86話「The blade stained with taboo and blood‐禁忌と血に穢れる刃」
あの日、今自分自身がどれ程危険な力を保有しているかは立ち寄った図書館で読んだ書物とその本の記述によって十分な程まで分かった気がした。
保有する力は使用が危険でありその物が邪悪の権化の様なものである禁忌と同意義であり、使う事は神を信じ崇める者からすれば迫害の対象であり、深く危険すぎる代償が発生する可能性を孕んでいる事を知ってしまい、悠介は最初、この真実を知ってしまった事で今まで経験した事ない様な強すぎる動揺と恐ろしい代償を支払った時の事を考え、その事がまるで妄想の様に自分の脳内にその時の自分の姿が湧き上がってしまった。
そして、自分が恐るべき禁忌を身に宿している事をリアンにもこの事を話すべきか話さぬべきかどうかについても、どうすれば良いのか分からず、迷いが生じてしまっていた。最初はこの事は話さずに慎んで静かに黙っておくべきだと思っていた。何故ならいくら彼女は優しくて明るく、基本的に他人に対して否定を行わない女性だが、その彼女でも基本的に迫害の対象であり危険で恐るべき力である「禁忌魔法」を自分が身に宿しているなんてDIOである悠介の口から言われたら、どの様な反応をするだろうか。その時はネガティブな感じになってしまっていたので、心理的に仕方のない事なのかもしれないが悪い方ばかりに思考が偏ってしまい、リアンが自分に対して、冷たい返し方をするのではないだろうか?とばかり考えてしまっていたのだった。
もしも、まるで穢れて薄汚い様な家畜を見る様な目をして自分の事を罵り、罵声を浴びせたら?近付かないで!とでも言われるのか?速攻で自分の前から立ち去ってしまうのか?と悠介は考えてしまい、言う事が出来ず、言うか言わないかの淵を彷徨い、次第に時間は流れていく一方だった。この世界の多くの人間は神を崇め、崇拝している。していると言うよりも、この世界では崇拝する事が基本であり、崇拝せず自ら崇拝せず嫌っていると言い張る人なんて居ないに等しかった。
だが神を崇拝せず、本来とは違う神を崇めたり隠れながらではあるが神を信仰しない者もいる。しかし本当の神を崇拝せず、信仰しない事が誰かに知られてしまい、口外されてしまえば、神が住む世界と言われる「神国」直属の部隊である「異端審問隊:地上部隊」に所属する審問官達によって強い罰を与えられ、最後は極刑に処される事となってしまう。
禁忌は神にとっては害悪であり邪悪の権化、もしリアンも神を崇拝し、崇めると言うのなら、自分に待っている言葉は間違いなく自分に対する怒りの言葉と罵声の嵐だろう。もしそうなってしまえば、もうリアンとの関係は破綻の一途を辿る事となるだろう。二度と修復不可能になる程の亀裂が生じ、話す事すら顔を合わせただけで嫌悪感を抱かれてしまうだろう。それにこの街からも追い出されてしまうかもしれないし、禁忌魔法を身に宿している事が神国所属の人間や異端審問官にでも知られれば待つのは死という悲しく呆気ない最後だった。悠介はまだ十八歳だったので、まだ死にたくないし、彼女だってまだ出来てないし、捨てたいDTすらも捨ててないので、この世に未練は残しまくりだった。更に唯一の家族である姉に会う事すら叶わぬまま死ぬのは絶対に嫌だった。自分にとって唯一の家族であり、いつでも、どんな時でも自分の隣にいてくれた姉に会わぬまま呆気なく滅びるのはお断りだったので悠介はまだ死ぬ気にはなれなかった。
