104話「旧友との再会」
ヴォラクは思考を絶え間なく回転させる。思考回路が回転する速度はまるで疾走する動物の様にして素早く、今どうなっているのか、彼は只管になって考えていた。
笑いや眉をひそめる様な表情すらも表に出さずに、無表情のまま、両手にがっしりと握り締めている新聞を大きく広げて、顔が見えない様にしながら闇雲になってしまっているかもしれないが、彼は思考回路の回転を続ける。
(まさか、本当にフライハイトが大国の内の一つを潰したと言うのか……?)
ヴォラクは新聞に書いてある内容をそのまま鵜呑みしていた。確かに新聞には、魔族が主導で指揮する唯一の大国である「バンデ」が、これからヴォラク達が向かおうと思っていた(復讐を終わらせてから)自由国「フライハイト」によって滅ぼされ、国王を含めた国民の約八割は死亡し、残り二割が生き残り、逃げ仰せた後にその消息を眩ませたと言うのだ。新聞に書いてある事は、フライハイトが私兵を送り、国王含めた国民八割を虐殺した事と、死んでしまった国王や国民に対するお悔やみと神の名による祈りの言葉。そして、フライハイト以外の大国による、フライハイトへの否定と批判の強い言葉を綴った文が記載されていたのだった。
もしこの事が事実なら、批判されるのは流石に仕方のない事であり、同情をせざるを得ない。しかしヴォラクにはどうも疑問が残っていた。完全な主観になってしまっているかもしれないが、彼はある考えを見に出していた。
(やはり、フライハイトがやったとは思えないな…情報操作か、それともデマか、はたまたドッキリか……)
フライハイトはバンテを滅亡させたのではないのではないか?と言う疑問がヴォラクの思考の中にはあったのだった。何故かは分からない、どこからそう思ってしまったかのどうかは分からない。普通の人なら、この新聞の記事を読めば大体の人はフライハイトが私兵を送り込んで、大国の内の一国であるバンテを滅ぼしたと言う解釈になるだろう。基本的には新聞に記されている記事は真実の事の場合が多いので、読めば普通なら信じるだろう。昔の自分だったとしたら、彼もその事を鵜呑みして信じていたかもしれない。
しかし今は違っている様な気がしていた。勝手な思い込みで、ただの一人の人間の馬鹿げている様な考えかもしれないが、彼はフライハイトがバンテを襲撃していたとは思えなかったのだ。流石に根拠もなしにそんな事を言っている訳ではない。根拠もないのに、こんな事は普通言わないはずだ。
(あのアストレアって人……どうもそんな事をする人には見えないな……それに、サテラと一緒にいる事も踏まえれば、そんな事をするとは益々思えないな…)
ヴォラクは更に思考を加速させようとする。止まる事はなく、まるで音速、光速とも捉えられる程の様な速度で思考を加速させる中、更にあらゆる結論や答えが彼の脳内に浮かび上がる。
(あの国の王女様も流石にサテラ達に虐殺を所望なんてするはずはないと思うんだよなぁ~まさかとは思うが………フライハイトを陥れる為に他の国が仕込んだお芝居かのかもしれないな…)
真偽こそ闇の中に落ちてしまっているが、ヴォラクはまだ只管になって思考を回転し続けていた。サテラやシズハ、姉さんやレイだって今はフライハイトに身を置いているだろうと、ヴォラクは確信している。もしこの事が真実だとしたら、彼女達はフライハイトの王座に座る人間によって、虐殺の片棒を担がされていると言う事になってしまう。
これでは例の良い悪者だ。そして今、他の大国はフライハイトの事を強く批判している。もしこのまま互いにいがみ合い、批判され続ける状況が続いてしまえばいずれフライハイトにも他国が手を組むなどして、国そのものの壊滅を狙ってくる可能性も否定は出来なかった。
もしそうなると、必然的にフライハイトに身を置いているサテラ達や国のトップであるアストレアやその部下達にも命の危険が及んでしまう事となる。出来る限りなら、フライハイトの私兵達がバンテを滅ぼしたと言う事実は信じたくないと言うものだ。
(取り敢えず、今はサテラ達と会う事の方が先だな…)
そう心の中でふと呟くと、ヴォラクは両手に持たながら、広げていた新聞を閉じると、自分の傍で無防備に眠る紗夜やスリープモードになっているページを他所に、楽な座り方をしながらも首を上に向けて、少しの間だけ雲が広がり、珍しくも綺麗な青空を見上げた。首が痛いとは思わないので、今は少しの間だけ空を見させてもらう事にした。
