7話「殺害」
森を去っていた途中、サテラはヴォラクにとある事を聞いてきた。
「主様、この武器の名前はなんですか?」
突然聞かれて戸惑ってしまう。この銃に特に名前は無い。しかしこの銃の名前『FN P90』を使う訳にもいかなかった。他に名前を考える。自分の銃にも名前は付けているので、何か付けないとサテラには可哀想だと思う。
少しヴォラクは銃の名前を考える。悩んでしまったが、考えた末に一つの名前を思い付いた。
「この武器の名前は『ネーベル』って言うんだ。意味は…まぁ深くは考えなくていいよ」
「『ネーベル』ですか…いい名前ですね。これからはこの武器はネーベルと呼びます」
『ネーベル』それはドイツ語で霧を意味する。ふと思い付いた名前だが、サテラには気に入ってもらえた様だった。
そのまま街に戻って行ったが、相変わらず周りの目が辛い。この街には仮面を付けている奴が沢山いるとベルタから聞いていたが、仮面を付けている冒険者はどこにもいなかった。
(ベルタさん。嘘ついたのか?)
「主様?どうしましたか?」
「いや…なんでもない」
気持ちを誤魔化そうとしながら歩いていると、目の前にガラの悪い男が3人ヴォラクとサテラの前に立ちはだかる。
3人とも酒瓶を握っていて、酔っ払っている様に見えた。
「嬢ちゃん可愛いね!そんなキモイ男ほっといて俺達と楽しい事しようぜ!」
「あんな奴よりも俺達の方が絶対に楽しいぞ!」
「さぁ早く来な!気持ちくて楽しい事が待ってるぞ!」
汚れて目障りな声がヴォラクの耳に入る。たとえ酔っていて言っていたとしても、腹が立つ事に変わりは無い。冷静な気持ちよりも怒りが勝り、ツェアシュテールングをポケットから取り出した。
「悪いけど、この子は僕の女なの。手を出さないでくれるかな…」
「あぁ!?ガキは黙って…」
次の瞬間、銃の弾丸が男の頭を吹き飛ばした。周りに血の雨が降る。
「ごちゃごちゃうるさいよ。さっさと死んで…」
そしてまた1人。屍になってしまった。
「お前!よくも!」
最後の1人が背中に背負っていた大きな斧を振りかざしたが、銃口は男の口の中に入っていた。
「死んで詫びてね」
「ひゃめろ!ひゃめろぉぉぉぉぉ!」
男の言葉など聞き流して、銃の引き金を引いた。
そして最期の一人も…脳と顎を飛散させて死んだ。
周りの空気は凍り付いていた。周りに誰もいなく、誰にも見られてすらいなかった。周りは血の海。地面に広がる血の海と3人の屍を眺めながらヴォラクはサテラに言葉を投げる。
「サテラ…気分とか悪くないかか?」
「はい…こんな光景は散々見てきたので慣れています。あの場所に居た時よりはまだこっちの方が楽ですよ…こんなふざけた事をする奴には死んでもらった方がいいです…女を自分の欲望の為に使うなんて…」
呆然とそして無表情で話していた2人は焦り始める。いつまでもここにいたら自分達が殺人の容疑者として疑われる可能性があった。辺りを見渡して、そのまま風の様に死体と血の海を残したままどこかへと消えていった……
たった今…今日自分は生まれて初めて人を殺した。今でも手の震えが止まらない。今年で18歳になるが、人を殺めた事が無いのは当然だ。しかしあの時…人を撃っても何も感じなかった。怒った気持ちが行動の引き金になったのかもしれないが、人を殺して何も思わないのは前の世界で生きてきた自分にとっては異常だ。人を殺してはいけない。当たり前の事だが、さっきの自分はそんな考えは頭の片隅にも無かった。自分は一体どうしてしまったのか?考えても、ヴォラクの頭の中には何も答えが出てこなかった……
「体と服が汚れちゃったし、風呂にでも行くか」
「そうですね。このままじゃ周りの目が気になりますし、体は清潔にしなければいけません」
血で汚れた体を洗う為に、2人は公衆浴場に向かう事にした。かかるGも少なく、簡単に入れるので良い場所だ。それにもう二日も風呂に入ってないせいで体から変な臭いがする。若干潔癖症でもあるので、サテラを連れて、ダッシュで公衆浴場に向かった。
