き
幼馴染みが、気持ち悪い。
「ねーねー、早くサインしてよ、クー」
「うるさい」
「婚姻届だよ? 婚姻届。なんか良くない?」
「良くない。どっか言って、レン」
私の幼馴染み、寅宮恋子のことを私は「レン」と呼んでいる。「恋子」だから。
レンは普段から執拗に婚姻届を見せてくる。どうやら私にお熱らしい。私は、そんな彼女に嫌悪感を抱いている。同性間の恋愛? ばかばかしい。気色悪くて付き合っていられない。今日もうざったいことこの上ない。
……が、それ以上に。
ひどく「人生がつまらない」。
そう言う人間は、その人本人がつまらない人間であることが多い。
そうなんだ。
私自身が、つまらない人間なんだ。
私、城戸愛羅は「星花女子学園」という私立校の高等部に通う、ごくごく普通の女子高生だ。一般的な収入のある一般的な男女夫婦のもとに生まれ、一般的な教育を受け、一般的な生活を送っている。変化も刺激も無い。つまらない日々を過ごしている。なにか刺激的な出来事に遭遇できないかと思ってジャーナリストを志望し新聞部に入部したものの、望んだような事も起こらず、怠惰に校内新聞を作っているだけだ。つまらない。たまに普通じゃない生徒や教員とかも見かけるが、どいつもこいつもキチガイばかりだった。刺激は欲しいが、面倒事は勘弁してほしい。
あー、つまらない。
「……それに、また私のこと『クー』なんて気安く呼んで」
「いつも言ってるでしょ? 『クー』は、クーに足りないものだよ。『城戸愛羅』に足せば『喜怒哀楽』になるでしょ? もっと前向きに、もっと楽しまなきゃ、自分の人生を。まだ退屈してるの?」
「ええ」
「退屈な日常から抜け出したいなら…………ほら、やっぱりわたしと結婚を前提に付き合えばいいと思うの。だから早く、この『婚姻届』という名の永遠の契約書にサインと実印お願い。女の子同士で付き合うことなんて、うちみたいな女子校じゃ珍しくないし。わたしなら、クーの最高のパートナーになれる。きっと楽しいよ?」
……補足しよう。彼女、レンもその「キチガイ」の一人だった。こんなつまらない人間の私に構うなんて、常軌を逸している。それに結婚だのパートナーだの、とても正気の沙汰とは思えない。精神科への受診をお勧めする。私のようなモブにアプローチするくらいなら、どこかその辺の男でも引っかければいいものを。ここは女子校だから、男なんて早々いないが。
◆
「はあ……」
刺激が、刺激がほしい。
ドラマチックで、私が輝けるような、そんな人生になってほしい。
このままモブキャラとして埋もれていくなんて嫌だ。
私に出番がほしい。
主役になりたい。
こんな生活を続けていると、ますますつまらない人間なっていってしまう。
卒業して、進学して、就職して、彼氏をつくって、寿退社して、子どもを産んで、育てて、老けて、死んでゆく。なんだこのクソみたいなテンプレートは。
ああ、絶望しかない。
「……よし」
人生を変えたい。
その一心で、私は自室のベッドに寝転がりながらスマホをいじり、出会い系サイトに登録した。