第一章①
第一章
彼女と出会ったのは、肌寒い冬の季節だった。
僕と彼女が住んでいる海里市には、他県より多く雪が降る。
海里市にはいくつもの有名スポットがあり、カップルや家族が休日に多く訪れている。
当時十八歳だった僕は、高校生で少しだけ寝癖のある黒髪に幼さがある顔をしており冬服を着ていた。
高校三年間、カメラ部に所属していた。
何気ない日常の風景を写真に収めることが好きで、今でも趣味としている。
ある日、学校の授業と部活も終わり、友人と帰るときに僕はカメラを教室に忘れてしまったのだ。
その時はちょうど教室で写真を撮っており、友人に呼ばれてカメラを置いていってしまった。なんたる不覚。
(やばい…カメラ忘れた!)
僕はすぐさま教室に戻り、ドアを開けた。
(よかった~!盗まれてなかった!)
父から譲り受けた大切な宝物が盗まれなかったことに、歓喜した。
幼い時に父は事故で他界し、母は女一つで育ててくれた。
父は僕に生前言っていた…「この写真は父さんの宝物なんだ。このカメラには、雪人や母さんの思い出がいっぱい詰まっているんだよ。それに父さんの父さん、つまり雪人から見たらおじいちゃんかな。そのおじいちゃんから譲り受けたカメラでもあるんだ。だから雪人も将来、自分の大切な人が出来たらこのカメラで撮るといいよ」っと、父が亡くなる前にカメラを譲り受けていた。
それほどまでにこのカメラは僕にとって大切で、宝物で、無くてはならない物なのだ。
教室を出ると、窓から色鮮やかな夕陽を目にした。この光景は今でも鮮明に覚えている。
だってこの後に…僕は彼女と出会うのだから。
僕は窓越しに夕陽をカメラで数枚撮った。
カメラのスイッチを押すと、小刻み良いシャッター音が数回廊下に鳴り響いた。つい写真を撮るのに夢中になってしまい、携帯の時間を見たら十七時になっていた。
(やばっ!早く帰らないと!…あれは…人‥だよな?)
急ぎで帰ろうと廊下を小走りしていると、窓辺から屋上に誰か立っているのが見えた。この時間帯になんで屋上に?…それに屋上の手すりを跨いでいるような…まるで自殺でもするように、僕はその時そう見えた。
(おいおいおい!嘘だろ!?)
「クソッ!」
このときの僕は嫌な予感がし、鞄を廊下に放り投げすぐさま走り屋上に向かった。
屋上のドアを勢いよく開けると、彼女は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしていた。それはそうだろう。この時間帯、学校に残っている生徒なんてそうそういないのだから。僕は膝に手をつき、息を切らせながら呟くと、彼女が話しかけてきた。
「はぁっ!はぁっ!間に‥合った!」
「なんでここに?もうこの時間帯は…誰もいないのに」
「さっき…はぁっ!はぁっ!帰ろうとしたら…君が屋上の手すりに…跨っていて…はぁっ!じ‥自殺をするのかと思ったら‥体が勝手に…動いて」
「それで、私を助けに来てくれたの?」
「うん、君とは同じクラスだし…言いたいこともあったから」
「言いたいことって何?」
「…それは」
「それは?」
「それは…夏井雪女さん、僕は…君のことが好きだ。ずっと…言おうと思っていた」
唐突に、夏井雪女という少女に告白してしまった。
彼女とは同じクラスにいて、その中でも人一倍皆から注目されていた。彼女の特徴は肩まである透きとおった白髪に、宝石のように輝いたスカイブルーの瞳をしている。見る限り彼女は天真爛漫な性格をしており誰でも直ぐに仲良くなるので、学校中の生徒は彼女のことを知らない人はいない。
「…ふふっ、何それ。普通自殺する人間に告白する?君は面白いこと言うね」
そんな有名人の彼女は僕の告白を聞いて、手すりに掴まりながらクスリと笑った。確かに、笑われるのも無理はないだろう。自殺する人間を止めるとはいえ、まさかの先に告白をするとは…我ながら恥ずかしい。
でも、どうしてもこの気持を伝えたかった。それに…あのとき彼女が屋上から身を投げ出さないように必死で食い止めようとしていた。
僕の告白を聞いた彼女は手すりを跨がりこちらまで近づいてきた。
「そっか。私のこと好きになってくれた人がいるんだね。ねぇ、君の前は?」
「僕の名前は、大きい石に雪の人と書いて、大石雪人」
「雪人君ね。ちなみに私のどこを好きになってくれたの?」
「…優しい所や誰に対しても分け隔てなく接してる姿を見て、好きになった。それに無邪気で明るくて、誰かも慕われているし、時には拗ねたり怒ったりするところも見かけた。そんな自分に対して素直になっている君が羨ましかったのかもしれない。そしたらいつの間にか君を好きになっていた。だから僕と付き合ってほしい」
