#1
『朝』
それは、そこに住むほとんどの人にとっては新たな一日の始まりであり、またその一部の人にとっては一日の終わりであったりもする。
どんなに来ても欲しくなくとも、就寝から数時間後には必ず来てしまう朝に毎日人々はうんざりしながらも「今日はもしかしたら・・・」などというなんとも根拠のない希望を信じ、自らの幸運を祈りつつ各々の戦場へと向かうのである。
だから、朝に見る人々は一見憂鬱そうであっても、その両目には星がまたたいているのだ。
その瞬きはまるで七夕の季節のベガとアルタイルのようであり、憂鬱でできた二つの闇にぽつんと小さくとも強い輝きを放っている。
もしかしたらもうなくなっているかもしれない星なのに、それでもその星を抱き続ける。
いつか、その二つの星が自分に幸運をもたらしてくれることを信じて。
しかし大抵の場合その祈りが星に届くことはなく、前日とその前日とさらにその前日と同じような生活を反復しながらゆっくりと一年を消化していく。
その生涯に何がおきるということもなく、ただなるようになり『その時々の世界』という濁流に抗うことなく、むしろ違和感さえも感じることなく流されていく。
さながらその姿は、遠い昔に作られた大きなシナリオを完璧に演じる名俳優・名女優である。
一人一人がそれぞれの主人公で、かつ周囲の人の脇役だ。
人間が役者なのだから、俺たちが生きる地球はさながらその劇の舞台である。
となれば、逆らうことのできないシナリオは果たして何だろうか?
答えはそれこそ、とっくの昔にもう出ている。
そう、無限の可能性を秘めた人間が唯一対抗できず、その存在を知ることもできない。
時に喜劇で時に悲劇で・・・・・・常に惨劇のシナリオ。
改編の利かない絶対のシナリオを、人は運命と呼ぶ。
かくいう俺もそのシナリオに流され続けて15年とちょっとになる。
俺も小さいころはテレビや漫画の世界にあこがれて、自分の周りにも何か起こったりとかしないだろうかなどと考えたものだ。
だが身長とともに世界を観る目線も高くなった今は違う。
愚者である俺はその15年ちょっとの自分の歴史から学んだのだ。
夢見ていた世界は遠い、叶うはずのない理想であると。
こうであったら面白い、楽しいという幻想であると。
自分自身はおろか、世界中見渡してもそんな人は一人もいないということを。
だから、これからもずっとこの濁流に流され続けていくのだろう。
表面だけのボロボロの人間関係や、大人らしいカーブのかかった嘘で汚れたこの濁流を。
流され、汚され。最後は端っこに溜まる。
いつか、忘れられて淵になる。
この世界の、夢になる。
それならば流されてもいいかな、と思う俺がいた。
・・・・・・・・・・・・たった今、ふと気づいたことがある。
なぜ、人は”理想”を夢見るのか。
叶わないとわかっていても探し続けて追い求め、見つからないまま力尽き、最後に必ず答えは出ない。
どんな立派な人間だろうがその答えは出ない。
まさにのれんに腕押し、ぬかに釘である。
そんな無駄な苦労、誰がしたいと思うか・・・・・・・・・否、誰もしたがらない。
だが人間という生き物はとかく己のこととなると欲望のままに動く生き物だ。無駄と知っていてもいつかは誰もがこの道を通る。
先人たちが通った道を繰り返すように進み、同じ過ちを犯す。
そして、その道を歩んだことを後悔する。
なぜこんなことをしてしまったのか。
何のためにやっていたのか。
知っていたのにどうしてやってしまったのか。
答えのない問題を答えがないと知っていながらも、なぜ解こうとやっきになってしまうのか。
それはきっと、その問題がいつまでも解けないということが”理想”であると思っているからなのだろう。
”理想”を追い求める姿こそが、己の望む”理想”なのだろう。
* * * * *
「んっ・・・・・・朝か・・・・・・」
ピピピピとやたら機械的な音が耳に入り、俺は半強制的に心地よい眠りから目覚めさせられた。
いまだ鳴り続けている目覚まし時計を見ると時刻は早朝8時。というか8時は早朝だろうか。
今日という日なら早朝だろうが、学校のある日ならかなり遅めの朝である。いうなれば”遅朝”。読みは”ちちょう”。
早朝ならば二度寝なんかしたいところだが、そうはいかない。
この温もりから脱するのは少し、いや非常に遺憾ではあるが起きなくてはいけない。
「・・・・・・いち、にの・・・・・・さんっ!」
俺はそんな威勢の良い掛け声を合図に毛布を投げ、ベッドから飛び降りた。
まあ、二段ベッドじゃあるまいし飛び降りたといっても、ただゴトッと勢いよく跳ね起きただけなんだけどな。
二段ベッドなら確実にケガしてるな。うん、一人っ子で良かった。
そんな感じで自分の電源を入れると、条件反射で自然とカーテンを開けた。
天気を確認するとか朝日を浴びたいとか、そういった理由は特にないがなんとなく開けてしまう。習慣って怖い。
シャーっというあのカーテン特有の音がして朝日が部屋いっぱいに注ぎ込まれる。
ベッドの近くにあるこの窓は東側に面しているため、朝開けるとその輝きが部屋を照らすのだ。
おかげで俺は春夏秋冬、気持ちのいい目覚め方をしている。ただし、雨と曇りの日を除いて。あとめったに降らないけど雪の日。
これでもかと言わんばかりに光を放つ太陽を見ると、なぜだか眠気が吹っ飛んで今日もなんだか頑張れそうな気がした。太陽は自己啓発本みたいな能力があるのだろうか。
今ふと思ったがどっかでこれに似た感覚に覚えがある。
この感覚は・・・・・・あれだ、テレビとかでスターとかを見て「俺もああなりたいなー」と思うのと同じ感じだ。
例えるならばサヨナラホームランで優勝した野球チームのヒーローインタビュー。
ちなみにこの場合のスターは有名人とか著名人とかそういう意味であり、決して太陽と比較したときの文法的なトリックではない。決して、ない。いや、ホントにね?
