒を続けた。
(一体何が狙いだ?あの中で何か起こっているのならそろそろ何かが起こってもおかしくはない……それとも陽動………か?)
カタッ……
後ろの方で何か音がした。瓦礫同士が少し擦れる様な音、風でも吹いたか?と一瞬錯覚したがそれは大き過ぎる間違いであった。次の瞬間、背を向けている自分に向けられるのは強過ぎて抱えられない程大きな殺気だったのだ。間違いなかった、この馬鹿げている様に強い殺気は自らに向けられていた。それに気が付いた時、銀河は同時にその場に伏せながら、万里花の名前を大声で叫んだ。
「なっ、万里花!」
しかし時すでに遅しだった。次の瞬間だった。刹那、鳴り響く耳を引き裂く様な轟音、それは紛れもない銃声であったのだった。銀河は身を隠さなければまた撃たれる様な気がして、すぐさま万里花の事すらも気にせずに煙突の後ろに逃げ、身の安全を確保した。
カラン、銃の薬莢が落ちる様な音が聞こえた。そして銀河は煙突の影から僅かに銃声が鳴り響いた方向を恐る恐る見つめた。煙突の横に転がるのは、眉間を容赦なく撃ち抜かれて、死んだ事にすら気付かぬ様にして、大量の真っ赤な血を流しながら、命を落とした万里花の亡骸。もう生き返る事はないだろう。正確な射撃は完全に殺しの技術を磨いた者の射撃であったのだった。それと煙突に深く残る銃痕の跡、銀河はこれを見るのは初めてだった。銀河は何も言えずにただ、目を見開き、息を殺しながら、口をポカンと空けたまま隠れている事しか出来なかった。
そして、そんな銀河を気にする事がない様にして、自分に話しかけ、自らの耳に入り聞こえてくる絶対的な程に聞き覚えのある男の声。銀河はその声に強い苛立ちを覚える。不快で不快で仕方なかった。圧巻と驚きの表情は段々怒りへと変貌を遂げていく。
「よぉ、銀河……久しぶりじゃねぇか…」
一歩一歩その男がゆっくりと歩み寄ってくるのが音を聞いて分かった。そしてその男は背中に装着していた加速バーニアユニットを全開にして一気に速度を上昇させ、煙突を超えて煙突の後ろに隠れる銀河の元へと容赦なくやって来たのだった。そして銀河に向けられるのは一つの銃口であった。男は引き金に指をかけ、いつでも銃を撃てる様にしていた。
男は皮肉げに言葉を漏らす。ニヤリと笑うその顔には見覚えがあった。銀河はニヤリと笑う男とは対照的に怒りの表情を浮かべ、鞘に納められた剣の握り手を握り締めた。
「よっ………と!おお!?そのクソみてぇな面も変わってねぇな!」
銀河は次の瞬間、怒号をあげながら、鞘から剣を引き抜いて叫んだ。
「不知火ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃいい!!!!」