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無意識の殺人

作者: 走馬灯

『たまに自暴自棄になってしまうよ』

隣で下を向き、夜と夕方のちょうど堺の様な今にも消え入りそうな幼馴染の笑い顔を僕はしばらく見入ってしまった。

それにはいくつかの理由があった。

彼は県営団地に母親と住んでいて家は裕福とは言い難い。

それでも頭が良くて行動力も有り、同級生の間では頭一つ抜きん出ていた。

事実として彼を筆頭に僕らの高校は国公立大学を目指す空気が校内の敷地を全て取り巻いている。

『でも頑張ってるのはやっぱり素直に憧れるよ』

励ますつもりで彼に向けた言葉が、どう意味を成したのか、まだ誰も知る術が無い。

それでも善悪の判断は簡単に行われるような物だと、今は思う。



『お前、昨日電気屋で電子辞書見てただろ。俺もたまたまそこに居たのに声掛けなかっただろ。逃げやがって』

学校でクラスメートに揶揄う様な声色で、元気よく話しかけられる。

『いや、昨日は普通に家でゲームしてたけどなあ』

そう答えると相手は声を上げて笑いだし、乱暴に僕の肩を叩いた。

『おまえ、勉強しろよ!』

そう言って自分の席に行く。

だけど、あんまりに大きな声でそう言う物だから、教室にいる人の何人かは僕の目を真っ直ぐに見た。

視線は多くの意味を持っている様な具合であった。

『本当に勉強してないの?』

『どうするの?』

『勉強してるから邪魔しないで欲しいな』

誰からも言われてない言葉を僕は確かに聞いた気がしていた。

ずっと声は僕に機械みたいに同じ言葉を繰り返す。

当たり前だが、脳に響く声は耳からは入らない。

それを勝手に耳から入って誰からか言われていると認識している。

それ故に、誰かが一言声を掛けてくれれば『ああ、これは自分の作った言葉なんだ』と言った具合に、この声を理論付けて、意味の無い物として対処出来る。

だがそれは他人が声を掛けるまで僕はこれから逃げられない事を意味する。

僕は黙って下を向いて、ただ耐える事しか出来ない。

声は酷く強い軽蔑の意志を持って僕を激しく罵る。

額から吹き出た汗が目に入り、その痛みに目を擦る。

『勉強してないなら学校来るなよ』

『大丈夫か?』

『どうせ私立に行くんだろ?なら俺らの邪魔すんなよ』

汚い言葉の中に聞き慣れた彼の声が聞こえる。

それによって激しい言葉はすっと消えていった。

ハッとして顔を上げて彼の顔を見る。

目の下にクマがぼんやりと出来ている。

彼と互いに互いに見つめあった数秒間で僕の心の激しさは薄れて行った。

『今日はすげー顔してんな。勉強で詰まったか?』

彼はそう声を掛けて微笑む。

『あんま詰めすぎんなよ。逆に効率悪いからな。』

そう言って背を向けて席に行く彼に僕は声を掛けられなかった。

それは彼の歩く速さからかもしれないし、また他の理由からかもしれない。

だけどその背中に孤独と言うべき物を感じ、僕と彼との心の距離を痛感した事を明確に覚えている。


その日の帰り、あまりにも早く帰ると親に勉強をしていないと怒られるので自習室で問題を数時間解いた後に教室に戻った。

僕はこの放課後の誰も居ない教室が好きだった。

毎日毎日ここで顔を合わせど、あと100日もしない内に僕らはバラバラになって、今に誰しもが独立して歩き出す。

もちろん同じ方向に歩く人同士もいるだろう。

でもそこには何か世界の真理を一つ解明した様な達成感があった。

この感情はきっと僕しか知らない。

頭が悪くても、誰に劣っていてもこの感情はきっと特別な物だから、この誰もいない教室を見ると僕は静かに喜んでしまった。


僕はそれを満足が行くまで眺めた後に下校をした。

灯りの少ない道を足元を見ずに歩くと思わぬ石につまづいて足をくじいてしまうから、足元見ながら歩いていたのだが、少し奇妙な異変に気づく。

電柱と電柱の間、道の中で最も暗い場所に、誰かが立っていて、微動だにしない。

それでも僕は特にこれを気にしなかった。

急ぎのメールでもあれば立ち止まるのは不思議では無い。

そう思って数歩、僕は更に奇妙な事に気がつく。

その人は僕の方だけをじっと見ている。

おかしい。なぜそこで立ち止まっているのか、全く説明がつかないではないか。

僕は電柱の下の明るい所、その人は電柱の灯りが届かない暗いところに立ち、しばらくの間距離を取って睨み合った。

そうしたら色々見えてくる物がある。

僕と同じ制服を着ている、男の人だ。

両手を後ろで組み、僕を視界の中心に捉え、決して目を逸らそうとしない。

僕は意を決して『何か用?』と目いっぱいの大きな声で叫ぶように言う。

そうすると彼は不気味な事に音を立てずに滑るように歩き、僕に近づいて来る。

僕は後ろに数歩下がり、大きな石に足が当たり、バランスを崩した。

その時にまた気づいてしまった。

この男は僕だった。

今度は逆に僕が微動だに出来なくなってしまった。

『いや、悪いとは思ってる』

『でもこれは俺が悪い訳では無いんだけどなあ』

『恨むなら彼を恨みなよ』

僕は勝手に僕の勝手な都合を語る。

その一人語りの意味の分からなさに吐き気すら催した。

『意味は必ず存在する。だから僕がここに居るんだ』

僕はしゃがんで自分を塞ぎ込んだ。

誰も、何も見ないようにと地面だけを見た。

『人の欲望や思い込みは怖いね』

そう言って一歩一歩、また僕に近づいてくる。

心臓の音が強く聞こえる。

汗が滴る。

息が激しくなる。

ザッと音を立てて僕が僕の前で止まる。

『じゃあね、今までの僕』

そう聞こえた瞬間に全身の血が沸騰した様に、体中がビリビリと刺激を受け、激しいエネルギーを感じる。

僕は目いっぱい腹の底から叫びながら足元の石で僕を力いっぱい殴った。

僕はよろよろとその場に倒れ込む、僕はそこに馬乗りになり、石で何度も、何度も顔を叩いた。

必死だった。そしてその内に僕の視界は暗くなって、全身麻酔の様に僕もその場に倒れ込んでしまった。



次の日の朝、駅に向かって歩く。

昨日の事はよく分からず、説明付ける事が難しいが、悪い夢であったと、そう判断するのが僕の為にもなると思った。

そしてその後僕は私立大学に入学する。

幼馴染の彼は家事、勉強、アルバイトと色々な事を頑張り過ぎたが故に、心を病んでしまって、狭い団地の一部屋から出てこなくなってしまった。

もし、彼にも僕と同じ状況が起きていたら。

彼が何にでも尽力し、頼り甲斐のある人言う僕の押し付けが、2人目の彼を産んだとしたら。

悪い妄想が毎日、毎秒、僕を虐める。

僕に優しい声を掛ける人は、きっともう部屋から出てこない。

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