月を食べようとする龍と茶摘みの少女
※夢学無岳様のお題「月を食べようとする龍」に合わせた小説です。詳しくは、『しろうと絵師による 「なろう小説」挿絵 製作日記』の「美少女さしあげます」の「その2 美少女とは何か」を参照くださいませ。URLは、https://ncode.syosetu.com/n5400en/39/です。
これは、八十八夜のお話です。
「ふぅ」
新緑に染まる茶畑で、茜襷に菅笠をした少女が、額に浮かぶ玉の汗を、手っ甲を巻いた手で拭います。少女の腰に下げている籠の中には、鮮やかな若草色の茶葉が、山のように入っています。
少女は、再び茶摘みを始めようとした刹那、こよなく晴れた紺碧の空に、昼の月と、一筋の雲が浮かんでいるのに目を留めました。
「フフッ。あの雲、まるで龍さんがお月さまを食べようとしているみたい」
少女が空を見上げて微笑んでいると、少女と同じ格好をした中年の女が、少女に向かって濁声を飛ばして注意します。すると少女は、鈴を鳴らすような声で返事をして、急いで茶摘みを再開しました。
*
「ごめんよ。誰か居ないか?」
カーテンが引かれた窓の向こうから、誰か男の人が話すような低い声と、壁をノックする音が聞こえます。
「誰かしら?」
少女は、枕元にあるスタンドライトを付けると、夜風に揺れるカーテンに手を伸ばします。このときの少女は、不信感と好奇心が入り混じった複雑な表情をしていました。それも、そのはず。少女が寝ている部屋は、二階建ての家の屋根裏部屋だからです。
「こんばんは、お嬢さん。昼間は、吾輩のせいで怒られていたね」
カーテンを開けた先には、細長い三日月と、白銀に輝く鱗を持った龍が浮かんでいました。少女は驚きながらも、瞳を輝かせながら龍に話しかけます。
「まぁ、龍さん。こんな夜更けに、私に何かご用?」
「昼間の詫びをしなければと思ってね。どうだろう? 吾輩と共に、初夏の夜空を満喫しないかね」
「あら、素敵なお誘いね」
少女が笑みを浮かべると、龍は窓枠に前脚を掛けながら言います。
「それでは、夜が明けないうちに、吾輩の背中に乗りたまえ」
*
「どうだい、お嬢さん。空を飛んでいる気分は?」
龍が、自身の背中に跨り、小さな手で懸命に角を握っている少女に呼びかけると、少女は、朗らかに答えます。
「最高よ。広い町が、こんなに小さく見えるなんて、新鮮だわ」
「そうかい。まぁ、そうだろうな」
「ねぇ、龍さん」
「なんだい?」
「今夜のお月さまが、あんなに細いのは、お昼に龍さんが食べすぎちゃったんじゃなくて?」
「ハハッ。そうだね。ちょいとばかり、食べすぎたよ」
「食いしん坊ね」
「ウム。明日からは、月を齧るのは、少し控えることにしよう」
「あらあら。それじゃあ、龍さんは、おなかが空いちゃうわね」
「なぁに、その代わり、星で腹を満たすことにするさ」
「まぁ。ウフフ」
「ハッハッハ」
こうして龍と少女は、夜が明ける手前まで、愉快な空中散策を続けたのでありました。
おしまい。