95話「迅雷と裂水」
またしても、暗く、細長い道の中で決勝戦の時をただ無言で待ち続けるヴォラク達ではあったが、遂に決勝戦が始まりの時を告げる。一回戦、二回戦の時と同じ様にして、ヴォラク達の行く手を阻み、まるで閉じ込めるかの様にして設置されていた若干錆と汚れが付着した鉄の柵が三度開いた。
ヴォラクは覚悟を決めると同時に、またしても待機していた暗い道をゆっくりと歩きながら抜けて、決戦戦となる決闘の場へと出向いた。先程の一回戦、二回戦の時と比べるといつも以上に強い緊張感がヴォラクの身体を駆け巡った。そもそも勝負事においてあまり緊張しない、と言うか勝ちにこだわらないヴォラクではあったのだが、今のヴォラクはかなりの緊張感に駆られ、アドレナリンが身体中を駆け巡っていたのだった。
そもそもスポーツとかやってきたけど、今まで決勝戦までとか残った事がなかった。大体一回戦で反則して負ける事がほとんどだったせいもあって、決勝戦にまで勝ち上がってしまった事でそれなりに緊張感が身体に走ってしまっている。だが、今更引き返す事なんて一切出来ない、金がかかっている戦いなので、ここに来て棄権なんて許されない事だし、彼女達に任せるって言うのもダメな気がしていた。仮にも決勝戦、相手は今までの相手を全て撃破してきた強者揃いだろう。恐らく一筋縄ではいかないとヴォラクは薄々感じていた。まずもって、自分がちゃんと戦えるかどうかすら怪しい程だ。
まずそもそもの話なのだが、銃を使用出来ない時点でヴォラクの戦力はガタ落ちしてしまっている。ヴォラクの戦力の七割程(二割剣術、一割体術だと思う)は使用している銃や強力なビーム砲に集約しているので、それ全てを投げ捨ててでの戦いは、負ける可能性が危ない程十分に存在するので、油断せずに勝負に望みたい所だった。
そして司会者であるマッスの非常に大きい声量のこもった声がヴォラク達の耳に入ると同時に、巨大な鉄の柵がヴォラクの前で開いた。
遂に決勝戦か、ヴォラクはそう思うと同時に歩き出す。ゆっくりとした足取りではあったがその足取りはどこか愉快げにも感じられる足取りであった。
「皆さんの興奮冷めない中、メインイベント!決勝戦の方を行いたいと思います!まずは右コーナー、初参加ながら男女共に優れた戦闘力を見せ、鬼神の如く舞い続けるチーム、ヴォラク率いるチームの入場です!」
一回戦、二回戦の時とは違い、ヴォラク達がその姿を表すと、一回戦や二回戦の時の敵チームの様に声援や歓声が上がり、応援の声がかけられるかの様にして、ヴォラク達にも甲高い声援が舞い上がったのだ。一回戦や二回戦の時とは全く違い、彼らを応援する者も一定数存在していたのだ。まぁ、主にヴォラク達に金を賭けている者が多いと思うが……
「ハーレム王!優勝してくれぇ!あんたは倍率めちゃくちゃ高いんだからなぁ!応援してるぞぉ~」
「頑張れよぉ~!ぶっ倒せ!」
「主様ぁ――――!ファイトですよぉ!」
「ヴォラクさん、がんばれ~(棒読み)」
先程と違い、ブーイングの言葉を山の様に投げられるのでもなく、逆にこの非常に盛り上がっているこの場所に静寂をもたらす事をしなくてヴォラクは一安心だった。変に場所の空気を変えるのは好きではなかったのであまり変わらず歓声が舞い上がった事にヴォラクは、ふと安堵した。
そして司会者のマッスは自分達とは反対の左コーナーの相手、即ち今までの戦いを勝ち上がってきた強者の紹介を始める。ヴォラクは僅かに息を飲んだ。一体どんな奴が来るのか、思考を回転させ予想をしてみる。
サイコパス四人衆か?それとも自分と同じハーレム的なチームか?それとも殺し屋が集まった集団か?はたまた訳ありな傭兵部隊か?はたまた宇宙人か?想像すればいくらでも予想は飛び出してくる。ヴォラクは平静を崩さずにその場に立ち尽くした。
「続いて、左コーナーの紹介です。何とヴォラクチームと同様初参加、そして一人での参加でありながら、意図も簡単に全てを簡単に撃破し、決勝戦にまで勝ち上がってきた男「ディクロス・ヴァンパッテン」選手の登場です!」
ヴォラクは目が丸くなると同時に握り締めていた拳が緩まってしまう程だった。てっきり自分達と同じ様に四人で来るものかとヴォラクは予想していたのだが、まさかの相手は複数人ではなく、たったの一人だと言うのだ。自分の予想を遥かに上回ってしまった結果にヴォラクは唖然し、意外過ぎる事に思わず身構えてしまう。
一人で決勝戦だと?この戦いは四人まで参加が可能なルールなんだよ?なのに一人で参加、しかも決勝戦まで残ってるって舐めプのつもりかこの野郎。強い力を持ってるからとは言っても、これではどう見ても強い力を持って、弱者を思いっきり痛ぶっている様にしか見えんぞ?