そして自分の息が切れる頃に公衆浴場に辿り着いた。人の気配はあまり無く、誰かに見られる事もなさそうだった。
しかしここの浴場は少し変な所があった。男湯と女湯があるのは良いのだが、何故か真ん中に混浴風呂があったのだ。混浴風呂は男女で入る事が絶対ルール。しかし料金が安い。自分達のお財布に優しいのは良いのだが…混浴は流石に厳しい。
「じ、じゃあ僕は男湯に…」
サテラを置いて男湯に行こうとしたが、残念な事に止められた。
「…混浴がいい。私は……主様と入りたい」
その要望に一瞬固まってしまう。流石に17歳の女の子と18歳の男子が一緒にお風呂に入るなんて普通はありえない話だ。しかしそれでもサテラはヴォラクと風呂に入りたいと言い出したのだった。
「ダメ…ですか?」
サテラの可愛い表情にもうヴォラクは負けてしまった。仕方なく「いいよ」と言い、2人で混浴風呂に足を運んだ。
混浴風呂には誰もいなく、完全な貸切状態だ。逆に誰かいたら、それもかなり気まずい。
2人は向かい合わせに服を脱いだ。ヴォラクはタオルで下半身を隠している。サテラもタオルで前を完全に隠している。他の人から見れば羨ましい事だが、実際はかなり緊張する。心臓の鼓動が止まらない。風呂に浸かっても、サテラの方を見る事が出来ない。見たらビンタされて、お湯の中に沈められそうだ。
「き、気持ちいいか?」
「う…うん」
この時ヴォラクはサテラが初めて「はい」以外の返事をした事に気付いた。どちらかと言うと、「はい」よりもずっと可愛く美しい返事だった。
「僕、さっさと髪と体洗って上がるから。サテラも後で来て」
ヴォラクが一旦風呂から出て、お湯が溜まった壺からお湯を被る。
(この世界じゃシャワーは無いんだな…壺の中のお湯を使うって…いつの時代だよ…でも体を洗う為の石鹸とかはあるんだな」
ヴォラクは石鹸を一つ手に取り、置いてあった椅子に座り、体を洗い始める。上半身の前を洗っていると、後ろに暖かい何かが触れる。
「ちょ!?サテラ?」
情けない声を上げるヴォラク。後ろでタオルを持ったサテラがヴォラクの背中を洗っていた。
この状況。最高な気持ちと対応に困る気持ちの2人が頭を駆け巡る。
「主様のお背中を流すのは…奴隷である私の務めです!」
「洗ってくれるのは嬉しいんだけど…変な所触らないでよ?」
ヴォラクは黙り込み、背中の洗浄をサテラに任せる。特に変な所を触ってくる事は無く、背中を綺麗に洗ってくれたサテラに感謝してしまう。
「じゃあ今度は…主様が私の背中を…」
「ちょ、ちょっと待って。それは流石にまずいんじゃ…僕達は性別逆だよ。そこはもう少しちゃんと…」
「それでも…お願いします。どうしてもダメですか?」
またあの時の様な可愛い表情を見せてくる。もう勝ち目無しと思ったヴォラクは少し頭を掻き回し、サテラの背中を流す事にした。
「この傷。何があったのだ?」
サテラの背中を見るなりいきなり背中に傷が付けてあった。見る限りそんなに酷い傷では無いが、何かで斬り付けられた様に見える。
「平和帝国…あの場所でこの傷を付けられました。あそこから逃げる時に、魔法攻撃をくらって出来た傷です。あの場所は…平和でもなんでもない…ただの無法地帯です。もう二度思い出したくありません。あの国から逃げて…奴隷にされました。でも今は凄く幸せでもあります。こんなに優しい主様に買われたのですから、嬉しいです。こんな醜い私でも買ってくれる人がいるのだから」
「君は醜くないぞ、サテラ…ごめんな。そんな辛い事があったのに、何も分かってあげられなくて」
ヴォラクは後悔していた。こんなにも辛い事を乗り越えてきたサテラに驚いた。そんな辛い中でも挫けずに、逃げずに戦い続けていた。なのに自分は逃げて、何も言わずに閉じこもっていた。ずっと扉の中に隠れていたんだと。そんな弱くて惨めな自分が恥ずかしかった。
サテラを後ろから抱き締める。
「絶対に…サテラを僕は幸せにするから」
「……はい」
2人は互いの手を握ったまま動かなくなった…
その時間はゆっくりと流れて行った。