「いいよ」
「そうだよな。僕みたいな奴とは違い…えっ!?いいの!?」
「うん、雪人君と付き合ったら楽しそうだし、いい思い出になるかも」
「いい思い出?」
彼女は僕に悲しい微笑みをみせた。
「うん。私ね…一週間しか、生きれないの」
「えっ? …何かの冗談?」
「冗談でこんなこと言わないよ」
彼女はどこか、悲しい目をしていた。もう何もかもすべて受け入れているような気がする。
「…ごめん。不謹慎だった」
「慣れているから大丈夫だよ」
「慣れているの?」
「まぁね。皆にこの話を言うと「冗談だろ?」って言われて、信じてもらえないの」
「でも、普通は普段から明るい子が病気なんだって言ったら信じると思うけど」
「…私も信じれくれると思った…けど違った」
「違った?」
「今日の部活帰りに教室に忘れ物をして取りに戻った時、たまたま聞いちゃったんだ」
彼女は苦笑いをした。それと同時に、冷たいそよ風がタイミングを合わせたように僕達の髪を揺らした。
「私が言ってることは「嘘でしょでどうせ」とか「更に人気者になりたいから言ってるだけだよ」やその他にも「元々あの子のこと苦手だったんだよね。鬱陶しいし、もしも言っ
てることが本当ならいなくなればいいよあんな子」…って言われたの。今まで信じていたのに…馬鹿みたいだよ。だから私はもう、誰にもこの話はしないと決めたんだ」
「じゃあ、何で僕には話してくれたの?」
「何でだろ?私にも分からないけど、雪人君になら話しても信じてくれると思ったから」
「…夏井さんが言っていることを冗談だとは思わない。僕は夏井さんを信じるよ」
「ありがとう」
「だから教えてほしい」
「何でも答えるよ。例えば、胸のカップとか」
彼女がイタズラぽっく笑ったとき、僕は反射的に彼女の豊富な胸を見てしまったが…恥ずかしながらも平静を装った。
「今は胸のカップのことじゃない」
(気になるけど)
「冗談だよ。さっきの私が一週間しか生きられないことについてだよね」
「うん」
「雪人君は突発性短命症って知ってる?おおよそ一億二千六百万人の中で、極小数の人がなる病気なんだよね。治療方法はあるんだけどまだ日本では…治せる医者が見つかってないの」
彼女は自分の病気を説明してくれた。
「夏井さんは、いつ頃から病気になったの?」
「十二月二三日だよ」
(…昨日じゃん)
「その日は家に居たんだけど、急に胸の痛みがきて気付いたら病院のベットにいた。お母さんと一緒にお医者さんに呼ばれて、病名を聞かされたの。それからわたしの病名を聞いたお母さんは、ショックで倒れて入院したんだ。それで私は…」
彼女はなんとも言い表せないほどの悲痛で、苦しげな笑みを浮かべながら僕に話していたが…急に静かになった。
「自分のせいだと責めて…自殺しようとしたの?」
「それもあるけど…何より信じてもらえなったのが辛かった。さっきも話したけど、私が言っても誰一人すら信じてくれなくて…嫌気がさしたし、生い先短い命で他人に迷惑をかけるぐらいなら…って考えたら楽になりたかった。雪人君が止めに来てなかったら私はこの世から消えていたよ。本当に馬鹿だよね私」
自分の思いを彼女は俯いて話していた。
「うん、確かに夏井さんは馬鹿だよ。だけど、君が死にたいと思う気持ちはわかるよ。いっきに不幸なことがきたら僕も夏井さんと同じ選択をしていたと思う」
「雪人君…私ね。もう…どうしていいか…分からないよ」
彼女は涙でクシャクシャになっている顔を僕に見せた。それほどまでに、夏井雪女という女の子は誰にも信じてもらえず、一人で悩みを抱えていたのだ。彼女に対しての返答は迷わなかった。
「夏井さん、お願いがある」
「お願い?」
「君のお母さんと僕のために生きてほしい」
「私にそんな生きる資格なんて…あるのかな?」
「あるよ」
「でも!」
僕は片手で、涙で濡れている彼女の頬に触れた。彼女の肌は、少しだけ冷たくひんやりとしている。
「でもじゃない。僕が夏井さんに生きてほしいと思ってる。夏井さんは僕にとって大切で失いたくない人なんだ。夏井さんのお母さんだって悲しむし、僕は夏井さんの彼氏になるんだから、もう一度言うよ」
僕は真っ直ぐな目で微笑みながら、泣いている脆い一人の少女に改めて言う。
「夏井雪女さん。僕達のために、生きて下さい。そして僕と一緒に人生を歩んでくれますか?」
「うっ…!うぐっ…うっうっ!…はい!」
告白を聞いた彼女は嗚咽をしながらも、返事をしてくれた。