というか、スターと太陽って少し似てないだろうか。(天体関係じゃないよ?)
どっちも大勢の人から見える位置に存在していて、その上そこにいるだけでも十分なのに、そこからこれでもかと言わんばかりの輝きをこちらへ向けてくる。
その輝きは多くの人の心をつかみ、憧れられたりうらやましがられたりする。
・・・・・・しかし忘れてはいけないことがここに一つ。
『現世界定理第3条:光の裏には影がある』
光、つまりスターたちの栄光は強まれば強まるほどそれに反対にする者達は多くなり、恨まれたりなんだりされるわけだ。
マスコミは、あることないこと掘り当てては大々的に脚色して煽ったりするし、そこまでいかなくともいやがらせなんかはよくある話だ。
靴の中に画鋲いれたり教科書隠したり聞こえるように陰口言ったり・・・・・・うわあ、すげえ陰湿。
そんなことなら俺は頑張って輝かなくてもいいんじゃないかなーと思う。どっちかっていうとその輝きを隅っこで見てるのがいいかな。
あ、でも太陽はまぶしいくて見てらんないしスターが映るテレビは見てる暇ないし。なにか輝くもの、輝くもの・・・・・・じいちゃんのあt・・・・・・。
っとおおおおおおおおおおお!
輝いてない輝いてない!ま、まだだ。まだじいちゃんは輝いてない、せめて言うなら後退が始まったくらいだ。
そんなはたから見りゃどうでもいいこと、はたから見なくてもどうでもいいことを考えているうちに時間はそれなりに過ぎていたようで時計を見ると起きてからもうすでに15分は立っていた。
「いっけね。着替えないとな」
俺は窓から離れると部屋の反対側のクローゼット(小部屋的なやつ)のドアをカーテンと同じ要領で開ける。
これまた横引きドア特有のガララという音がした。
いくつか掛かっているハンガーの中からYシャツとベスト、あとジーンズと靴下とネクタイと下着を引き出しから取り出した。
パジャマ替わりのジャージを手早く脱いでからジーンズ、シャツの順に着ていく。
春とはいえまだ4月の始めなのでワイシャツとジーンズは冷たく、手足を通すのが少しおっくうだ。
だがそれもまた朝の目覚ましにはちょうどいい。
その冷たさに少し体を震わせながらもボタンをひとつひとつしっかりとしめ、ベルトをまく。
冷え切った足に靴下をすっと通すように穿き、最後に部屋の片隅にある衣装鏡の前に立ちネクタイをキュッとしめる。
ネクタイを日ごろからしている人ならわかると思うが、この締まる感じがなんとも言えない。
ネクタイが絞めるのと同時に自分の気持ちも引き締まり、改めて一日が始まったのだと感じることができる。
「よしっ・・・・・・!」
なにが良しというわけでもないが自然と自分を肯定してしまう。
まだ一日はこれからということから、むしろなにも良しではないともいえるがそんなことはいいのだ。
俺の中ではとりあえず「よし」なのである。
あれだ、運動部のやつらが試合前とかに「オッシャアーーー!!」って声出して気合入れんのと一緒だ。俺もこれから始まる一日という試合に臨む前に気合入れたわけだ。
ただし、運動部のやつらと違う点がひとつ。
それは毎日が本番の試合ということ、つまり失敗が許されないということだ。
オーダーミスやら調理ミスやら・・・・・・特に、会話ミス。会話は本当に難しい、この仕事について改めてこう思った。
俺は他人の気持ちを考えるのが何より苦手だ。
毎日お客さんと話すときはいろいろと気遣うし、意識して話を聞こうとしてる。
疲れるけどこれが仕事だしといつも割り切って頑張っている。
そんなんでも、たまにいい感じに会話が進んでお客さんが帰るときに笑顔になってるのを見ると、なんだかこっちもいい気持ちになってまた頑張ろうと思ってしまう。
会話するのは気疲れするし、苦手と思ってしまうけれどこれがあるからこの仕事はやめられない。
ほんっと、中毒性があるというかなんというか・・・・・・・・・・・・。
微妙なタイミングでいいことがあるから次も何かあるんじゃないかって期待してしまう。
パチンコ・賭博の原理だな、こりゃ。
そんなこと、そうそうないとはわかってるんだが信じてしまうんだよな~。
なんてったって人間だもの。
もう一度時計を確認するともう長針が6を指すところまで来ていた。店もあと30分でオープンだ。
今日は天気がよさそうだから、きっとお客さんもたくさん来るだろう。
俺はもう一度ネクタイがしっかりしまっていることを確認すると、まだ寝てるであろう父さんのことを考えて、そっとドアを開けて階下にある店へと向かった。
* * * * *
