ど
「早く、この『婚姻届』という名の永遠の契約書にサインと実印お願い。女の子同士で付き合うことなんて、うちみたいな女子校じゃ珍しくないし。わたしなら、クーの最高のパートナーになれる。きっと楽しいよ?」
「キモい、死ね」
「……そっかぁ…………」
わたし、寅宮恋子は、幼馴染みの城戸愛羅に恋をしている。幼稚園児の頃から、この気持ちは変わらない。だから毎日のように告白しているのだけれど、彼女は……クーは一向に振り向いてくれない。それどころか、年々わたしに対する罵倒がエスカレートしてきている。このまま進展がないと、本当に縁を切られそうで怖い。
クーは、自分のことを「つまらない人間」だと思っているらしい。そんなことないのに。
◆
「……ただいま」
「おかえり、恋子。ご飯できてるから、一緒に食べましょ」
わたしは、姉の寅宮楓羅と二人で暮らしている。父は病死し、母は認知症にかかって徘徊し、交通事故で死んでしまった。姉は現役の警察官で、わたしと姉、どちらか早く帰って来た方がその日の家事を担当している。
姉の作るご飯は美味しいし、性格もすごく優しい。
「……いただきます」
「めしあがれ」
普段は。
「……あら、電話だわ。……もしもし。……龍雅さん? どうしたの? ……そう。……明日、来られなくなったのね…………わかったわ。おやすみなさい。愛してる」
姉の電話相手は、半年前にできた婚約者の鷺尻龍雅だったらしい。
「……楽しみにしてたのに」
電話を切った姉は、キッチンに置いていた味噌汁の入った鍋を持ち上げて……。
「いたっ! ……あつっ! 熱い!」
わたしに投げつけてきた。
ついさっきまで火にかけられていた鍋は、わたしの手の甲を火傷させるには十分過ぎるほどの熱を帯びていた。
「……どうして、いつもいつも私の思い通りにならないのよ!」
姉は、気に入らないことがあるとわたしに暴力を振るってくる。
「ご、ごめんなさい姉さん」
「『お姉様』でしょうがァ!」
今日の姉の怒りの火種は「婚約者とのデートの予定が崩れたこと」。わたしが巻き込まれる筋合いは、全く無い。けれど、姉はわたしを傷つけないと気がすまない。どうして、こんな人が警察官になれたのだろう。
「死ね、死ねェ!」
「うっ、ぐうっ!」
床に倒れこんだわたしの胸部に、姉は容赦なく蹴りを入れてくる。この蹴りで肋骨が折れたこともある。折れたことのない肋骨なんて、無いんじゃないだろうか。
クーの「死ね」は、まだ耐えられる。でも、姉の「死ね」には……。
耐えられ…………。