何故かヴォラクは少しばかり目の前に現れた一人で舐めプかましてるみたいな戦士にやけにイラついてしまった。
まず、その容姿もかなりのイケメン、面食いと言って良いぐらいだった。透き通るかの様な白色の髪、その髪の色は正に純白の色をしていて、同性であるヴォラクですらも見惚れてしまう程であった。長さは自分と大差なく若干長めであり、少し右寄りで髪を分けている。身に纏うのは強固で頑丈そうな全身を包む鎧ではなく、動きやすさを重視しているのか、露出は手と足首意外ほぼ存在しないが、布地が多い服装で全体的に青と白が基調になっている。そして右腰には血雷と同じ様な形で中世風の長剣を装飾が施された鞘の中に収めながら携えている。ヴォラクはその身なりや服装の色、そして携えている装備を見るなり、彼がどんな人物なのか、大体察する事に成功する。
(服装を見た感じ、神国の聖騎士かどっかのデカイ国の所属の騎士だな……これは、少し注意し…っ!?)
ヴォラクが目の前に立つ聖騎士の様な男、ディクロスとヴォラクは偶然にも互いに目が合った。純粋の様にして美しい瞳と目が合ってしまった。美しくはあったのだが、目と目が合った時ヴォラクの全身に強過ぎる戦慄が走った。
刹那、ヴォラクはディクロスと目が合った瞬間、ヴォラクは殺気すらも上回る強烈なオーラ、放たれるプレッシャーの様な謎の何かに戦慄してしまう。まるで凍り付く程の冷たい水に全身を打たれ、当たった物を灰に変えてしまうかの様な迅雷に打たれてしまった様な気分になった。仮面を付けていたからこそ、戦慄してしまった様子や恐れおののき、怯えるかの様な表情を晒す事はなかったが、ヴォラクは仮面の下では冷や汗を流しながら、歯を噛み締めて恐れる姿を見せてしまっていたのだ。
だが、その恐ろしいオーラを感じ取ったのはほぼ一瞬、僅かな時間だけだった。数秒もすればその強烈で恐ろしいオーラは完全に消え去っており、今は、ディクロスは恐ろしいオーラを出す様な事はせずヴォラク達の前に立ち、彼に手を振る観客(主に女性)に手を振る様な行動を取っていたのだ。その行動からは、さっきの様な恐ろしいオーラを出している様には一切見えなかった。見た目と内部に秘めている力の差が凄まじいとヴォラクは息を飲みながら思ってしまった。
(一瞬だけだったが、あの恐ろしいオーラは何だ?)