うちの家は二階が住居、一階が喫茶店という構造の建物なのでこの階段を下りると店へと降りれるようになっている。
なんでも年老いて足腰が悪くなってから仕事場へ向かうのがあまり苦にならないようにこうしたらしい。すげえな、若いころのじいちゃん・・・・・・いまバリバリ働いてるけどな。
その思いの詰まった階段を、一段一段ゆっくりと降りていく。
ステップに足を付けるたび、ひんやりとした木独特の何とも言えない気持ちよさが感じられた。
階段を下りきると少し広いところに出る。
今降りてきた階段を中心として、後ろに進めば倉庫と裏口。前に進めば店の出入り口につながっている。
俺はなんとなくあたりを見渡して大きく深呼吸をした。
胸が冷たい空気で満たされると、心もクールになって自然と気持ちが落ち着く。
ここまでの行動は毎日仕事前にやっていること、いわば儀式みたいなものである。
これをやらなければ仕事はできないし、これをやると気持ちが入ってやる気が出る。まあ、本当にやりたくないときはこれやってもやる気でないけどな・・・・・・。
ドアノブに手をかけると、より一層仕事へのやる気が胸の奥から湧いてくるのが感じられた。今日は好調のようだ。
そのまま手にかけたドアノブを回す。
キイッと音がしてドアが開くと、ふわりとほのかなコーヒーの香りが鼻孔をくすぐった。
「おお。おはよう、タカ」
声のした方を見ると、カウンター席の奥に俺の祖父である春宮隼也が立っていた。
その手には、遠くから見てもわかるほどピカピカに磨かれたコーヒーのカップが握られている。
おそらくは店の準備中だったのであろう。さすがはマスターである。
「おはよう、じいちゃん。いつも通り早いな」
「タカはいつも通り少し遅いな。そこにあるから早く朝食をとりなさい」
指をさす先には店のメニューにあるものと同じ『モーニングセット』が置いてあった。
「うん、ありがと」
軽く礼を言って俺はテーブル席に着く。
こんがりと焼けたトーストとベーコンの香りが食欲をそそる。
「いただきます、じいちゃん」
「うん。しっかり食べなさい、しっかりね」
「言われなくとも・・・・・・残しませんよ」
パンッと手を合わせて朝食にありつく。
焼きたてなのか、まだ少しばかり熱の残っているトーストに齧り付くとサクッといい音がした。
小麦とマーガリンの味がとても良い感じに口の中で舞うように広がる。うん、シンプルイズベストとはこのことだ。
サクサクとした食感に夢中になっているといつの間にか口が乾き、水分を求めた。
俺は白いコーヒーカップに手を伸ばす。
磨き抜かれたそのカップの取っ手に指をかけると、さらりとした陶器独特の手触りがした。
ともすれば指から滑り落ちそうなくらいスベスベだ。
そのままカップを口に近づけると、ふわっとコーヒーが香る。
昔から飲んでいるからこの香りは嗅ぎなれてはいるのだが・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
やはり、プロというのには敵わない。
毎回飲むたびに、このおいしさには感動する。
親の顔より見たといえば嘘になるが、そのくらい飲んでいるのに一向に飽きる気がしない。
クイッとカップを傾けてコーヒーを口に流し込むと、ほどよい苦みが口の中を染みわたる。
苦しすぎず、甘すぎずといったところだ。食事と一緒に味わうにはちょうど良い。
その苦みを口の中で楽しんでからごくり、とのどへ送り出す。
暖かな感触が全身を巡り、体が芯から徐々に温まっていくのが感じられた。
そして最後にはさっぱりとした酸味が後から尾を引く様に余韻を残し、次なる一口へといざなう。
うまい。
この一言に尽きるコーヒーである。
人それぞれ好みはあると思うが、俺はこのコーヒーが世界一だと思っている。なにせ、約30年も続いているコーヒーなのだから。
本当に良いものは残ると言うから、それに基づけばこのコーヒーは本物である。
いつか自分もこんなにおいしいコーヒーが淹れられたらと思う。
たったコーヒー一杯をここまで極められるような人間になりたい。
まあ、その道はまだかなり遠そうだけどな・・・・・・・・・。
「ほら、急ぎなさい。もうお店開くよ?」
ぼうっとしていた俺が気になったのか、じいちゃんがカウンターから声をかけた。
ゆっくりと味わっていたいたから、もう開店までは残すところ10分弱まで迫っていた。
時間というものはつくづく残酷だ。俺に朝食をゆったりととらせることもさせないとは。
・・・・・・いや待て。この場合、早起きしない俺に非があるのか?
