衝撃
本日2回目の更新です
ヴェルデという男はいったい何なのだ、とぺスカは激しい衝撃を受ける。
最初はオーロ王女の気まぐれだと思っていた。
確かに危ういところを助けてもらったが、それだけで平民を騎士に登用するのは行き過ぎである。
伯父伯母の家に逗留中にさらわれかけたのだから、不信感を募らせるのは無理もない。
誰が敵か分からない者たちよりも、接点があるはずがない平民の方がまだ信用できるというのも分かる。
……それらの考えはあっさりと粉砕されてしまった。
いつの間にか部屋に忍び込んでいた男に気づいて木刀を投げる。
しかもすごい速さで王女の命を狙った男よりも速く動き、王女が害されるのを防いでみせた。
自分が肉の壁になるしかないと王女の前に出ていたぺスカだからこそ、ヴェルデの異常さを間近で思い知ったのである。
(あの動きは何なの!? まさか武の至高を極めた達人のみが使えるという【縮地】を使えるの!?)
黒装束の男の速力は尋常ではなく、自分以外の兵士がとっさに動けなかったとしても責められないと感じた。
だからこそ、それよりも速く動いたヴェルデは規格外である。
見たところ彼女や王女と年はさほど変わらない。
下手すれば年下なのかもしれないほどだ。
(さらに片手で剣を止める!? 剣の神と謳われ、崇められている【剣帝】様の神業【片手白羽取り】じゃない!?)
素人が振るう剣を止めるくらい、ぺスカにだってできる。
しかし、黒装束の男が放った剣撃は彼女には見えなかった。
それを片手で余裕で止めるなど、いったいどこの【剣帝】だというのか。
【剣帝】は一人で千の兵を蹴散らしたという伝説を持つ大剣豪である。
さすがに千の兵を皆殺しにするのは無理だったが、一軍を敗走させるくらいは普通にできたという。
そんな伝説と同じ神業を使うとは、いったい全体どんな化け物なのか。
(しかも武器なら素手に勝てると思うのは素人ですって!?)
そんな馬鹿な話があるかと思う。
武器と素手なら武器の方が強いのは常識である。
そして大きな実力差がないかぎり、間合いが広い方が有利であるはずだ。
もちろん、勝負というのは武器だけでは決まらない。
まず使い手の力量こそが大切である。
だが、黒装束の男の力量は最低でもぺスカと同等だった。
幼いころからオーロとともに育ち、才能を見込まれて戦士としての厳しい訓練を課され、精鋭の証である「近衛侍女」の一員となった彼女と。
彼女の剣を片手で止めるなど、この国最強の騎士だってできないだろう。
ヴェルデという少年は常識が一切通じないバケモノだというのだろうか。
しかもまだ十代である。
ぺスカは戦慄せざるを得なかった。
彼がもしもその気になれば、この場にいる人々は全滅する。
彼女が命懸けで守るべきオーロ王女も凶刃に倒れるだろう。
誰も止められない。
彼女はごくりと生唾を飲み込む。
(でも、彼はきっとそんなことはしない)
幸いなことに、彼にそのような凶悪な意思は見られない。
何も知らない純朴な田舎者のようであり、田舎者なりに王女への礼儀を守ろうとしている節さえある。
であるならば全力で取り込むべきだろう。
(今回はオーロ様は正しかった)
とぺスカは思う。
(何ならこの身を差し出しても)
などと思考を飛躍させる。
彼女は幼いころから王女と過ごし、魂にまで忠誠心を刻み込まれていた。
王女を守ってくれる男と結婚することに疑問はないし、ためらいもない。
ただ、問題は彼の守備範囲に自分がいるかどうかという点であった。
(好みじゃないと言われたらどうしよう……)
その場合は他の侍女と結婚を狙うのか。
しかし、彼女ほど忠誠心が高い侍女は他に思い当たらない。
(どうすればいいの?)
彼女はひたすら悩んでいた。