「なぁ、お前らも感じたか?」
こんな強烈で恐ろしい様なオーラ、感じていたのは自分だけではないだろうとヴォラクは感じた。ヴォラクはすぐさま首を動かし、視線を左右に向けると同時に彼女達にも、先程一瞬だけ見えた恐ろしいオーラを感じたかどうか質問を投げかける。
「あ、あぁ……感じたぜ?恥ずかしいが、肌にピリピリきやがったぜ…」
「雷と水の魔法を完全に使いこなせている。私もこんなプレッシャーは初めてかも……と言うか、彼が使ってる剣、どこかで……」
自分に戦闘能力で勝っている血雷やレイアですら僅かにではあるが恐れる様な素振りを見せていた。血雷はまだギリギリ余裕気な表情を保ってはいたのだが、冷や汗が僅かにながら額から頬にかけて流れ落ちてきており、レイアも直に感じたプレッシャーに驚きを隠せていなかった。シズハに至っては、顔を俯かせながら、右手で股間をキュッと抑えながら、ヴォラクの体を軽く左手でポンポンと叩くと同時に、恥ずかしげな表情を見せた。ヴォラクはシズハの小声の言葉を拾う。
「ご、ごめんなさい。もしかしたら……ちょっと、漏らしちゃったかも……」
「あ―――……」
何もツッコまないであげよう。それが彼女にとっては幸せな事だろう、ヴォラクは何も言わずにただ彼女の頭を静かに、そして軽く撫でてあげた。下手に気遣ったり、口下手な発言をするのは間違いだ、ここは素直に身を引こう。
◇◇
(………どうやら、この戦いに奴はいないようだ)
「どうやら、これは私にとっては無意味な戦いの様でしたね。だが……引く訳にはいかない」
ディクロスはヴォラク達には聞こえない程度の小さな声で、独り言を呟くと、携えていた鞘に収められていた自らが保有する剣を利き手である左手で引き抜く。引き抜くと同時に剣は空を斬り、刃は地面へと向けられディクロスが強く剣の握り手を握り締めた。強くはち切れる程の勢いで強く握り、絶対に戦闘中に落としてしまう事がない様にする。
そしてディクロスは誰も真似る事が出来ない独特な構えを取り、戦闘態勢に入る。構えを取った瞬間、ディクロスは戦闘がいつでも可能な状態に入る。
「迅雷と裂水の所以をお教えしよう…」
「な、何だよ!?あの構えは……ゲームでもあんなの見た事ないぞ?」
「言いたい事は分かる。だけどよ、ちんたら言ってられる場合じゃないぜ?」
「ここは四人で仕掛けるぞ。単独で勝てる相手じゃない気がしてきた」
「はわわ……か、勝てるんですかぁ?」
血雷は口に咥えていた煙管を懐にしまう同時に、刀の握り手に利き手である右手を伸ばして、握り手を握り締めると同時に刀を抜刀し、刃の矛先をディクロスへと向ける。レイアも血雷と同じ様に自らが使う剣を取り出す。自らが保有する魔力を体内外に放出、具現化し、魔力により象られ作られた双剣「エクシア」を作り出した。魔力を具現化し、武器へとその形を変貌させた事で、会場は更に盛り上がり、強い歓声がレイアに向けられた。ディクロスも魔力を具現化し、武器へと形を変貌させたレイアを見るなり、僅かにではあるが驚いた様な表情を見せ、目を見開き魔力が具現化して作られた双剣を見て何やら考え込む様な表情を浮かべていた。
シズハは鈴が鳴る錫杖を両手で強く握り、ヴォラクの後ろに隠れ気味な状態で相手を見つめていた。
「それでは、最後の試合を開始したいと思います!両者の健闘を祈り、Let's Rock!」
「先行する!」
そして遂に決勝戦の火蓋が切って落とされた。ヴォラクは戦いが始まった瞬間、目にも止まらぬ超速に等しい速度で血雷達の前を先行してダッシュすると同時にディクロスへと急速で接近を行う。急接近すると同時にヴォラクは右手に握られたビームサーベルのスイッチをONにし、ビーム刃を展開、すぐさまディクロスへと向けてその刃を振り下ろしたのだ。この一撃は仕留める為の攻撃ではなく、牽制程度、申し訳程度の軽い攻撃だ。反撃、カウンターを入れられない為にもヴォラクはある程度の加減を試みながらディクロスへとその刃を振り下ろす。