死なない為にもリアンには禁忌魔法の事を言うか言わないか選択しなければならなかった。このまま言わずにずっと口を閉じ続けるのも一つの手だし、一か八かで本音を言うかの様にして身に宿している禁忌魔法の事を暴露するのも手だった。一応図書館の一件については何もなかったと言う事にしてあるので、まだ彼女はこの事を知らなかった。リアンには知らぬが仏の様に何も知らないでいて、今まで通りにしていてほしかったのだが、いつまでも隠し事をし続けて本当の事を言わずに共に過ごし続けるのも悠介は気が引けた。それに姉の言葉である「友達に嘘は付くな」と言う言葉が脳裏に過ぎった事で悠介はリアンとの仲や身の保身の為にこの事は言わずに口を閉じ続けるか、姉の言葉や自分の気持ちに裏切りたくないと言う気持ちの狭間に立たされてしまい、悠介の葛藤が更に増す事になってしまった。
しかし決断をしなければならない時だってまるで魔の手が迫るかの様にして、自らの元へと来る事となる。時間はお金よりも貴重だ、早く決めなければ自然と時は流れていってしまう。言うか言わないかで迷い続けてしまい、結局リアンを呼び出した時もまだ決められずにいたのだった。
しかし彼女を呼び出し、彼女が自分の横に座った時、悠介は腹を括って覚悟を決めるしかなかった。逆に自分で呼び出しておいて覚悟を決めていなかった自分を呪いたくなってしまった。
ここでの選択は二つだけだった。処刑されない為に身の保身に走り、リアンとの今の囁かで幸せと感じさせる様な友情を守り通す為に隠し通すのか、それとも姉の言葉や自分の純粋な気持ちに従い、関係が破綻する事を覚悟して言うのか、彼女が自分の横に座っている時もまだ、悠介の気持ちには迷いが生じてしまっていた。
「悠介、どうしたの?そんな焦った顔して?言いたい事あるならはっきり言いなよ」
リアンは悠介の横に座り込みながら、足を組んで頬杖をつき、不思議な物を見ている様な表情で悠介を見つめる。時折金色の髪が目にかかったりしていて、その度に美しく細くて色白美肌な手で髪を整えていた。
それに対して悠介はまるで次に処刑される人物の様な程に身を僅かながら震わせてしまい、両手の指を合わせながら、顔を俯きにしてしまっていた。心拍数も上がってしまっていて、まるで死を待つ人間の様だった。手の震えも次第に強くなってしまう。口なんかもう動いてくれそうになく、言葉を発する事すら許さない様だった。
しかし悠介は何とか口を動かして言葉を発する様に肉薄する。ここまでしておいて何も言わないのは流石に失礼と悠介は感じ、答えを出す事にした。言うか言わないか………言うしかないな……
悠介は腹を括った。
腹を括ると同時に、リアンの美しい腕が悠介の肩をなぞり、その綺麗な手で悠介の肩を撫でた。温もりを感じる、暖かかった気がした、まるで泣いていた時に慰められていた時の様だった。
悠介はすぐさま懐かしい感触と記憶が蘇ると同時に自分の顔を上げ、リアンの顔の方を見つめた。そこには心配そうな表情をしながらも、彼を宥める様な優しい表情を見せたリアンの姿があった。
「辛い事とか、何かあるなら言って?私が全部飲み込んであげるからね?私に言ってごらん?」
その言葉が悠介の背中を押した気がした。もう全て言ってしまおう。ここまで彼女は自分の事を想い続けていてくれて、どんな事であっても飲み込むと言ってくれた。その言葉には嘘がないだろうと悠介は分かった気がした。彼女の瞳は嘘を付く様な瞳をしていなかった。言葉に嘘偽りがなく本当に全てを飲み込み、たとえそれが耐え難い事実だったとしても受け止めると彼女は悠介に訴えた。もうここまでしてくれて、言わないのは失礼だと悠介は感じた。素直に本当の事を語ろう。彼女は受け止めてくれるだろう、飲み込んでくれるだろうと悠介は信じた。彼女を信じた悠介は自らに宿した力について、そしてそれが禁忌の力だと言う事も全て洗いざらい全て話したのだった。
全てを話した悠介、そして何事もなかったかの様な表情を見せ素直に全ての話を聞き入れてくれたリアン。リアンは言葉通り、悠介の言葉を全て飲み込み、受け止めた。禁忌の力を持つ事を素直に言った事に対して彼女は悠介の事を毛嫌いする様な様子も、罵声を浴びせる事も、その場から立ち上がって逃げ出す事もせず素直に彼の右肩を撫で、そのまま優しく右肩に手を置くと、数回軽くポンポンと叩いた。