まあそんなことはどうでもいい。
とにもかくにも、今は仕事につかなければいけないのだから。
俺はベーコンをまとめて口に頬張ると、駆け足で食器をカタンッとカウンターに置いた。
「ごちそうさま。んじゃ、開けてくるね」
「うむ。でもお皿はもう少しそっと置きなさい。傷がつくだろう」
「うーい」
間延びした返事を返すと、クルッと回り反対側のドアに向かって小走りで駆けだす。
店はそれほど広くはないので2、3歩踏み出したところで出入り口のドアにはたどり着く。
金属製の鍵を開け、ドアノブをひねる。
ドアに取り付けられているベルがチリンと鳴り、外の空気がブワッと店の中に吹き込んだ。
新鮮な空気が店内を一気に洗うように駆け巡り、店が目を覚ましたようだった。
風が少し吹いているが、外は暖かく春の日の訪れが感じられる。
空も起きた時見た空とは違って、吸い込まれるような雲一つない青空である。
言葉で表すならば、”青空”ではなく”蒼空”とした方が想像が容易になるようなそんな空模様である。
店前の看板を『CLOSED』から『OPEN』に裏返し、ドアを閉める。
さあ、今日も一日頑張ろう。
* * * * *
開店から数時間が経過したお昼ごろに、見知った顔の客が来た。
「こんにちは~。お、今日は貴虎くんいるね」
若手アイドルの様な綺麗な顔立ちに無造作にセットされた少し長い黒髪、人当たりのよさそうなさわやかな笑顔を兼ね備え持つ人。
いうなれば”イケメン”というやつである。というかこの言葉しか当てはまらんだろ、この人。
羨ましいというか、恨めしいというか・・・・・・とりあえず俺がこうなれないことだけはわかる。
そのイケメンはドアを閉めると、まるでモデルのような滑らかな歩きでこちらに近づきカウンター席に腰をおろした。
「こんにちは、エドさん。いつものでいいですか?」
「うん、よろしくね。あ、今日はミルクすくなめでお願いします」
「わかりました。んじゃ少し待っててください」
「はーい」
注文を受け、俺はさっそく調理に取り掛かる。
さっきの会話で分かったと思うが、彼はこの店の常連さんである。
名前は江戸川 瑞穂。
『瑞穂』という名前から女性と考えがちだが、彼はれっきとした男性である。
本人はこの名前にコンプレックスがあるらしく、俺は『江戸川』という苗字から『エドさん』と呼ぶように昔頼まれた。
また、その名前のせいか見た目も華奢で、女性と言われれば長身の女性に見えるくらいである。
周りから見れば羨ましいようなポイントでも、当の本人からしてみれば嫌なポイントであるということは良くある話だ。
なんでも、彼と初めてあった人の半分ほどが彼を女性だと思い込んでしまうとか・・・・・・
それで嫌な経験もいくつかしてきたらしい。あえて聞かないようにはしているが、いつか聞いてみたい。
一体どんな経験なのだろうか・・・・・・・・・・・・?
そんなことを考えているうちに調理は終わったのでランチマットを取り出し、カウンターに敷く。
うちの喫茶店はテーブルに傷がついたりこぼれたりしても汚れが残らないように、布製のランチマットを敷くのがルールとなっている。
深緑色の地に金の刺繍が入ったランチマットの舞台に料理という名の役者をそっと置く。英語で言えばフード・オンザステージだ、なんかカッコいい。
「はい、カフェオレとチキンエッグココットです。熱いから気を付けてくださいよ」
「おお、ありがとう。いつになく美味しそうだね」
料理を目の前にするとエドさんは満面の笑みになった。
「いただきます」と手を合わせるとカフェオレをすすり、ココットをちまちまと食べ始める。
さながらその姿はお菓子を喜ぶ子供のようだ。この人は本当においしそうに料理を食べる。
一口一口ゆっくりと味わうようにするし、たまに「ん~♪」とか言ってはニコニコと笑う。
こんな簡単なものでもこれだけ喜んでもらえると、作っているこっちもいい気分になる。
俺がこの仕事を続けられているのもこの人のせいなのかもしれない・・・・・・そう考えると俺って単純だな。
いや、単純なことだから余計に心に響くのだろう。
まったく・・・・・・すげえな、この人。
エドさんがカップを大きく傾け、最後の一滴までを飲み干す。
見ると、いつの間にかココットの器も空になっていた。
軽い食事を終えたエドさんは満足げな顔だ。
「貴虎君、ごちそうさま。美味しかったよ」
「いえ、お粗末様でした。今、下げますね」
俺は軽く身をカウンターから乗り出すと空になった食器を持ち上げ、そのまま洗い場まで持っていき、水につける。
カウンターに戻るとエドさんに、じろっと俺の頭から見えない足の方までまるで値踏みするかのような視線を向けられた。
「・・・・・・な、なんすか? 何かついてます?」
何か変だったのかもしれないと自分で自分の恰好を確認するが、別段変わったところはない。
俺がエドさんを見ると、彼はにこっといつもの笑顔になって答えた。
「いいや。変わったというか、大人になったなぁと思ってね。たしか今年で高校生だよね、貴虎くん」
なんだ、そんなことかと俺は安堵する。
「はい。4月からは高校です」
「どこ行くんだっけ? そこのー・・・・・・えー・・・・・・」
エドさんは忘れかけているものを思い出すように顎に手をやった。
おそらく近くの県立高校のことを言いたいのだろうと察し、俺は答えた。
「ええ。そこの県立天野高校です」
「ああ、そうそう。天高だアマコウ。そういや、龍一さんもアマコウだったな」
「そうだったんですか!?初めて知りましたよ、それ」