「浅い!」
相手の持つ剣がただの鉄で作られた剣なら良かっただろうとヴォラクは思った。しかしそんなに現実は優しくはなかった。ヴォラクがビームサーベルを振り下ろした時、ディクロスも負けじと構えていた剣を使用して、ヴォラクのビームサーベルを受け止めたのだ。
しかもその時、ディクロスが握っていた剣はヴォラクの持つビームサーベルによって破壊される事はなく、受け止められ、互いに鍔迫り合いを起こしていたのだった。
ヴォラクは思った、この剣はただの剣ではない。何かしらの魔力が込められた普通の武器とは一線を越す魔剣の一種であろうとヴォラクは感じた。本来であればビームサーベルは魔力等が込められていない普通の鉄等の金属素材等で作られた武器であれば意図も簡単に切断、破壊が可能なので通常であれば、斬り合いを行う事は不可能に等しいのだ。
もしディクロスが持つ剣も、魔力等が込められていないただの剣だとしたのなら、今頃彼の持つ剣は真っ二つに裂け、ビームサーベルの刃はディクロスの髪やその頭を叩き割っているか、武器を破壊されて失いながらも後ろに下がっていただろう。
だがしかし、ディクロスが握る剣はヴォラクの持つビームサーベルの斬撃を意図も簡単に受け止め、互いに鍔迫り合いを起こしていたのだった。
「ま、魔剣だと!?」
「そんな大層な剣ではありませんよ……」
鍔迫り合いを起こしていた二人ではあったが、ディクロスが鍔迫り合いを起こす中、ディクロスが持つ剣を横に薙ぎ、直接深傷を負わせようとした事でヴォラクは一度斬り合いを中止すると同時に後ろに下がり、一度ディクロスと距離を取る。
攻撃はヴォラクの体に傷を作る事はなかったが、僅かにだけ剣の刃がかすってしまい、着ていた黒色のロングコートが僅かにだけ切り裂かれ、切り裂かれた布が地面へと落下した。
仮にもこの服は一番お気に入りだったので、少しではあるが傷を作られてしまった事でヴォラクは眉をひそませると同時に顔を顰めてしまった。
一度後ろに下がるなり、先行したヴォラクの後ろで身構えていたレイアがすぐさま、ヴォラクが下がった事を確認するなり交代するかの様にして、自らの魔力を具現化して生み出した双剣、エクシアを両手に携えながらディクロスへと高速で接近し、双剣を用いて剣による連撃を行う。ディクロスの使う長剣と違い、レイアは二刀流の双剣なので剣戟の手数はレイアの方が圧倒的に上だった。
「手数で押す気か…なら、その速度に追い付くだけだ…」
その独り言を呟くとディクロスは双剣よりも重量がある長剣でありながら、レイアの持つ双剣と同速のスピードの剣戟を涼し気な表情で披露する。レイアは速すぎるディクロスの剣戟に驚きを覚えると同時に苦難に満ちている様な苦味のある表情を僅かに浮かべると同時に、負けじと彼女も双剣の剣戟速度を更に上昇させる。追い付けない程に速度を上昇させ、自分に優位な状況を作り出す為にもレイアは獅子奮迅するかの如くスピードを上げていく。
(な、長剣で双剣の剣戟速度に着いてきている!?これはちょっと予想外かも……なら、まだ速度を上げる!「速度上昇」!)
レイアは魔力保有量も多く、更には数多くの無属性魔法やその他魔法を使いこなす事が出来る。レイアはその中の一つであり、本体の身体を軽くする事で移動速度や剣を振る速度、その他おまけ効果的な感じでジャンプ力を上げる事が出来る「速度上昇」の魔法を使用したのだ。
レイアは双剣を振るスピードを更に上昇させ、ディクロスの長剣では対応しきれない程のスピードを出してディクロスを圧倒する。
(一撃一撃が重すぎない、手数で押し切る戦法か?)
(間違いない!これは魔剣だ、しかも雷魔法と水魔法の加護が付与されてる強力なタイプだな。一撃でも当たったらおしゃかになってしまうな……なら、スピードで押し切る!)