「そう、だったのね……悠介、禁忌魔法を習得していたなんて……それも儀式を踏まえた上じゃなく勝手に体に……」
「…俺の頬、引っぱたかないのか?俺の事、異端者だって罵らないのか?」
「お馬鹿、私はそうやって偏見とか勝手な価値観で差別するのは嫌いなの。現に神様なんて偶像の様なものを私は信じていない。それに意図せず使える様になってしまったのならそれはどうしようもない、仕方のない事よ。悠介、あなたはその力と向き合うのかそれとも自らの意思で嫌うのか…決めるのは貴方次第よ?でも口外は禁則事項だよ?」
そう彼女は悠介の傍に近付き、そのまま耳に口を近付けると、僅かながら熱を発し、赤くなってしまっている悠介の耳元で呟いた。
向き合う、もしくは自らの意思で嫌う。悠介はこの力を受け入れて向き合い、頼りになりそうな時は惜しみなくその力を解放し解き放つのか、それとも一切使う事なく、海の底に沈める様にして押さえ込み、その力を発揮しない様にする為に永遠に鎖に縛り付け封印してしまうのか、当たり前だがそれを決めるのは悠介以外の誰かではなく自分自身だと言う事は悠介自身も理解していた。しかしその力を受け入れて、使いこなしていつ何時でも使う事が出来たとして、リアン以外の周りの人間はそれを見てなんと思うだろうか?もしかしたらかもしれないが、悠介の身に宿している禁忌魔法を知らぬ者なら、目を輝かせその力に圧巻の一言に尽き、まるで初めて何か素晴らしい物を見た人間の様な目をするかもしれない。しかし逆に禁忌魔法の存在を知り、その存在を嫌い、力を宿す者は神に仇なす事と同意義とも捉えられる様に思う神を崇拝し尊敬に値する気持ちを持つ人々からすれば悠介の存在は邪悪と悪の権化と言っても過言ではないだろう。それでは悠介は簡単に迫害の対象となってしまう。しかもその迫害の対象は彼だけではなく自分とのパートナーであるリアンにまで及ぶ可能性だって否定出来ない。もし自分だけではなく彼女も危険に晒される様な事は、悠介にとって、自分以外の他人が巻き込まれてしまう事は絶対に避けたい事態であり、殺される可能性だって普通にある為尚更警戒してしまっていた。だが彼女は自分は悠介の力を受け入れるが、口外だけはするなと伝えてくれた。確かに彼女の言う通りかもしれない。普通に考えたら、禁忌魔法を身に宿している人を受け入れてくれる人なんて極一握り程度しか存在しないだろう。まずこの世界の人間の多くは神を信仰し、崇拝し、強く崇め祀っている。それは同時に禁忌魔法を嫌い、それは邪悪の権化と同じだと言う人も存在すると言う事だ。嫌う人が多いのも普通だと悠介は感じた。
ならばこの力は使わずに封印すべきなのかもしれないのか?と悠介は一度だけ考えた。
しかし今となっては封印していなくてよかったとどれ程思った事だろうか、悠介は今の状況を再確認した時この宿された力を解放し、封印させる事なく解き放った事に対して強い好感と謎の達成感に満たされてしまった。何故だと思う?使わず、封印してしまっていたら、今頃地獄の底に叩き落とされていたかもしれなかったからだ。影の世界から解き放たれた自我を持ちし、漆黒の影は悠介の後ろから解き放たれ共に戦闘に参加する意志を見せる。もし今この影の力を解放しなければ、体に穴が空いてしまっていたかもしれない。そうなるぐらいなら周りの反応なんてクソ喰らえだった。たとえ迫害されようと、多くの人間から嫌悪感を抱かれ、強い怨念を抱かれようと命が結局一番大事だと思った悠介は躊躇する事なくその影の力を解き放ったのだった。
「ラディ、殺さない程度に痛ぶれ。後で尋問タイムだ」
「ケケケ、オモ、シロ……イ」