(さて…もしかしたら、デカい戦争になるかもしれないな……一兵士として、駆り出される事も頭に入れてお……)
「お――い、旦那!見えてきましたぜ!」
まだ何か考えようとしていたのだが、どうやら考えが終着点に着く前に、カルマがヴォラクに声をかけた。どうやら、生き血と返り血と死肉に塗れる復讐の舞台へと到着した様であった。ヴォラクはまだ何か考えようとしたが、カルマの声に促されてヴォラクは思考を一時的に放棄して、首を横に捻ってカルマの方向を向く。
「お、見えてきたか…」
ニヤリと口元を笑いを見せると、彼は馬を操りながら進むカルマと同じ方向を見つめた。そして彼の双眸に映る景色には見覚えのある景色があったのだ。
(まるでもう何年も前の事の様だな……実際はまだ半年?ぐらいしか経ってないはずなのに……)
「ガイアさん、どうしたんですか?そんな顔して?」
気が付いたら、先程まで無防備に寝顔と身体を晒しながら眠りについていた紗夜であったが、気が付けば、荷台で体を起こしながら、先の大国を見つめるヴォラクの横に紗夜はいた。そして自らの肉体を寄せながら寄り添っていた。
彼女はヴォラクの事情を全て知っていた。
今複雑な表情をするヴォラクであったが、紗夜はそんなヴォラクを思ってかは分からないが、彼の傷付いた左手にそっと自らの手を添えながら、安心させるかの様な優しい表情を見せた。ヴォラクは少しだけ頬を赤らめ、肩を竦めた。
「あ、あぁ………問題はない。悪い思い出と良い思い出だらけの時間をあの国で過ごしていたからな、感慨に耽ってしまっていたよ……そう思うと、全てはここから始まっていたんだなって……召喚されて、陰口を言われて、挙句の果てには濡れ衣着せられて……そして追放されたんだよ…」
ある意味、運命的な日々だった事を彼は思い出し、独白をするヴォラクの言葉を、若干悲しげな雰囲気で聞く紗夜とスリープモードから目覚めたページ。紗夜は彼の左肩を静かに自らの手を使って、撫でていた。
「だ、旦那?しんみりとした雰囲気になるのは構わないんだけど……こっちも仕事があるんで……」
突然として、ヴォラク達の若干悲しめな雰囲気がカルマの複雑な感情の混じった声によって掻き消されてしまった。先程まで前を向いていたカルマだったが、急に彼は後ろを向くとヴォラク達に声をかけた。
「だ、旦那ァ…紫髪の女の子がさっきからこっちをジロジロ見てるんですよォ……」
「え?」
一瞬だけ頭が真っ白になってしまった。まるで時が完全に止まってしまったかの様にして、彼は何も考えられなくなってしまうと同時にカルマが指差す方向をすぐに見てしまう。
ヴォラクは首を焦るかの様にして動かし、その方向を目を凝らして見つめる。そしてその方向の先には、涙が零れてしまうかの様な程懐かしく、大好きな光景がそこにはあった。
「何だ、やっと………会えたじゃないか……カルマ、悪い!」
「ちょ!?旦那?」
ヴォラクはカルマにそう一声だけかけると足早に、そして乱暴に馬車の荷台から降りると、自らが見つけた紫髪でポニーテールの少女の元へと走っていく。今は城壁の外だったので、誰もいなかった事を良い事にかなりの速度で走っていく。
「サテラ!」
その名を叫ぶと、ヴォラクはサテラの元へと駆け寄った。乱暴に駆け寄り、その肉体に接触出来る距離にまで近付くとその両腕を使って、彼女の華奢な肉体を引き寄せると、彼女の肉体を潰してしまう勢いで強く、強く抱き締めたのだった。彼女の事を抱き締めると右手で頭を撫で、左手を使って、背中に手を添えて、逃げられない様にするかの様にして彼女の事を強く抱き締める。抵抗する人もいるかもしれないが、サテラはヴォラクの行為に対して、抵抗する事は一切なく素直に彼の行為を受け入れたのだった。
「主様……また会えましたね♡」
彼の行為に彼女は甘えるかの様な仕草を見せると同時に、抱き締める彼と同じ様にして自身も彼の事をギュッと、抱き締めたのだった。
互いに行方知らずになっていた者同士の再会、あまりの嬉しさに涙が零れそうになってしまったが、今は流すべきではないだろうと感じたヴォラクは少しだけ流れそうになっていた涙を引っ込める事にしたのだった。
「ひゃ~♡ラブラブですね、ガイアさん!」
「モテルオトコハツライッテカ?」