「ん~まあ、親の高校なんてそうそう知らないよね」
エドさんの言う”龍一さん”というのは俺の父親である。
父さんは喫茶店は継がずに会社勤めで、幼くして母を失った俺にとってただ一人の親と呼べる人物だ。
いつも遅くまで仕事をしてから帰ってくるので基本的に顔を合わせることはなく、月に2、3度くらいしか会うことはない。
親とこれほど会わないというのも、世間的にはなかなか珍しいことだと自分でも思う。
当事者外の人から見るとこのことはとても珍しいことらしく、寂しくはないかと聞かれることがある。
寂しくないと言ったらウソになるが、エドさんみたいな常連さんや、じいちゃんとばあちゃんがいるからそこまで寂しいと感じたことはない。
ちなみに父さんは今日仕事が休みなので家にいる。まだ寝てるけどな。
いつまで寝てるのかなーと、ふと時計を見ると針は大きく動いており、エドさんが来てからもうすでに40分は経過していた。
たいていエドさんは仕事の昼休憩にここに来るので、今日仕事があるならば時間的にはけっこうヤバい頃合いである。
「そういえばエドさん、今日はお仕事はないんですか? そこそこ時間たってますけど」
「ん・・・・・・・・・・・・あっ!!」
どうやらビンゴらしい。
エドさんは、わたわたと急いで財布をカバンからとりだすと千円札をカウンターに置いた。
「はい。お代これでよろしく! 教えてくれてありがとね!」
そう言うが早いか席から立ちあがると、タタッと足早にドアに向かう。
それから思い出したようにこちらを振り向くと、『ごちそうさまでしたー』と言って店を出て行った。
開かれたドアが風に押され、バタンと閉まり彼の余韻を残すようにチリンチリンと鈴が鳴る。
「・・・・・・働くって大変だな」
今のエドさんを見てなんとなくそう思った。
自分も働いてはいるが、結局それは自分の家の手伝いであり多くの大人がやっている仕事とはまた少し違った”働く”である。
そういや、エドさんと知り合ってそこそこ長いけど、俺あの人が何やってるか知らないな。
なにやってんだろ・・・・・・恰好からして普通の企業とかじゃなさそうだけど・・・・・・・・・・・・
今度来た時覚えてたら聞いてみようかと俺は心に決め、さっきおいてきた食器を洗いに洗い場まで戻った。
見ると、ココットの卵カスが水面に浮いている。ずいぶん話してたな・・・・・・
もうお昼の時間も終わりだし、休憩まであとひと踏ん張りだ。
* * * * *
シックな木製の椅子に腰かけると、俺は透き通るような白の輪に指を通しそのまま口元へ運ぶ。
中にある紅色の液体から、それ独特の香りがすると過酷な労働により締めつけられた心がその悪しき呪縛から解き放たれ、ほどよい満足感の海に浸る。
液体を口に含むと体中にその温かさが染みわたり、筋肉が溶けていくようだった。
嗚呼、これがエデン。三途の川の向こう岸か。よきかなよきかな・・・・・・・・・・・・
つらつらと長ったるくよくわからんことを脳内で再生していたが、どうということはない。ただ紅茶を飲んでいるだけである。
空想って恐ろしいっ! 紅茶だけで天国に行けちゃうなんて・・・・・・ちなみに先祖様に会うルートも考えたが祖父母以外会ったことないし、その祖父母も元気なので却下した。
そんなバカなことを考えてる俺がどんな状況かというと、一日の中で最もあわただしい昼飯時が過ぎたので2時間ばかりの休憩時間に入っている。
この休憩をあと2時間ととらえるか、まだ2時間ととらえるかでその後は変わるらしい。
俺の場合は前者の方である。
地獄のお昼時間のあとの休憩は俺にとっては苦痛と苦痛の間の焦らしだ。例えるならば長距離走。
長距離走において、苦しい時間のデッドポイントとデッドポイントの間に楽になる時間のセカンドウィンドウというものがあるらしい。いわばそれである。
『人間万事塞翁が馬』ということわざがあるように、いいことの後には決まって悪いことが起きるのだ。つまりこの時間はデッドポイントへのカウントダウンということになる。
まあ、これはネガティブな考えであって逆に言えばデッドポイントの後には何かしらいいことが起きるということだ。俺はあんまり信じないけどな・・・・・・
そういや巷では、11時ごろからだいたい13時ごろまでを最近ではランチタイムと言うらしい。が、じいちゃんが横文字嫌いなのでうちではそれにともなったセール的なものはやっていない。
だというのに、近くのマダム(?)を筆頭に夫婦はもちろん。カップル、暇を持て余した高校、大学生なんかが今日も山の様にご来店した。
うちのメニューは強いて言っても決して安くはないし、量だって普通の喫茶店サイズである。
マダム方が来るのはまだわかるけど、なんで学生とかカップルが来るん? 特にカップル。お前ら何なの?
来るだけでもこっちは気が疲れるのに、これ見よがしにイチャイチャするし「写真撮ってくれますかー?」とか聞いてくるし、挙句の果てにはなんか会話に混ぜたりしてくるし。
何なの? 新手のいやがらせかなんか? そっちは『楽しいーハッピー♪』な感じなんだろうけどそれをまざまざと見せられているこっちからすると地獄そのものなんですがね。
その上「彼女いないんですか!? そんなに顔いいのに?」とか言われた日にゃ、本気でコーヒーぶちまけてやろうかと思ったぞ・・・・・・・・・・・・やらなかったけどさ。
これが世間一般で言われている若さとかそういうもんなんかね、エンジョイ!青春!!なんかね。
なんだよ青春って。季節に色なんかあるの? じゃあなに、秋は北原?
