100話「対照」
「しかし紗夜、あんた道分かるのか?」
ガイアは若干不満の混じる様な声で紗夜の方向を見て話した。不満のせいで、爪を噛みたくなる気分であった。
ガイアには今、若干の心配が心の中にあった。まず理由として、ガイア自身はこの施設についての情報は全くと言ってよいぐらい分からないし初めてやって来た身である。しかも、ただでさえ自分以外の人の気配が全く感じられず、曲がろうが直進しようが壁を破壊して進もうが、殺風景で景色の変わらない同じ様に似た道ばかりが続くせいで、ガイア自身は今迷ってしまっている状態と大して変わらない状態であったのだ。
しかし、二人はこれからこの場を動き、行動を起こし始めようとしている。だが道も分からずに動き回ってしまえば、先程のガイアの様に迷ってしまって野垂れ死にする羽目になってしまう可能性も否定は出来ない。そんな事になるぐらいなら大人しく座っているのも悪くはない考えではあるが、物資や施設の使用にも限度と言うものは存在している。無闇矢鱈に使用してしまえば、結局行き着く先は破滅と言う事になってしまう。
それなら、道が分かる者が誰かしらいなければならないのだがガイア自身は全くと言ってよい程分からないので、彼は紗夜にその事を賭けるしかなかったのだ。あまり期待は出来ないのだが、取り敢えず当たってみるだけ当たる事にした。
「道……ですか?………すいません、分かんないです!」
「じゃあ、僕達は野垂れ死ぬ運命にあると言う訳か…」
暗い口調のガイアとは対照的に紗夜はガイアと比べると非常に明るくて温かさのある声を上げて、ガイアにそう言った。まるで無知な子供の様に見えてきた。自分達は今右も左も分からない様な場所に放り投げられていて尚且つ道すらも全く分かっていない状況であった。この状況下で紗夜はにこやかで元気な表情を見せていた。ガイアはそんな彼女を腕を組みながら、その双眸で見つめていた。彼女のその元気の良さには感服するしかなかった。
「でも、分からないからって立ち止まってる訳にもいきませんよね?変に一箇所に留まり続けるのも……」
「だが、猪突猛進は程々にするべきだと思うぞ?少しは作戦や戦略と言うものをだな……」
ガイアはまだ何か言おうとしたが、紗夜の言葉がガイアの言葉を遮った。ガイアは彼女の声に押されてしまい、黙り込むと同時に素直に口を噤み、紗夜の言葉に簡単に耳を貸してしまった。
「迅速果断に物事は決めるべきですよ?止まるんじゃねぇぞ………とも言いますし?取り敢えず、当たるだけ当たってみましょう?それで砕けたら、砕けたです」
確かに、とガイアは心の中でふと思ってしまった。ガイアの考えである、何かしらの作戦や戦略を立てる案もあるかもしれないが自分の脳内でそんな大層な作戦が考えられる確証なんて存在しない、それに迷うのが怖いからって、この場所で只管に待ち続けた所が何かが変わる訳でもない。彼女の言う通り、何もせずにじっと待つのではなく、まずは何かしらの行動を起こす事が大切なのかもしれない、彼はそう考えると紗夜の意見に賛同する事にした。今は賛同するしかない、と思ったからだ。
「了解、じゃ取り敢えず靴履いて行くか…?」
「はい、そうしましょう!」
彼がクールな口調で紗夜に言うと、紗夜はベットの近くに置いてあった、二足の靴を履くと同時に立ち上がる。立ち上がると、ガイアは紗夜が眠っていた部屋の扉を開けると同時に、ガイアが先に部屋から立ち去ると同時に、二人はその部屋から立ち去った。
◇◇
脱出する為に相変わらず、二人は全くと言ってよい程変わり映えのしない道をただ只管に進み続けていた。時には右に曲がり、時には左に曲がり、時には破壊された壁に出来たトンネルの様な穴を進みながら、無意味だと思う様な事もありながらも、二人は出口を見つけ出す為に道を歩き続けていた。
「まるで、迷路だな…出口も新たな道の糸口すら見えてこないな……」
「正に迷宮……ですね。同じ景色ばっかりで気が狂いそうですよ」
もはや相変わらずだね、と言いたくなってしまった。全くと言ってよい程変わらない景色が絶え間なく続く。薄暗く、陰湿な雰囲気を醸し出し続けている通路、歪に歪んで破壊され、捻れグシャグシャにされたかの様に、大きく破損した未来的で忘れられたかの様な扉やもはや何だったのかすらも分からない謎の機械や装置の部品やパーツ。通路よりも暗く光一つすら射す事なく、真っ暗な暗闇に包まれ、内部に何があるのかすら不明な部屋、そしてあちこちに散乱する廃れて、腐っているかの様なゴミとガラクタ、ジャンク品の山々、それがまるで二人を永遠のループに誘うかの様にして連なっていたのだ。