敵を前にしても、悠介は怯む様子を見せようとはしなかった。先程はナイフをその身に撃ち込まれてしまい、赤黒い血を流しながら負傷する事となってしまったがその痛みすらも踏み越え、余裕で突破してしまう勢いで悠介は奮起する。血が流れた事なんて気にしない様に、肉を穿ち身に刺さったナイフを引き抜いた事で発生する悶絶する程の痛みにすら怯まぬ様に悠介は右手に愛用しているタクティカルナイフを強く握り締めた。そして後ろから生み出された泥の様にドロドロとしながら出現した影はまるで化け物の様な形を取り始めると細く長い両手を槍状の鋭い形へと変化させていく。まるで相手を突き刺し、命を刈り取る悪魔の様だった。
そして彼の能力が記載されているカードにはその禁忌魔法の名が刻まれていた。
「第二等級禁忌魔法:触魔獄影」
そしてその他にもこの禁忌魔法に関する新たな力がカードに記載されていたのだ。悠介はこの存在に気付く事はもう少し先の話だった。
「能力:変化」
・影から体を覗かせた時、自らの体を意志のままに変化させる事が可能になる。基本的には魔物の様な不気味なフォルムとなる。その他の姿にも体を変化させる事が出来る。
例→胴が横に長かったり、猫の様な耳が付いていたり、異様に細く長い腕、鋭い牙や赤く輝く目など。
例その二→影の一部を武器に変化させ、宿主に渡す事なども可能。
「派生:槍攻撃」
・影の両腕が槍状となる。突いたりするのには丁度良いかもしれない。
「派生:蛙飛び」
・影が水から跳ねる蛙の様にして、自らの姿を変貌させて飛び上がり相手を食らう。
「派生:虚の壁」
・影が全ての攻撃や魔法を飲み込み吸収し、宿主を守る盾となる。カウンターや騙し討ちに使用が出来る。
「派生:Drill and Scythe」
・影の周囲から影により生成されたドリルと大鎌を大量に召喚する。双方強度や威力は元の物と変わらない力を持っている。
「派生:一体化」
・宿主の体と影の体の一体化を行う事が可能となる。例として、翼を作り出しての飛行能力や腕や足と言った宿主の体に寄生して宿主の体そのものを影に変化させる事などと言った事が可能となる。
「特異攻撃:Executioner」
・目すらも焼き殺す勢いの光球を宿主が生み出し(光魔法の適正なしでもこの時のみ使用可)その際に色濃く発生する影が地から全てを食らう巨大な何か(毎回の発動時により変化)へと変貌を遂げ相手を破壊する特異攻撃魔法。
「特異攻撃:Duisborg」
・影が全身を長い槍へと変化させ、敵へと突撃する特異攻撃魔法。受け止める事は不可能で、たとえ何でも防ぎ切る盾ですらも貫く力を持つ。
「Welcome to Shadow」
・宿主が影の中へと身を潜める魔法。攻撃の回避や拘束された状況からの脱出などに有利な魔法となる。
「Cube of Hell」
・相手を拘束し、影により作り出された立方体状のキューブに閉じ込め、肉を一片も残さず影に食らわせる魔法。骨のみは綺麗に残る為葬式ぐらいは行う事が出来る。
「Invite Shadow」
・簡易的に宿主が影により生み出された大鎌又はドリルを地から生やす「派生:Drill and Scythe」の簡易型。
もはやただの勇者とは比較出来ない程に恐ろしく禁忌の名に相応しい力を宿す事となった悠介はすぐさま敵の無力化を図る為に影に指示を出す事にした。そして一言悠介は、ラディに対して呟いた。
「…跳ねろ」
その一言だけで、悠介の背後に存在していた真っ黒な影はまるで不気味な蛙の様な姿へと変化していくと池の中の水を高速で進む魚の様にして、地に道の様にして作られた影の道をまるで地を這うかの様にしてラディは敵へと進むと地に生み出された道を進む。その上に立てば引きずり込まれそうな影の道に潜っていたラディは影の世界から相手へと向かい、相手の肉を全て食らってしまう程勢い良く飛び出した。
そしてラディは大きく口を開き、鋭い牙の矛先を目の前に弓を持ち構えている敵へとその大きな口を向ける。殺さず半殺しにしろと言ったのだが、悠介から見てしまえば全て食らって骨すら残さない様な攻撃だった。悠介はラディに対して殺すなよ?と釘を刺しているのだが、万が一食らってしまったならしょうがないと考えるしかなかった。