本来紗夜は、されている側ではなく見ている側なのだが、何故かは分からないは彼女はまるでされている側の様にして、照れてしまうかの様な表情を見せながら、頬を赤くして両手の平で視界を遮るなど(しかし指の間からこっそり覗いてた)ガヤの様な事をしてしまっていたのだった。
ページは特にこれと言って表情を変える様な事はしなかったものの、遠目から見守るまるで保護者の様な形でヴォラクの事をそのカメラアイで見つめていたのだった。
「あ、主様……その、そろそろ…」
「あ、すまん……」
嬉しさのあまりいつまでも彼女の事を抱き締め続けていたかったのだが、少なからずとも人が行き交い、土の上と言う事もあってか、サテラは少しだけ苦しそうな声を漏らした。ヴォラクは嬉しさに浸り過ぎてしまった様だったので、完全に周りの事が見えなくなってしまっており、時間や周りの事なんて、知ったこっちゃない状態であったがサテラの声に促されると一瞬で我に返り、恥ずかしげな表情を見せながらすぐさま彼女の肉体を抱き締める事を停止し、すぐさま後ろに下がり、抱き締めるのではなく、少しだけ距離を取りながら彼女の双眸を見つめた。
目の前に立つのは、薫るかの様にして吹く風に揺られるポニーテールの紫髪を靡かせ、まるで過去の自分を彷彿とさせるかの様な黒き衣装、凛美しき容姿の中に秘められた凛とした強さを匂わせる美しくも覚悟を決めた美しい表情、前の時の彼女とは少しだけ違っている様な姿にヴォラクは多少の驚きを見せながらも、彼は再会を喜んだ。
しかし、喜びは尽きる事を知らぬかの様にして続いた。彼女の後ろに立つ三つの人間の影、彼はその姿に大きな懐かしさと大きな温かさを覚えた。
一つの影は、彼の心を動かす。黄色と白を混ぜたかの様な鮮やかな髪の色に、比較が行えない程までに整った容姿。そして久しぶりに再会出来た事が余っ程嬉しかったのだろう、狼の様な獣の両耳はピクピクと表情に左右されるかの様にして動いていたのだった。それに並行して触り心地の良い尻尾も嬉しげに左右にフリフリと揺れた。相変わらず、身に付けている動きよさそうな巫女服と装備している武器の統一感は 変わらぬものだった。彼女はヴォラクと目を合わすなり、頬を赤らめた。その再会は恩人であり愛する人との再会であった為に嬉しさが込み上げてしまっていたのだった。
二つ目の影には大き過ぎる温かさを思い出した。それと心の底から湧き上がる独占欲がそこにはあった。着崩されていて、通気性と動きやすさを重視している和風の戦闘用改造型和服、腰には変わらず二丁の長刀を鞘に納刀していた状態で携えていた。余裕気と同性すら惹き付けてしまう程の強い美しさを兼ね備えた綺麗過ぎる容姿と自然と目が行ってしまいそうになる程の豊満な胸元と着崩した事で露出する少し太めの太腿、彼は一度双眸の視線を血の様な赤い髪で、束ねられた髪をした美しい女性の方へと向ける。彼が目の前の赤髪の女性と目が合った瞬間、赤髪の女性も彼も同様に最高の嬉しさが込み上げてきたのだ。姉と弟の関係を引き裂ける訳もなかった。互いの重ねられた絆は傷付いてはいなかった様であった。思わず一歩踏み出してしまいそうになる程に。
そして最後の影には大きな絆と戦いと日常の中で生まれた友情と言うものを感じた様な気がした。同様に綺麗に靡く銀色のロングヘアの髪、不意にも銀色の髪を撫でたくなりそうになった。ライダースーツを彷彿とさせる黒色のスーツは美しさとは別に男勝りな凛々しさと強者の風格が存在していた。かつての絆は一度消えかけていたが、それは今も続いている様であった。信頼と戦い抜いた事で芽生えていた互いの絆は途切れていない様だった。
「ヴォラクさん………やっと、また会えましたね♡」
「ったく、心配させやがって…でも、元気そうで何よりだ!」
「野垂れ死んでなくて、良かった……としか言えないな。こうしてまた会えて嬉しいよ、ヴォラク」
シズハ、血雷、レイア三人の言葉にヴォラクは珍しく口元だけではなく目元にまで嬉しさと喜び、笑いの表情を見せる。その再会が彼にとってはそれ程嬉しかったのだろう。自然と表情は復讐に囚われた残虐な表情でもなく、殺されたかの様にして無表情になっている訳でもなく、純粋で優しく、綺麗な表情を見せると同時に彼女達の言葉に、ヴォラクは素直に笑みを見せながら、言葉を呟いた。
「シズハ、姉さん、レイ………ただいま…」
その時のヴォラクの心は血に塗れて、ドロドロとしているものではなく、少しだけスッキリとしていて、鮮やかで温もりのあるものとなっていた。