レイアは移動速度を上昇させ、ディクロス相手に更に剣戟の速度を上昇させる。しかしディクロスはレイアの剣戟全てを完全に見切っているかの様にして双剣の剣戟速度に簡単に追い付き、長剣でありながら双剣の速度に対応していたのだ。レイアの速度上昇魔法は高い水準を誇るが、ディクロスは長剣一本と言う双剣に比べれば剣戟数に劣る剣でありながら、レイアの剣戟に余裕で対応していたのだ。
「申し訳ありませんが……」
ディクロスは涼し気で苦難の表情が一切見えない余裕に満ちた表情を浮かべると、凄まじい連撃でディクロスに連続で攻撃を仕掛けているレイアの双剣、エクシアの斬撃を意図も簡単に躱し、ヴォラクやレイアの移動速度を上回るスピードでレイアの背後に回り込んだのだ。呆気なく後ろを取られ、背を晒してしまったレイアの表情に焦りが見える。しかし剣を振っている間に背を取られてしまったので、剣を振ると言う無駄な動作が発生している為、次の行動に移すには隙が生まれてしまっていたのだ。
ディクロスはその剣を大振りに振り下ろし、しかも当たっていない事で見せた隙を見逃さなかった。実戦なら手に持つ魔剣でその胴体をその鋭い刃で貫かれてしまったかもしれないが、この戦いは殺しは禁止なので、ディクロスは剣を握る左手とは逆の右手でレイアの背中に向けて掌打を放つ。
「くっ!」
「ご退場願います……」
レイアの背中に骨にまで届く一撃が命中する。レイアはその双剣における高速戦闘スタイル故に身なりはかなり軽装になっており、戦闘時は全身を覆う黒色のスーツを身にまとっている為、これと言って防御力を備えた装備は一切装備していない。その為、直接打撃のダメージが背中に響いてしまい、レイアの背中は強い痛みに襲われたのだ。
苦虫を噛み潰した様に苦しげな表情を見せ、歯を噛み締めると同時にレイアはディクロスの放った掌打によって、場外に飛ばされかけてしまったが、一応元は国のトップだし、今まで積んでいた鍛錬も決して楽な事ではなかったお陰なのか、踏ん張って足に力を入れたお陰でギリギリ場外には飛ばされずに済み、ギリギリの所で場外に落ちる事はなかったが背中に負ってしまったダメージは大きく、レイアはその場に静止すると同時に肩で呼吸しながら、荒い息を何度も吐き続けしまったのだ。しかしディクロスが追撃を行う事はなく、自分に興味がないかの様な様子でヴォラク達の方へと攻撃に向かった為、レイアは脱落せずに済んだのだが、レイアは外傷こそ負わずに済んだものの身体に響いたダメージが大きかった為に身体を思う様に動かせず、ただ傍観するしか出来なかったのだった。
「短距離転移……」
ヴォラクはまたディクロスが自分の所に来て、再びおの魔剣で攻撃を仕掛けてくるのだろうと感じたのだが、ヴォラクの双眸に映っていたディクロスが突然として、その視界から姿を消したのだ。またしても先程の様な高速移動かとヴォラクは思ったのだが、ヴォラクはその双眸に絶え間なくディクロスの姿を映し続けていた。人間が突然として消える事なんて普通に考えたら有り得ない事であろう、しかしここは前の世界の常識なんて知ったこっちゃない異世界だ。突然人がワープしてしまっても不思議ではないだろう。
現にヴォラクは後ろを高速で振り返る。まだ早い内に気付いていて、対応が出来ていれば問題はなかっただろう、しかし遅かった。
「嘘!?いつの間に?」
「痛くはしませんよ」
後方で恐れる様子を見せながら錫杖を両手で握り締め、前線での戦闘を震える目で見つめていたシズハの前にはディクロスが立ちはだかっていたのだ。しかも距離はかなり近く、剣を振りかざして、振り下ろせば簡単にその体を切断する事が出来る距離であったのだ。
あっ、とヴォラクは思い、ビームサーベルの刃の先をディクロスへと突き出したが、時すでに遅しだった。
「いやぁ!」
悲痛な叫びと同時にシズハの体は浮き上がると同時に宙を舞った。ディクロスのタックルを受けてしまったシズハは呆気なく、ディクロスのタックルによって吹き飛ばされ場外へと投げ出されてしまったのだ。