つーか、せーしゅんせーしゅん言ってんならお前らエンジョイは春だけにしろよ。春夏秋冬エンジョイすんな。
とまあ、ぶつぶつと文句を考えたところで奴らは減らないしついでに増えるのはエンジョイ勢に対する不満だけ。
一生付き合うわけでもないし、ただのお客(収入源)と割り切ってしまえば済む話なのだろうけど・・・・・・
多分、俺がこうやって奴らに対する文句を考えるのも奴らの姿が、うらやましいからなのかもしれない。なんとなくだけど理想の高校生像っぽくてなんとなく大人っぽい感じ。そんな姿に惹かれているからなのかもしれない。
別にあんな風になりたいと、はっきり思ったことはないが、人間だれしも輝くものには惹かれるのである。
暗い夜道の街灯に蛾や羽虫が集まるのと同じように、輝きを知らない者たちは輝くものの周りに集まりその光を身に受ける。
集まったものから見れば光は間近にあるのだから、自分が輝いているのだと思うだろう。しかしそれは大きな大きな間違いだ。
自分は輝いているように見えても、それを遠巻きに見ている者からは光を受けている者はただその影をより濃くしているようにしか見えないのだから。
全く恐ろしい話である。自分の理想に近づけば近づくほど周囲からの印象は悪くなり、終いには光を邪魔するものとして扱われるのだ。
であるのならば、俺はやっぱりあの人たちのようにはなろうとは思わない。
なにも、若さを武器にどんちゃんどんちゃんぴーひょろろと騒ぎ立てることだけが高校生、または青春なのではないのだ。
かの有名な詩人もうたったように、みんな違ってみんないいのである。
そしてみんな違っていいのであるのなら、その人それぞれの青春があって当然のはずである。
たとえそれが、映画やラノベのようなラブコメ要素ゼロであっても。
たとえそれが、ただ一人趣味に没頭するだけのことであっても。
たとえそれが、人に憎まれ恨まれるようなことであっても。
世界にはそれはそれはたくさんの人間がいて、それぞれにそれぞれの人生があるのだから、人の数だけの青春があってもおかしくはない。
別に青くなくてもいい。春でなくともいい。
そんな青春とも呼べないような青春があっていいのだろう。
自分の足跡が歩いてからでないと数えられないように、人の歴史とは後で振り返った時に初めて確認できるものなのだから、振り返らなければどんな道を歩いてきたのかさえ、分からないのだから。
だから、いまは―――これでいいのだ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・これってどれだよ。
* * * * *
くだらない青春とやらについて思いふけっていたら、ろくに休憩もできないまま午後の陣へと俺は駆り出された。
赤紙招集がごとく、反抗する余地も与えない絶対的な力。時間とは天皇のような神の存在だったのか・・・・・・タイムイズゴッド。
これ三段論法的にマネーイズゴッドにもなるんだけど? あ、でもうち無信教だから関係ねえや。
お昼過ぎは午前中ほどの勢いではないが、ぼちぼち客は来た。
子供の迎えのついでに寄ってみたママ友ズとか、塾帰りっぽい感じの学生ズとか、デート帰りの爆ぜろリア充ズ。
そんな10人そこらの相手をしているうちに時間はだいぶ過ぎていったようで、西側の窓から茜色の光が差し込んできていた。
「もう夕方か・・・・・・」
沈みゆく夕日をぼうっと、眺めながらひとりつぶやく。
あと十数時間もすれば明日が来て、俺の新たな環境での生活がはじまるのだと思うと胸の奥からなにか、もわもわしたモワがこみあげてきて、変な気分になった。
変な気分と言っても別に、立ったりのびたりするような不健全なものではなく、いわゆる緊張とかそういった類のものである。
私立天野高校。
受験前に一回、学校の外観を仲間と一緒に見に行ったことがあるし説明会にも参加したのであらかたのことはわかっているのだが、それでもいろいろと気になってしまうことがある。
どんなクラスに入るのかとか、学校生活どんなになるのかとか、行事楽しみだなとか・・・・・・あと高校で彼女できないかな~なんつって。
いかんいかん、それはいかん。ぶるぶると頭をふって、浮ついた考えを脳内から振り落とす。
さっきまで爆ぜろとか言ってたやつがそんな厚い手の平返ししちゃダメだろ。つーか入学したらそんな余裕ないと思うしな。仕事があるし、仕事もあるし、なんにせよ仕事があるし。
俺の中で仕事の重要度が絶賛向上中だ。これは社畜街道まっしぐらじゃないですかやだー。
まあ実際授業が長い分、帰りは遅くなるしそのあと勉強もするから必然的に遊んでいる時間はなくなっていく。
こう考えると、映画とかドラマとかの『この作品は(以下略)』っていうテロップは本当だったんだなーと思う。現実にあれだけ遊んでる高校生はそうそういない。