あまりの変わり映えの無さに、ガイアは苛立ちを覚えて始めていた。まるで螺旋状の迷路を永遠に周り続け、同じ道を延々と歩き続けている気分になってしまった。
「おい、これ本当に出口に進めてるのか?」
「お、おかしいです……ね。広い事は分かってるんですけど、全く外に出られませんね……」
二人は思う様に会話が続かなかった。今まで彷徨い歩いている内に何度か会話を交わした事はあったが、すぐにその会話を途切れる事が続いてしまい、歩きながらも何度も黙りが続いてしまう事が発生してしまっていたのだ。この二人と言う状況の中で沈黙の空気を作ってしまうのはガイアにとっても紗夜にとっても非常に気まずい事であった。互いに一切の言葉も交わさぬまま進み続けてしまっていたら、ガイアとしては紗夜との信頼を稼ぐ事も出来ないし、身の内を知る事も出来ない。
取り敢えず今は、何でも良いから会話を繋げるしかなかった。これ以上会話が途切れ続けるのは個人的には嫌な気しかしなかったからだ。ガイアは一時的にではあるが携帯していた武装であるニーズヘッグやゲイル、ヴァン、ビームサーベル等を全て収納型のアタッシュケースに収納し、全武装を撤廃し丸腰状態になると同時に、履いていたズボンのポケットに両手を入れ、若干猫背になりながら紗夜の隣で歩いた。
「なぁ、紗夜。お前なんであんな所で寝てたんだ?まさかとは思うが、ここがお前の家なのか?」
ガイアの言葉に紗夜は一度間を置くと、首を縦に振るのではなく横に振った。どうやら、リアクション的に見て、この迷路の様に曲がりくねった施設は紗夜の家ではない様だった。
しかしこの場所に人が住んでいないと言う事は薄々分かってはいたのだが。
「話した方が良いですか?」
首を振り終えた次の瞬間、ガイアは自分の目を軽く疑った。現実だとは思いたくない事であった、しかし目を擦ろうが潰そうが、所詮は真実であり、曲げられない事であったのだ。残念だが捻じ曲げて潰す事は出来ない様だった。現実を直視するのが嫌になる時ってあるかもしれないけど、逸らした所で何も変わらないのだよ、まるで嫌で嫌で仕方のない定期テストが迫る様に。
紗夜の表情が先程の明るい時とは裏腹に、まるで百八十度違うかの様な暗い表情を見せてしまっていたのだ。初めて会った時や先程まで見せていたあの明るくて美しい表情とは対照的で見るに堪えない程に物悲しさを語る様な表情を見せてしまっていたのだ。ガイアはまるで痛い所を突いてしまった様な気がしてしまった。
もしかしたら、聞いてはいけない事、タブーに触れてしまったのか、とガイアは内心で思ってしまった。これは早急に謝るか、訂正を行わなければならないと思えてきた。間違っても、こんな事で関係破綻は避けたい事であった。
「無理に話す必要性はない。何も言いたくないのなら黙秘しておけ、ただ話しておきたいなら話しておけ……僕も口は噤むよ?」
ガイアの言葉に、紗夜は心を動かされたのだろうか、紗夜は口を噤む事をやめると同時にガイアにその本心を話し始めたのだ。ガイアは何も言わず、何も聞かずに彼女の言葉を聞き続ける。
「私、実は逃げてきたんですよ……自分の家から…」
「逃げてきたか……何があったんだ?」
「簡単に説明出来る様に努力します。元々私は名家の「無那月」家の生まれでした。家柄も良くて、恵まれていて健やかで、幸せだったはずだったんです。だけど、お父様が…お父様が血迷ってしまったが為に、私は狂ってしまったんです」
「と言うと?」
ガイアの棒読みに近い質問に、紗夜は会話を続ける。ガイアは変わらず、その言葉を黙って聞き入れていた。
「お父様が隣国の人達と同盟を組んで更にその名を上げようとしたんですよ、だけどここで何を迷ったんでしょうか…私を無理矢理に花嫁として隣国に嫁がせようとしたんです。しかも相手は、私より二十歳以上年上の人でした。普通ならおかしな話ですよね?」
その言葉を発した時、紗夜は若干目に涙を貯め、涙目となってしまった。ガイアは思わず彼女の頭に自分の右手を伸ばし、その頭を撫でたくなる気分になってしまった。しかし彼は手を伸ばす事はしなかった。
「普通に考えたら、馬鹿げてると言った方が正しいな……」
「だけど、周りの人達はそれを大いに祝福しました。満場一致でお父様も仕えてくれていた人も亡くなったお母様だって祝福しているとお父様は言いました。けど、私は全く嬉しくなかった。家の名を上げる為とは言っても、好きでもない人と結婚して、子供を作って、その人の子を孕むなんて嫌でした!でも、嫌だとお父様に言ったら……」
「言ったらどうなったんだよ?」
ガイアの言葉に怒りの口調が混ざり始めた。普段は気の抜けていて冷静な口調が普通のガイアではあったが今の彼の口調には明らかに矛先の見えない怒りと憎しみが混ざり込んでいたのだった。
