対面
浴場から出たところで彼は見たこともない立派な服を着せられる。
肌着からしてスベスベしているし、緑の上着も紫色のパンツも美しい光沢があるようだ。
(俺の所持金より高いんじゃないか、この服?)
ヴェルデはもう呆れることすらあきらめる。
なるようにしかならないと腹をくくったのだ。
神経が太いのか、そもそも存在していないのかという話である。
服を着終わったところで侍女の一人がベルを鳴らす。
そうすることで服を着替えたぺスカが彼を迎えに来た。
「オーロ様に拝謁する名誉を賜る資格を得たようですね」
着替えたぺスカは非常に美しいのだが、彼の心は少しもはずまない。
(無礼なのは承知だが、オーロという少女のほうが奇麗だもんな)
ぺスカという少女も今までに見たことがないくらいの美貌の持ち主なのに、もっと上を同時に見たせいでそこまでではない気がする。
女性の容貌を比較するようなまねは愚かだからしてはいけないと、近所のおばさんに叱られたことをヴェルデは覚えていた。
だから声には出さないように気を付ける。
彼が通されたのは金と銀が惜しみなく使われた豪華な広間だった。
牧場が入りそうなほど広い場所にやはりピンクのドレスに着替えたオーロがいて、彼女のそばに武装した兵士と中年の男女がひかえている。
座っているのはオーロだけということから、彼女の身分が一番高いのだろうと予想ができた。
「ああ、来ましたね。ヴェルデ」
オーロの表情は嬉しそうに輝き、同時に他の者たちの表情がけわしくなる。
(オーロって子以外には歓迎されていないな)
ヴェルデは頭はよくないが、本能は鋭敏なほうであった。
今この部屋の中にいる人間の中で自分に好意を抱いているのはオーロだけだと直感する。
ぺスカや侍女たちは好意を持ってはいないものの、敵意を抱いているわけでもないからまだマシだった。
「オーロ様を助けたのは本当にそのみずほらしい平民なのかえ?」
美しいが何となくいけすかない中年女性が、彼を見下す態度を隠そうともしない。
「ええ。とても強かったのよ」
「暗がりなら見間違えた可能性もあるのではないでしょうか?」
オーロに対しても無礼と言える言葉を平気で女性は言う。
「そうね。確実なのはわたくしがさらわれたことに気づかない、あるいは助けに来なかった者たちが、この屋敷に入るということかしら」
オーロは怯むどころか痛烈な皮肉を返し、女性を絶句させる。
彼女の反対側に立つ男性の顔色は蒼くなり、冷や汗が額に浮かんでいた。
(どうやらかなりヤバいぞ)
何がヤバいのか、ヴェルデは自分でも説明できない。
「ヴェルデ」
彼女は美しい青い瞳を向けながら彼の名前を呼ぶ。
「あなたは何者なの?」
「何者って言われても……言われましても、ただの村人です」
「まさか!」
ヴェルデは正直に答えたつもりなのに、オーロは面白い冗談を聞いたと言わんばかりに笑う。
「本当のことを言ってちょうだい。大丈夫、誰にも何も言わせないから」
「いえ、本当に村人なんで……」
画すべきことはないのに「隠しごとをするな」と言われても、彼は困惑するしかない。
彼の様子からどうやらウソはついていないらしいと察したオーロは、探るような目つきになる。
「本当に? じゃあどうしてこの都市にいたのかしら?」
「えっと、都にのぼって、兵士か騎士になれたらいいなと思って……それでここに立ち寄りました」
ヴェルデは正直に打ち明けたつもりだが、オーロは信じてくれなかった。
「いやね、都へ行くのにここは通らないでしょう」
彼女の言葉に彼は目を丸くする。
「え? 故郷から南を目指せば都につくと聞いてたのですが?」
「どの方角から都を目指そうと、このジギベルドは通らないはずよ。都を結ぶ要路はもっと西だから」
要路とやらが何なのかヴェルデは一瞬分からなかった。
しかし、文脈的にたぶん「道」のことだろうと推測する。
「まあいいわ、あなた騎士になりたいのね?」
「え、はい」
不意に話を切り替えたオーロに困惑しつつ、彼は返事をした。
すると彼女は輝く太陽のような笑みを浮かべた。
「いいわ。してあげる。私の騎士になりなさい」
「……はっ?」
「オーロ様!?」
驚きと悲鳴の声があちらこちらからあがる。
落ち着いていたのは言い出した本人と、あとぺスカくらいだった。