一年は新たな部活と勉強。二年は主軸になった部活と勉強。三年は最後の部活と受験勉強。
あれ・・・・・・? 高校って部活と勉強しかないんじゃねえか。
あー、まだあった。うちはどうだか知らんけどアルバイトとかね。俺はバイトじゃなくてやってるけど。
というか、俺みたいに毎日バリバリ働いている高校生もいないんじゃないの? 長期休みは毎日10時間くらいは働いてるんですが。
なぜ法にかからないかというと、これはおうちのお手伝いだからです。あと好きでやってるのもある。オレ、ハタラク、スキ。
んなわけあるか。
「はぁ・・・・・・」
自分の高校生活への儚い希望と、それとは真逆の美しさを誇る夕日を眺めていたらつい、ため息が出てしまった。
実際のところ、この夕日をいつまでも見ていたかったがそうもいかない。
もう夕日もそのほとんどが地平線の向こうに沈んでいて、窓の外は段々とうす暗くなってきている。
もうしばらくそこにいたかったが、ハタラク、スキとか言っちゃったのだから仕事に戻ろう。
不本意ながらも窓際を去ろうと、店内に向き直る。
その時、店の入り口がふいにキイッと開いた。
こんな時間に誰だろうか。この時間帯に来る常連さんはいないはずである。だがしかし、どんな客であってもまずは挨拶するのが接客業界の常識である。
マニュアル通りのなんの変哲もない『いらっしゃいませ』をしようとした時だった。
「いらs・・・・・・っ!?」
挨拶の途中で噛んでしまった。
というのも、入ってきた客の容姿があまりにも意外というか珍しいというかそんな感じだったからである。
腰くらいまである透き通った銀色の髪。それと同じくらい真っ白な肌と整った顔立ち。その中でもひときわ目を引く大きな曇りのない碧眼。
言い表すならば、ダイアモンドの輝きと降る雪のような儚さを足して2をかけたようだ。
その人間離れした外見は、ファンタジー小説に登場する妖精や女神を思わせる。
端にフリルがあしらわれた空色のワンピースも相まって、より幻想感を漂わせている。
その少女がこちらを向いて、首を小さくかしげた。陽光に黒バラの髪留めが反射し鈍く光る。不思議そうにこちらを見ていることから、自分が彼女に見とれてしまっていたことに気付く。
そのことを自分で再確認すると、とても恥ずかしく申し訳ない気分になった。
見とれたいたことを隠すように俺はわざと咳ばらいをして、挨拶からやり直す。
「んんっ・・・・・・いらっしゃいませ。お好きな席におかけになってお待ちください」
なんとか噛まずに言えた。頑張ったぞ、俺。
俺が言うと、少女はにっこり笑って俺がいた方とは逆の窓側の席へ歩き出す。そのたった少しの所作でさえ、彼女の美しさが感じ取られた。
また見とれてしまいそうになったが、なんとか意識を仕事にシフトチェンジできた。メニューは席においてあるので、俺はレモン水を取りにカウンターに向かう。
「よっと・・・・・・」
棚からグラスを取り出し、ちょろちょろとレモン水を注ぐ。
彼女のことを思い出すと、また意識がそれそうになるのをなんとか抑えて慎重に注いでいると頭の上から声がした。
「ずいぶんきれいな子だね。どこから来たんだかね~」
「ん?」と声をする方を向くと、そこには感心したような表情で彼女の方を見るじいちゃんがいた。
なぜ声が上からしたのかというと俺があまりにも注ぐのに集中しすぎたせいで、グラスとほぼゼロ距離になっていたからです。わお、俺のメンタル弱い。豆腐の中なら絹ごしくらい・・・・・・なにそれ美味そう。
じいちゃんは俺の方を見るとクイクイとあごを動かした。見ろ、ということらしい。
正直なところ、これ以上彼女を見るのは避けたいことだったが俺の首は言うことを聞かず彼女の方を向いてしまった。
「・・・・・・」
見ると彼女の顔はほとんどメニューに隠れていた。ときおりメニューの端っこから長い髪がふわふわと見え隠れしている。
よほど真剣にメニューを見ているのだろうか、メニューを持つ指にも力が入っているようだ。
というか、うん。あれだな、ホントに。本気と書いてマジで。
かわいいです、はい。
むしろそれしかないだろってくらいかわいい。強いてほかの言葉を用いて表現するなら、きっとキュートとかプリティとか・・・・・・同じか、これ。語彙少ないな俺。
ぽけーっと見ていると、少女が不意にメニューをぱたんと閉じた。
注文が決まったのだろう。グラスをトレイに乗せると俺は注文を受けに向かった。
もうちょっと見てたかったなぁ・・・・・・・・・・・。
「ご注文、お決まりですか?」
尋ねると少女はこちらを向き、「うん!」とばかりに大きくうなずいた。かわいい。
可愛すぎておもわずグラスひっくり返すくらいかわいい。キラキラとか花とか出てるんじゃないかってくらい曇りのない笑顔。すごい、これポスターとかにしたら戦争なくなるんじゃないの?