「殴られました。二度も、二度も殴られました。家の名を上げると言う名誉な行いを何故出来ないのだ、と言われました。辛かったです、殴られた痛みも自分の意見は全て押し殺されると言う事が……だから、辛かったから、嫌になって逃げてきたんですよ。世界そのものを越える禁忌にも等しい術を使って、全てを捨てて逃げた。そうしたら、私は貴方と出会ったと言う事です」
「そう……か。世の中ってのは世知辛いな…」
そう一言呟くと、ガイアは足を止める。紗夜も彼につられて足を止める。そして彼は右手の人差し指を彼女に差し出すと、目元から零れ始めていた綺麗な無色の透明な涙にその指を伸ばし、優しく拭ったのだった。ガイアは無感情に等しかった表情を解き、口元のみではあるが、軽く笑みを見せた。
「よく逃げてきた。その判断は正しいと思う……君の身体の安全は僕が守ってみせるよ…約束する……」
「ほ、本当ですか?」
「僕が死なないのなら、助ける事ぐらい出来るさ。それに、下手に見捨てられない気がするんだよね…」
ガイアはそう言うと、変わらずではあるが、口元のみで笑みを見せると、紗夜の涙を拭った後に、妹にしていた時の様にして、彼女の頭を軽く撫でた後数回優しくポンポンと叩いてあげたのだった。
紗夜は先程までは涙を貯めながら、明るい表情とは対照的に悲しげな表情をガイアに見せていたが、ガイアが言葉を並べ、頭を軽く叩いてあげると、彼女は自然と明るく活気のある表情を取り戻した。ガイアは彼女の明るい表情を見ると、よく分からないが少しだけ癒された様な気がした。よく分からないが所謂「萌え」と言うものなのだろうか、ガイアはそう心の中で呟いた。
そして二人は再び歩き出したのだが、歩いていく中で、二人は突然として、一本道でもなく、破壊された道でもなくT字路に立たされた。簡単に言えば右に行くか左に行くかの二択と言う選択だった。ガイアの心に僅かではあるが迷いが生まれる。二択と言う選択肢は当たる可能性が半分で外れる可能性が半分と言う、簡単そうに見えてかなり難しい選択でもあったのだ。
右に進むべきか、左に進むべきか、彼は今選択を迫られていた。もしかしたら、もしかしたらかもしれないが右に進んだら出口があるかもしれないし、左に進めば出口があるかもしれないと言う可能性もある。二択に惑わされ、ガイアは頭に手を置き考えてしまう。
「う~ん右か左…どっちだ?」
「迷い所ですね。よし、こうなったら!」
「こうなったら?」
「出奇制勝です!」
そう紗夜が元気よく叫ぶと、紗夜は突然として前方にある無機質な壁を指さした。ガイアは、何をしている?と呆れさと引いてしまっている表情が混じる声で呟いたがそれは無意味な行動でも児戯に等しい事でもなかった。
「うぉ!?」
紗夜が壁を指さした瞬間だった。刹那、壁が突如として中規模程度の爆発を起こし、ガイア達の体を軽く揺らし。その壁に甚大な損害を与えたのだ。ガイアも爆発が起こった最初こそは驚きを隠せずに、思わず情けない表情を見せてしまった。そして爆発により発生した舞い上がる煙と埃、壁の破片を目を瞑り、両腕を使って遮り、舞い上がる煙や埃が落ち着きを見始めた時、ガイアは再び目を開けて、正面に建てられた壁の方向を見る。
「な、破壊されてる、だと?」
ガイアは目を疑ってしまった。先程まで行く手を阻むかの様にして頑丈気な雰囲気を醸し出していた壁ではあったが、紗夜の行った謎の行動によって、その壁は木っ端微塵に砕け散り、破壊されてしまったのだった。冷静でいたガイアも、流石に呆気に取られてしまい、口が軽くではあるが空いてしまった。
ガイアはすぐさま理由を尋ねた。何故さっきまで頑丈に建てられていた壁が意図も簡単に破壊されてしまったのか、取り敢えず彼は素朴な疑問を聞いてみる事にした。
「おい、紗夜……何をしたんだ?」
「え?所謂……ブッチギレ!私のEXPLOSION!ですよ?」
取り敢えず、爆発魔法を使って壁を破壊したと言う解釈で良さそうだった。これ以上の追求は必要なさそうだった。取り敢えず、火柱を立てたか短距離の爆発魔法を使用して壁を破壊したかのどちらかだろうとガイアは思い、素直に思考を放棄した。
「右か左に迷ったら、破壊して他の道を切り開けってか?」
そう言いながらも、ガイアは破壊された壁の内部に突入する為に爆発により発生した瓦礫を退けながらも、壁の内部に突入する。何も無かったら、またしても右か左に進むかで迷う事となるが取り敢えずは行動なので、ガイアは後ろを振り返る事がない様にして、壁の内部に侵入した。
「取り敢えず、行くか」
「そうですね!」
最近出会いと未知との遭遇が多いですね。
後暑いですね、エアコン無いとやってけません。