「二対一に持ち込むぞ…」
ラディに任せて高みの見物と言うのも、ラディの力を見る事が出来るし、自分は何もしなくても良いのでラディに全て任せると言うのも一つの考えだが、二対一と言う戦闘において有利な状況に持ち込む事が出来れば、勝率は一対一の時よりも上昇するだろう。悠介は敵が投擲してきた透明なナイフにより肉を裂かれ、抜いた事により更に焼ける様な痛みが発生している中でも顧みず、ナイフを片手にラディに加勢を行ったのだ。
この時はもう戦い続け、高まる興奮と胸の高鳴りによってアドレナリンが大量に分泌されてしまい痛みなんて引いてしまい、傷口すらも塞がってしまった様に感じてしまった。実際はまだ傷口は塞がらず、血は止まらずに流れ続け、着ていた黒色の黒衣は赤黒く染まってしまっていたが、悠介はこの全てを気にする事なくナイフを右手に握り締め走り出したのだ。
「突け!」
悠介がラディに指示を出すとラディはさっきの元の姿へと戻り、異様に細く長い両腕の先をまるで槍の様な鋭い形へと変化させた。そして獲物を見つけた狼の如くの素早いスピードで敵へと目掛けて急接近すると、突き刺し、突き殺す為にその槍と化した腕を動かし、容赦のない速度で相手を突いていく。しかし相手は簡単に突かれる気がないのだろうか、後ろへと軽くステップを踏むと再び攻撃を行う為に背負っていた矢筒から鉄製の矢を取り出すと右腕に固定されたコンパウンドボウに矢をかけ、矢を射る為に弓をつがえた。矢の向かう先はラディだった。しかし敵はまだ接近して来る悠介の存在に気付いていない。敵の意識は完全にラディに集中してしまっている。つまり敵の意識の中に、悠介の存在は完全に意識外と言う状態になってしまっていたのだ。しかも悠介は敵に接近する時、気配や殺気を完全に消失させる事が出来る『存在消滅』を使用している為、敵は完全に悠介の事を見失ってしまっている。これなら相手の意識外からの奇襲を行う事が出来る。
悠介はニヤリと誰かに似た笑みを口元にだけ浮かべるとナイフの刃を敵の胸へと向けて刃を滑らせた。右腕を動かした事で刃が敵へと向けられる。刹那、敵は刃が自らの体に触れ、皮膚と服が裂かれるギリギリの所で悠介の存在に気が付くと悠介の使用するタクティカルナイフの刃を避ける為に首の皮一枚で身を屈めるが身を屈めると同時に後方から急速で接近するラディにまで対応するのは難しい事だった。
「なっ!?」
案の定、前方と後方からの二方向から迫る悠介とラディの猛攻に敵は思わず苦難の声が漏れた。しかし悠介とラディは相手が二方向からの攻撃に対する手段を考える間も与えずに連続で攻撃を与えていく。
悠介は愛用するタクティカルナイフを用いた連続での攻撃や殆ど見様見真似の体術などで応戦し、ラディは悠介の指示を聞きながらその体をありとあらゆる姿に変化させながら、敵を後方から攻撃を行っていく。更にそれだけではなく、前方で戦闘を行う悠介とラディの他に後方から魔法攻撃により支援攻撃を行うリアンも存在しており、実質的に悠介達に攻撃を仕掛けてきた敵は三対一の状況に持ち込まれてしまい、数的な差は圧倒的に不利と言ってもよい状況だったのだ。
しかし敵もただ黙って敵の攻撃を受け止め、攻撃を避け続ける訳もなく、敵は現在進行形で近接戦闘と行う悠介とラディの攻撃を避け、後方から魔法攻撃を行い支援攻撃を行うリアンの攻撃を殆ど首の皮一枚状態だが、避け続け右腕に固定されたコンパウンドボウから矢を射り、悠介とのナイフにおける近接戦に持ち込まれた際は太腿に取り付けられたナイフホルダーからナイフを取り出し、剣で斬り合うかの様にして連続でナイフによる斬り合いを続けた。
(ぐっ!?武器はコンパウンドボウだけじゃないのか?しかも、こいつは双刃のカランビットナイフじゃなねぇか!?)