「Well・・・・・・これ、お願いします」
そう言うと少女はメニューをびしっと指さす。はいはい、ケーキセットね。
ささっと書き取るとメニューを下げる。
「コーヒーはこれから淹れますので、少々お待ちください」
「Thank you。あ、違った。お願いします」
言い間違えたのを恥じるように口元を抑えるしぐさがまたかわいい。つか今英語だったよね、すげえ発音良かったし。外国の方なんだろうか、そういや外見も日本人のそれじゃないな。聞いてみようかな。
カウンターに戻り、じいちゃんに注文を伝えると俺はケーキの準備を始める。ま、準備と言ってもデデンと出すだけなんだが。
どっちかってーと、じいちゃんのが労働量はメニュー全般的に多い。そのじいちゃんは今、引いた豆をフィルターにかけ調度”淹れる”作業の真っ最中だ。
そろそろとお湯が注がれ、豆がふわぁ~っと上がってくる。それと同時にあのコーヒー独特の香りがそれは踊るかのようにあたりに漂う。
ポットにぴったり一杯分のコーヒーがたまるとそれをカップへ移し「はい」と渡された。
「んじゃ、行ってきますねー」
トレイにケーキとコーヒーをのせ、また少女のいるテーブルへと向かう。
近づくと、少女がこちらに気付いた。
最初は俺の顔を見ていたのだが、だんだんとその視線は下がっていきトレイの上でぴたりと止まって動かなくなった。
やべえ、超目輝いてる。なんかの小動物みたいな目。うるっ☆としてキラッ☆としてる感じ。
口元は「ほぁ~!」っとまるでクリスタルスカル見つけた時のジョーンズ博士のようにぽかっと開いている。映画見たことないけど。
「お待たせしました。ケーキセットです。ごゆっくりどうぞ」
設定された定型句を告げると、少女はまたも大きく頷きフォークをとって食べ始めた。その姿もまたかわいい。
が、いくらかわいいとは言ってもさすがにずっと見ているのは失礼なので誠に遺憾ながら俺はその場を去ることにした。
少女はその後は「ん~!」とか「んふふ~☆」とか言ってほっぺを抑えながらそれはそれは幸せそうにケーキを平らげコーヒーを飲み終えると代金を払い帰っていった。
なんで仕事をしながらそこまで詳しく知っているかというと・・・・・・・・・・・・まあ、その通りです。すみませんでした。
* * * * *
「うううぅぅぅああああぁぁぁーー」
なんとも名状しがたい声を出しているのは紛れもなく俺で、何をしているのかというと特に何かをしているわけでもない。
ただばたーんとベッドに倒れただけである。ただばたーん。
今の時刻は午後11時ちょい過ぎ。外にはすでに夜のとばりが落ちている。
ラストオーダーが1時間前、その後は片付けやらなにやらで俺が仕事から解放されたのはつい30分ほど前のことだ。
自分でいうのもなんだが、今日もお疲れさまだな俺。いやホントに今日も疲れた。
毎日毎日こんな感じで一日を終えるのだが、今日の夜は一味違った。ちょっと甘い。
なぜ違うのかというと、まあ言うまでもなく彼女のことである。
帰ってしまってから数時間立った今でもはっきりと覚えている。とりあえずすごい美少女だったと。
きっと美少女という言葉を擬人化したらあんな感じになるんじゃないかと思う。というか日本はいろんなものを擬人化しすぎだと思います。恐るべし萌え産業。
俺もあんな美少女とお近づきになれたらなぁ・・・・・・。まあうまく対応できる自信がないけど。
人間はとかく新たな環境に希望を持つ生き物だ。
新しいクラス、新しい学校、新しいコミュニティ、新しい職場、アンドソウオン。
かくいう俺も明日から始まる高校生活にわずかながらも希望を抱いている。
地元とはいえ進学校なので他所からくる生徒も多く、家の中学からは数人しか入学していないため自然と新たな環境になるのだ。
しかも高校生だぞ、高校生。漫画とかドラマとかの主人公は高校生が主人公になるケースが多い。
つまり理想とはわかっていても、あんな感じの高校生活が送れたらな~とか考えちゃうわけですよ。
それに今日あんな美少女に会えたんだからなんかいいことありそうな気がする。
俺の幼馴染と彼女が修羅場っちゃったり、俺の青春ラブコメが間違っちゃったりしないかな。
あ、幼馴染いない時点で前者は無理か。というか俺の場合ラブコメも始まんないので後者もない。つか、現実でラブにコメディはつかねえだろ普通。
ラブが持ってくんのは妬みと黒歴史くらいだ。あとドールとか。お巡りさーん!
まあ、結論からすると男はバカであるとしか言いようがない。
ありもしないような理想を思い、己の存在を誇示し見せつける。
これは人間の最も動物らしい一面であるといえる。
ライオンのオスにはたてがみがあり、クジャクには豪勢な羽があるが、人間の男には三つボタンの背広しかないというように人間も要するに動物なのだ。
時には馬鹿な事したり、考えたりもする。
けれどまだ来ぬ明日が今日よりもいい日になるようにくらいの希望はもったっていいんじゃないだろうか。
というか持つべきである。物事をよりプラスに考えれば嫌なことなんかなくなるし、それこそ良い人生になるだろう。
そうとは限らないとか難しいとかなんとか反論もあるだろうけど、騙されたと思って今はまだある明日を大事に思い、また違う朝を待とうじゃないの。
明日があるさ。まだ見ぬ明日が。
・・・・・・・・・・・・あ、でもデッドを先送りにするんは良くないです。
ここまで読んでいたあだき誠にありがとうございます。
拙い文章ですが、いかがでしたでしょうか。
まだ、大きな見通しは立ってないし、どんな未来が彼らを待ち受けているかは私自身にもわかりません。
多分、pcを開いたときの私の気持ちとその日の機嫌しだいでいくらでも変わります。
そんな作品でよろしければこの後もぜひ、お付き合いください。
先は、長いですよ、きっと。
2019.2.11 にくまぐろ