プロローグ
ここは天界。美しい世界には天使たちが住み、平和で穏やかな日々を謳歌している。
今そこを二人の天使が翼をはためかせ、興奮に頬をバラ色に染めて飛んでいた。
「すごいわ。本当にわたしたち、人間に転生できるのね」
「ええ。なんたって、天使長さまのお許しがでたんですもの」
二人はこれから人間に転生するのだ。期待に胸は膨らみ、心臓が高鳴る。
「ねえ、どんな人間になりたい?」
「そうねえ、できれば戦争のない国に生まれたいわね。それと……」
彼女は笑って、
「本で読んだ『転生したら悪役令嬢』! あれにはなりたくないわね」
――――
――
「なに……今の……!」
月ヶ瀬ノエルは額を押さえてうめいた。彼女の目の前には、大型トラックのバンパーがある。赤信号に気づかず交差点に進入しようとしたトラックは急ブレーキをかけ、奇跡的にノエルの目前で止まったのだ。
「ノエル!」
周囲のざわめきの中、人込みの中から現れたノエルの親友、天草エマがノエルに抱きつく。
「ばか! 大丈夫なの!? ばか! だから一緒に車で行こうって言ったのに!」
「そんなにばか、ばか言わなくても……大丈夫だよ」
ノエルは震える身体でエマのぬくもりを感じながら、たった今思い出した自分の「生前の記憶」について考えていた……。
ノエルは念のためとエマの車で病院に連れていかれ、検査を受けて何の問題もないと解放された。帰宅し、自室のベッドに寝転ぶ。スカートの裾がふわりと広がる。
「まさか、ねえ……」
ここは現代日本。科学が進歩し、今やスマホが普及した時代。そこに生きる自分がまさか、天使の生まれ変わりだったなんて――。
「いやいや、まさか」
再度首を振る。けれど、トラックに轢かれそうになったとき、脳裏によぎったあの記憶。白昼夢というのだろうか? それにしてはやけにリアルだった。それに、夢の中の自分が言っていた「悪役令嬢」なんてもの、自分は今まで一切知らなかったはずだ。それが今や、「悪役令嬢」に関する知識が豊富にある。これはやっぱり、
「あれって、前世の記憶なの……?」
うーんと唸り、転がる。スカートがしわになるから脱がなきゃ……とおもむろに立ち上がった時、
「あーっ!?」
ノエルは叫んだ。月ヶ瀬家の屋敷じゅうにその声は響き渡り、飼い犬の五右衛門が吠えるのが聞こえた。
ノエルはスカートを放り出し、机に向かうと真新しいノートを取り出した。ページを開き、ペンで文字を書き連ねていく。ノエルの頭の中に急にインプットされた「悪役令嬢」。それがいやにひっかかったのだ。背筋がぞっとするような――。
「――できた!」
しばらくのち、「悪役令嬢の条件」というタイトルのメモが出来上がった。
≪悪役令嬢の条件≫
その一。お金持ちの娘であること
その二。悪役顔(気の強そうな顔立ち)であること
その三。許嫁がいること
その四。周りに男性が多く存在すること
その五。強力なライバルが現れること
※本人の性格の良し悪しは問わない
「……まさか」
ノートを持つ手がぶるぶると震える。ノエルはもう一度叫んだ。
「これって、エマのことじゃない……!」
月ヶ瀬ノエル十五歳。親友・エマが悪役令嬢ポジションだ(真偽は不明)と気づいてしまった彼女の戦いが、今、始まる。
「ノエル! 年頃の娘が下着姿ではしたない!」
「ご、ごめんなさい、おばあさま~!」