「あぁっと!ここでヴォラクチーム一人脱落です!ディクロス選手、多人数でも圧倒する強さを見せています!」
ヴォラクは仮面の下で焦りが募る表情を見せていた。ここで一人脱落、しかも後方での支援を得意としているシズハが脱落してしまうのはヴォラク達にとってはかなりの痛手であった。二回戦の時の様に、敵を拘束する事で一時的に敵の動きを封ずる作戦も存在していたのだが、その拘束や仲間への能力上昇の付与、所謂バフをかけるシズハが早々に脱落してしまった今、前述した行動全てが封じられてしまったのだ。ヴォラクは焦りを見せ、その場に立ち止まってしまう。戦場で足を止めるなんて死と同意義なのだが、まだ経験の浅かったヴォラクはどうしたら勝てるのかが分からなくなってしまい、思考を回転させるのだがその間ヴォラクは足を止めてしまったのだ。
「戦いの場で足を止めるのは危険ですよ」
やはり聖騎士、神国所属の騎士みたいな相手に勝つなんて無理なのか…ヴォラクはビームサーベルを両手で持ち、構えるが迎撃は行っても敵わないだろうと感じていた。ここで自分も脱落か……と半場諦めに近い行動でもあったのだ。
「馬鹿!足を止めてどうする!?少しは勝てる策を考えろ!」
ハッ、とすると同時に後ろから刀を片手にディクロスへと突っ込み、斬り合いを起こす人物がいた。赤く束ねた髪を泳がすかの様にして目の前に立ちはだかり、ヴォラクに攻撃が及ばない様にする為に刀を振るう女性がいたのだ。
「姉さん!」
「こっちは抑えてやるからよ!お前は勝てる策でも考えろよ!こっからはアタシが主役だ!」
「でも、一人じゃ!」
「うっせぇ!生意気言うんじゃねぇよ!さっさと勝って、美味い酒飲みてぇんだよ……アタシはなぁ!」
(くっ、剣戟が重い……多少剣筋が狂っているとは言っても、一撃はかなり重い……受けきれるか…?)
血雷が持ち前の我流剣術でディクロスを圧倒する。レイアの双剣と違い、血雷の剣戟は一撃一撃が重く、剣筋がかなり個性的なのだが、威力は非常に高く下手に命中してしまえば、重傷を負う羽目になるだろう。ディクロスは血雷の攻撃速度に合わせて、ほとんど血雷と同じ剣戟速度で互いに斬り合いを続ける。
今でこそ血雷はまだ余裕のある表情を見せながらディクロスと互いに斬り合いを続けているが、いつまでもは持たないだろう。スタミナにだって限界は存在している。互いに斬り合いが長引いてしまえば血雷のスタミナだって尽きてしまい、動きが鈍くなってしまう可能性だってある。ディクロスはヴォラク、レイア、血雷と三人を相手に斬り合いを続けているのだが、顔には一向に疲れの色は見えず、まだ涼し気な表情を腹が立つ程に見せていたのだ。
ヴォラクはこの状況から勝てる方法を考えてみる事にした。しかし焦りが募り、一人既に脱落していると言う緊迫した状況の中で、ヴォラクは的確に思考を回転させ、この状況における最適解を導き出すのは今のヴォラクでは無理に等しかったのだ。
ヴォラクがその場にビームサーベルを片手に握りながら、思考を回転させ棒立ちしてしまっている中、血雷は依然としてディクロスと斬り合いを続け、互いに鍔迫り合いを起こしている。レイアは軽装だった事が災いしてしまったのか、掌打により発生した衝撃で双剣エクシアを失い、背中に負ってしまったダメージが大きかったのか立ち上がってはいるものの、苦しげな表情を見せながらも荒い息を吐き続け必死でその場から動こうとしている。しかしまだ思う様には動く事は出来ない、まだ自然回復には時間がかかるだろう。
ここは自分と血雷の二人だけで凌ぎ続けなければいけないだろう、しかしだからと言って二人がかりで攻撃を仕掛けた所で互いの攻撃の動きが制限されたり、そもそも相手のレベルがかなり高いので二人がかりで勝てる確証もないのでヴォラクは今下手に血雷とディクロスの戦闘の間に介入する事が出来ず、ただ立ち止まる事しか出来なかったのだ。
(どうする!?考えろ!考えるんだ!そうすれば何かしらの案はあるはずだ!考えろ!)
必死に自己暗示をかけ、ヴォラクは何度もこの状況を変えられる案を考える。彼は勝つ事が出来る道を考え抜き、そして探し出す事が出来るのだろうか…