第一話 許嫁は完璧超人!
「うわあ、大きな学校……!」
校舎が見えてきたところで、ノエルは歓声を上げた。隣のエマが「落ち着きなさいよ」とクールに釘を刺す。
ここは私立戦国学園。お金持ちの子弟が多く通う、中高一貫、全寮制の学校だ。
ノエルとエマは高等部から、この学園に入学する。中学までは自宅から公立の中学校に通っていた。それというのも、ノエルの実家の方針による。
ノエルの祖母は華道の家元で、母もいずれその名を継ぐだろう。月ヶ瀬家は名家なのである。対して婿養子として月ヶ瀬にやって来た父親はサラリーマンだ。その父親の「一般家庭の子とも交流を持ってもらいたい」という意見のもと、ノエルは中学までは公立の学校に通っていた。
そして彼女の幼稚園からの幼馴染エマはというと、なぜか兄と同じ戦国学園には進学せず、ノエルと同じ公立中学校を選んだ。ノエルはその理由を知らない。
ノエルとエマは入学式に参加するべく、天草家の自家用車で学園へとやってきていた。入学式後には入寮手続きもある。今日は忙しい一日となるだろう。
真新しい制服に身を包んだ二人を、春の日差しが包み込む。校門までの幅広い一本道はレンガが敷かれ、その外はやわらかな芝生で覆われている。その更に外側には低木が植えられ、綺麗に剪定されている。みずみずしい緑が目に優しい。
「晴れてよかったね、エマ」
「そうね」
元気なノエルに対し、エマはやや不機嫌そうだ。エマは低血圧気味で、朝に弱いのである。それを知っているノエルは、とくに気分を害することなく微笑む。
「エマさん、それにノエルさん。お久しぶりです」
そんな二人に声を掛ける者がいた。二人が目を向けると、高等部の制服を着た男子生徒が二人を微笑んで見つめている。凛とした立ち姿と、爽やかな笑顔が印象的な少年だ。
「ソラ」
エマがそっけなく名前を呼ぶ。ノエルは「お久しぶり、ソラくん」と笑顔を返す。
「戦国学園へようこそ。長旅でお疲れでしょう」
「そんなことはないわ。……それに、そんなに丁寧な話し方でなくていいわよ。あたしとあなたの仲でしょう」
つっけんどんなエマの言葉にソラは「わかったよ」と微笑む。
「入学式の会場まで案内するよ」
そう言い、ソラは二人をエスコートしはじめる。そのすっと伸びた背筋をノエルは凝視した。
(やっぱり現れた。エマの幼馴染で婚約者、真田ソラくん!)
エマとソラ、二人は生まれたときからの許嫁だ。ノエルも何度か彼に会ったことがある。
ノエルが彼に抱いている印象は、きらきら輝く王子さま。品行方正で成績優秀、完璧な少年だ。道すがら、ソラは穏やかな声音でエマに話しかける。
「おじさまたちは元気?」
「ええ」
「夏休みにでもお会いしたいな」
「そう」
「同じクラスだと嬉しいな」
「そうね」
(もう、エマったら。つれないんだから~)
二人の会話を聞きながら、ノエルは内心はらはらする。優しいソラは気にするそぶりを見せないが、エマは昔から、他人に対する態度が冷たいのだ。それは許嫁であるソラも例外ではない。ノエルにだけはときおり見せる笑顔も、今はすっかり封印されている。
「わたしもエマと同じクラスになれるといいなあ」
どこかよそよそしい二人の会話を盛り上げようと、ノエルはエマの手を取りながら微笑みかける。するとエマは頬を染め、怒ったような不思議な表情を浮かべると、
「ま、まあ、そうね……」
ふいと顔を逸らしてしまう。そんな二人のやり取りを見て、ソラは人知れず微笑む。その笑みはエマ一人に向けるものよりも深い、笑みだ。
「本当に、同じクラスだといいな……」
その呟きは誰の耳にも入らず、春風に乗って消えた。