近接戦闘に持ち込まれた敵だったが、敵は攻撃を先程の様に軽い身のこなしで避け続けるのではなく、ナイフホルダーから一つのナイフを取り出し、悠介の持つタクティカルナイフとの斬り合いを始めたのだ。そのナイフは歪曲した爪や鎌の様な形状をしたナイフであり、持ち手の部分も刃となっていて革製の手袋を付けていなければその手の皮膚が簡単に裂けてしまいそうになってしまうぐらいだった。歪曲し、回す様のグリップなどが取り付けられたナイフその名は「カランビットナイフ」それを目の前に立つ敵は使っていたのだ。しかし悠介は敵がこのナイフを使っている事に強い驚きを見せてしまった。何故なら、このカランビットナイフは武器として使用する場合の難易度は刺突等のシンプルな使い方が行える普通のナイフに比べてかなり高めであり、腱や手首の脈などを狙って切り付けるのがメインであるのが普通であり、普通のナイフとは違い刃が下側にあること、ナイフ本体を回すという動作ができる分、自分の脈に刃が向くと自滅の可能性があること等があるため使いこなすのはかなりの修練が必要などと言った悠介が使用しているタクティカルナイフと比べると修練する度合いはかなり差があったのだ。
しかも使用難易度が高いにも関わらず、ナイフの腕前も悠介に負けず劣らずに近い程の実力を持っている。体術も悠介の様な見様見真似でもなく、絶対に訓練を受けているだろうと容易に推測が出来た。そして敵は遠距離戦だけではなく、ナイフや体術などを用いた接近戦にも対応出来ると言う事に対して、眉をひそめてしまい、軽く舌打ちをしてしまう。もしかしたら敵は接近戦を得意としておらず、遠距離戦専門かもしれないと言う微かな願いを悠介は願っていたのだが、いとも簡単にその願いが破壊されてしまった事により苦難の表情が垣間見えてしまっていた。一応三対一と言う数的に有利な状況を作り出しているとは言っても戦場と言う世界の中では、何分先に、何秒先に何が発生するか一切分からない世界だ。後数秒もすれば頭を矢で射抜かれてしまっているかもしれないし、ナイフで喉笛を裂かれる可能性だってある。決して油断も出来ないし隙も見せられない状況だ、悠介は先の雲行きが怪しいと思ってしまい、ナイフの動きが他の思考により鈍りそうになるが、実際敵とのナイフの斬り合いを続けると考えるよりも手を動かなければならないと考え、すぐさま生き残ると言う考え以外の思考を全て投げ捨てると、ナイフを握る右手を動かし続け、敵との戦闘を続ける。
「いい加減にその素顔、見せやがれ!」
悠介はナイフを握りしめたまま敵に向かって全速力で接近すると、切り付けるのではなく体術戦に持ち込む為に組み付きにかかったのだ。勿論だが、カランビットナイフに斬られる事を前提に考えた行動だった。いい加減にしてほしかった。このまま互いに斬り合いを続けていては、スタミナが切れて息が上がってしまう。そうなれば後はもう気力の問題となる。今だって悠介は既に僅かながら息が上がり始めているし、額からは水の雫が垂れるかの様に透明な汗が流れている。敵も顔こそ見えないが、僅かながらではあるが息を乱している様にも見える。このままでは互いに息が上がり、勝負の決着が付かなくなってしまいそうになる。悠介は素早く決着を付ける為に更に傷を作る事を顧みずに組み付きにかかったのだった。痛いのは嫌ではあるが、この時悠介の体はアドレナリンが分泌されていた事により痛みが消えた様に感じてしまっていた。
