神速
「いや、何も浮かんでないですよ」
ヴェルデは正直に打ち明ける。
下手なことを言っても責任を取れるはずがないからだ。
だったら失望されたほうがまだいい。
彼はそう考えたのだが、オーロとぺスカは納得しなかった。
「この期に及んでそれはいいのよ、ヴェルデ」
「そうよ。どうか知恵を貸してください」
ヴェルデは一気に苦しくなる。
これほどまでに信じてもらえないとは、そして信じてもらえないことがこれほどつらいとは、彼の見通しは甘かった。
(なら、適当なことを言ってがっかりさせるか?)
この二人は勘違いを拗らせてしまっているだけで、決して馬鹿ではない。
少なくともヴェルデよりもずっと聡明だ。
彼の愚かさを気づくような発言さえできれば、誤解は解けるはずである。
幻滅されるのは怖いが、彼の言葉のせいで二人が破滅するようなことはあってはならない。
「普通に戦ったら勝ち目はないから、今のうちに俺が二人の王子を拘束して、勝利宣言を出してしまうんですよ。そうすればオーロ様の勝ちだ」
とヴェルデは言う。
「そんな展開、どう考えても無理」だとか、「ありえないほどにもある」という答えを期待していた。
「いいわね、それ」
ところがオーロは好意的な反応を示す。
「えっ?」とヴェルデは声をあげたが、ぺスカの声に消されてしまう。
「本当に! 私たちは基盤がなく、政治力も弱い。時間が経過するほど不利になるのは確実。だから勝負を今すぐ決めてしまおうというのですね」
彼女は明らかに感動している。
「もうちょっとまともなことを言え」と言われたいというヴェルデの目論見は見事に外れた。
「何と言う神速の戦術! 兵は神速を尊ぶそのものだわ!」
オーロは興奮している。
「ヴェルデ殿、いったいどこで兵法を学んだの?」
ぺスカは興味津々で聞いてきた。
「学んだことなんてないよ。適当に言っただけだ」
ヴェルデは淡い期待を込めて事実を告げる。
兵法なんて聞いたこともない人間の言うことを、信じてよいのかと疑問を持ってほしかった。
「つまり独学なの! あなたこそ戦いの天才なのね!」
「……どうしてそうなる?」
オーロと同じく興奮し始めたぺスカにヴェルデは疑問をぶつける。
しかし彼女には聞こえていなかった。
「ではさっそくヴェルデ殿に動いてもらってはどうでしょうか? 今ならまだ王子たちは宮殿内にとどまっているでしょう。ましてやこちらが仕かけるとは想像の埒外のはず」
ぺスカの問いにオーロはうなずく。
「悪いけどお願いできる、ヴェルデ?」
「いいですが、護衛はどうするんです?」
ヴェルデはもっともな点を指摘したつもりだった。
彼がいなくなれば誰が王女を守るのか。
「今だったらわたくしは王子たちの眼中になく、まして攻撃すると思っていないから、護衛がいなくても問題ない。……ヴェルデの鬼謀、ちょっとは理解できているつもりよ?」
オーロは心外そうな顔で返答する。
「敵の心理を見事についた恐るべき計略ですが、打ち明けられてもなお分からないほど、オーロ様も私も愚鈍ではないわよ」
ぺスカは安心しろと言いたそうな表情で言う。
(その割には一番肝心な点を分かっていないような……)
ヴェルデはよほど言おうと思ったが、結局自重する。
言ってもまた変な風に解釈されかねないと思ったからだ。
しばし迷った挙句、彼は腹をくくる。
失敗してもオーロとぺスカは無事だろうと判断した為だ。
ならば試してみるのもいいと、将来の考えなしの側面が首をもたげたのである。
「互いの襲撃にして警戒しているだろう王子たちのところへ一人で行き、制圧するなんてあまりにも無謀すぎる。できるはずがない」
というもっとも当たり前で、本来ならば最初に出るであろう意見は誰も思いつかなかった。




