番外編5「浄化」
絶え間なく続き、まるで喘息の様にして荒らげる息、額を伝って乱暴に拭っても隙なく流れる冷たく熱い汗、ドクドクと全力で走る事により、速く、激しくなっていく心臓の鼓動まるで緊張して鼓動が速くなり、全力で走り続けた事で心臓のスピードが速くなる、その時と何ら変わりない状態だった。
「ハァハァ、ペア…急ぐぞ!」
「でも、ヴィラス、このままじゃ…私達の、私達が守ってきた国が!」
現在位置、魔族主導国家「バンデ」首都中心、今国はその首都を始めとした大国そのものは戦火に焼き尽くされる様にして無限の炎と虐殺が繰り広げられていたのだった。無限に広がるかの様にして、建物を焼き尽くす炎は触れてないながらも、近くで燃えているだけで熱く、今にも自らの肌と着ている服を焼いてしまいそうな程の熱さに感じられた。炎が燃える事により飛ぶ火の粉は時折自らの頬を焼くかの様にして降り注いだ。
そして二人が走る道にはまだ温かく、乾いていない新鮮な鮮血、まるで道端に転がる石ころの様にして無慈悲で無惨にも血を流し、生気を感じさせない目を浮かべながら倒れる国の民の者や抵抗も虚しく散ってしまった誇り高き魔族の戦士達だったのだ。どの遺体も無慈悲な状態であった。剣で斬られたのか、それとも炎で体を焼かれたのか苦しみ、焼け焦げ、無惨にも体を容赦なく斬られた事で流血し簡単に骸となって地に転がる民や戦士達、その道を逃げるかの様にして、手を引きながら走る彼の表情には腸が煮えくり返る程の強い怒りと、悲しみが詰まっていた。
本当なら、今すぐにでも自らが持つ力を使って、大切な民や戦士、仲間達を殺した奴らをその手で殺したくなる気分だった。しかし多勢に無勢だった。今この国には大人数の兵士達と凶暴な戦士、そして空から見下すかの様にして地を見下ろす謎の存在が自分達の国を破壊し続けていたのだった。強大過ぎる軍勢であった。それを相手に、たとえ多少力がある者であったとしても、一人で挑むなんて無謀、脳無しに等しい行動だった。これでは所詮、子供の無知な考えに等しかった。前から気が付いていれば……そんな事を言っても後の祭りだった。
結局彼は戦いに参加すると言う願いを押し込め、自らの怒りの感情を殺し、愛する者の手を引きながら只管になって、尻尾を巻いて逃げ出す事しか出来なかったのだった。
「ハッ!」
先程までは障害物等にぶつからない様にする為に、前を見ながら走っていたが、彼は一度だけ首を横に捻り、暗雲立ち込める空を見上げる。本当は後ろから敵が追ってきていないか、もしくは空から攻撃を仕掛けてくる者がいないかどうか確かめる為の行動だったのだが、彼はこの時ある男と目が合った。
(下種風情が……俺と目を合わせるとは、くだらんな…)
その時彼はある男と目が合った。しかしその眼差しは最悪と言っても過言ではなかった。気配のする方へと視線を向けた途端、彼は思わず言葉を呑み込んでしまった。何故なら、自分と目を合わせる男の眼差しは、まるで自分達をまるで雑種、虫けらを見るかの様なあまりに冷た過ぎて、見る事すら辛くなってしまう様なものであったからだった。
(俺じゃ、何も出来ないと言うのか……)
ヴィラスは唇を噛み締めながらも、再び前を見ると全力で逃げる姿勢に移ってしまった。もう、勝てない戦った所で逆に自分達が殺されてしまう事が見え見えだったからだ。
感情を殺していた彼だったが、自分のあまりの無能さと不甲斐なさに彼は思わず、表情を全て殺しながらも、目から僅かに汗の様な滴を流したのだった。その滴にはまるで鮮血の様な赤き怒りと復讐の念が渦巻いていたのだった……
◇◇
その頃、馬車に揺られるヴォラクはウトウトしながら眠る紗夜やスリープモードに入っているページを他所に、一人静かに黙りながら黙々と新聞を読んでいた。退屈しのぎの為に偶然見つけたので読んでいたのだが、目を通していく中で、その中に一つ気になる記事を彼は見つけた。
「ん、これは……」
【魔族主導国家バンテ首都崩壊 国王を含めた国の市民の約八割は死亡】
・原因は自由国フライハイトの私兵達による襲撃か?
・ユスティーツとウンシュルトはフライハイトを強く批判
と細かい部分は後で読むとして、その新聞にはこの記事がデカデカと大きく記されていたのだった。フライハイトには今サテラ達がいるはずだ。
この記事を見た時、心臓の鼓動が一瞬大きくなると同時に、自らの手は強く震えた。まさか、サテラ達が四大大国の内の一つを崩壊させたのか?と、しかしそんな悪い考えはすぐに吹き飛んでしまった。
よくよく考えてみろ、あの国の事だ。そんな無慈悲で残虐な事はしないだろうとヴォラクは思った。もしかしたら、記事の通りに残虐な作戦を実行する裏の顔があるのかもしれないが、モニター越しでフライハイトの王を見た時、ヴォラクは感じていた。
…あんな事はしないはずだ…
と感じていたのだ。単なる自分の感想に過ぎない事であり、確証なんて一切ない事は重々承知している。所詮は自分の決め付けに過ぎない行為だと言う事なんて分かりきっていた。
しかしそれでも、彼女達が何の恨みもないだろう他の国を破壊し続け、崩壊に追いやる様な事は絶対にしないだろうと、彼は何度も感じたのだった。
この事実は一体どう言う事なのか、今の彼には説明する事は出来なかった……
◇◇
「やはり……か。もう少し弄ぶとするか……」
全ては彼の意のままだった。世界の行く末、終焉の果ても、物語の1ページ1ページが、全て彼の手の平の上にあった。彼は自らが座る椅子の下で甘える様にして縋る美しい美少年に手を伸ばすと、そのまま愛撫するかの様にして、その体を撫で回しながら言葉を零した。
「近いかもしれんな、この世界を浄化するのも……」
その交わす運命はどの場所へと向かうのか……
誰なんだろうか、彼は……少なくとも、神ではなさそうだね…