そのお陰で痛い事なんてどうでもよく思えてきてしまい、悠介は恐れを知らぬ戦士の様にして足を動かし、敵に対する組み付きを行う事が出来たのだった。
「うぉぉぉぉぉ!」
「っな!?」
悠介は目を瞑る事すらせず、ナイフを握り締めたまま敵に対して組み付きを行った。正直この時腰辺りを右手に持っていたタクティカルナイフで突き刺しておけば重傷を負わせる事が出来たのかもしれないがこの時の悠介は組み付きを行い、押し倒して無力化すると言う事しか考えられていなかった為ナイフで相手を突き刺すと言う考えは完全に脳内から消失してしまっていた。
そして悠介は敵に組み付き、相手の身動きを一時的に封じた。悠介は何とか組み付いた事でその場からの行動を阻害し、ある程度だが腕も動けない様にしカランビットナイフを使って自分の体を突き刺す事も出来ない様にした。
「……ラディ!?」
「マカ、セロ」
組み付いたまま絶対に離さない様に自分の腕に精一杯の力を込め、その場から動かない様にする為に足に力を入れて踏ん張っていた時だった。敵の背後から自分の身の丈程の高さになったラディが突然として現れ、細いながらも頑丈そうな二本の腕を使い、目の前の敵を拘束したのだ。
ラディは組み合っている二人の間に割って入ると突然敵の両腕をその細く頑丈そうな腕で強引に掴むとそのまま敵の両腕を後ろに無理矢理回させ、絶対に抵抗が出来ない様に拘束する。無理矢理腕を動かされた事によって敵が手に握っていたカランビットナイフは地面に転げ落ちてしまい、コンパウンドボウもカランビットナイフと同じ様にして音を立てて地面に落ちてしまった。拘束を振りほどかない限りは使用は難しいだろう。そしてフードを深く被っていても、悠介にはある事が分かる。
―――焦っているな?
しかし悠介はそんな事を気にする事はなく、容赦ない動きでフードに手を伸ばし、そのまま掴むと僅かながらに左右に動く敵の首を気にする事なくフードの中に隠された素顔を確認する。
「…………はっ?」
「………くっ、見るな……」
刹那、次の瞬間だった。悠介は突然真顔になってしまうと同時に考えるよりも先に拳が出てしまった。悠介は目の前に立つ敵、と言うよりも女性の腹に威力を大幅に上昇させたボディブローを放ったのだ。しかも気を失ってしまう程の強力な一撃だ。
案の定、不意に腹にボディブローを喰らわされた女性は口から苦しそうな声を漏らすとそのまま目を閉じてしまい、そのまま動かなくなってしまった。勿論だが死んだ訳ではない、一時的に気を失わせただけだ。
「悪く思うなよ………」
悠介の表情はどこか疑問に満ちている様な不思議気な表情だった。ラディも、てっきり悠介はトドメの一撃をお見舞いするのかと思っていたのか、意外な行動にキョトンとした表情を見せてしまっていた。そしてそれを遠目で見ていたリアンもすぐさま悠介とラディの元へと近付いていく。
「悠介、ラディ!……終わったの?」
「一応な、後この人ちょっと保護してあげよう」
辺りが僅かながら暗くなり始める中、悠介はラディに拘束されていた彼女の体を抱えるとそのまま若干重そうな足取りでその場から歩いていってしまった。リアンとラディは疑問に満ちた表情を浮かべるが、結局は彼の背中を追って歩いていくしかなかったのだった。
おまけ:作者のひとりごと
はぁ~何か作者って役を務めんのもダるいしもくやめてぇよ
って言うかキャラ設定にシナリオに武器とか魔法の名前考えんのもめんどくせぇ
ホントめんどくせぇよな、小説書くのって…っていうかもう生きる事がめんどくさい
メロンパン食べたい