誤算
「どう、私の騎士は? あなたが勝てる相手かしら?」
オーロは表面上は動じず、偉そうな兵士に話しかける。
「……私が間違っていました」
兵士は剣を床に落とし、がっくりとうなだれてしまう。
他に声をあげる者はいなかった。
誰もがヴェルデの驚異的な実力に圧倒されてしまったのである。
「一件落着かな……?」
ヴェルデはのほほんとした声を出す。
彼は単純に「戦わなくていいなら、それに越したことはない」とだけ考える。
「あら、ヴェルデ。残念ではないの? せっかくあなたの力を見せつけるチャンスだったのよ?」
オーロはやや意外そうに彼に話しかけた。
「不戦に勝る上策なし、ですよ」
ヴェルデは答える。
これもまた父の教えだった。
(いいか、ヴェルデ。手負いの獣はヤバい。そうでなくても戦うってのはリスクがある行為だ。戦わなくてもいいなら、まず戦いを避けるべきだ。それが生き残る手段だと覚えておけ)
彼はうんうんとうなずいたものである。
何も好きで飢餓状態で殺気立っている熊やら、生き残るために死に物狂いになっている狼の群れと戦いたくはない。
戦わなくていいならばそれが一番……最も素晴らしい言葉の一つだとすら彼は思う。
「不戦に勝る上策なし……素晴らしいじゃない」
オーロは青い瞳を輝かせて称賛する。
「お分かりになりますか」
理解者がいてうれしいヴェルデが微笑むと、彼女はうなずく。
「ええ。あなたって単に強いだけじゃなくて、兵法にも明るいのね。知勇兼備だなんて、うれしい誤算だわ」
「……ん?」
知勇兼備っていったい誰がと彼は思う。
それに兵法とは何だろうか。
ヴェルデが生まれてこの方聞いた覚えがない単語である。
「ちゆうけんび?」
「わたくしに隠さなくてもいいのよ。むしろわたくしにだけはきちんと報告しなさい」
オーロは上機嫌で言った。
(この王女はさっきからいったい何を言っているんだ?)
ヴェルデは困惑するしかない。
「話すことはないですよ」
彼が改めて言うと、オーロは納得した顔になる。
「そうね。あなたの言いたいこと、分かったわ」
どうやら分かってくれたらしい。
彼はホッとする。
(剣の腕を売りたいだけだからな……買ってもらえそうだから様子を見よう)
どうやら彼はオーロ王女の護衛兵よりも強いようだ。
話の流れからしても、雇ってもらえるのはほぼ決まりだろう。
あとは彼女の気が変わらないことを祈るだけである。
(……何だか命を狙われているっぽいから、気をつけておくか)
当然だが彼女が死んでしまえば、雇ってもらえない。
自分の働き口のためにもぜひとも生き残ってほしかった。
薄情のようだが、知り合ったばかりの王女を一生守っていこうと決意するほど、ヴェルデは男気にあふれた性格ではない。
その気になればいくらでも護衛を増やせるだろうと思うからだ。
ただ、自分が近くにいる時は全力で守る意思はある。
(親父も言ってたっけ。強い奴は弱い奴を守る。だからこそ人間は栄えてきたのだと)
一国の王女を自分より弱い扱いにしていいのか疑問である。
ただ、目の前で殺されそうになれば、きっとヴェルデの体は自然に動くだろう。