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特訓

 ヴェルデは約十日の特訓を経て、何とか一人で馬に乗れるようになった。


「ふう」


「お見事」


 宮殿内に戻ってきた彼をぺスカが笑顔でたたえる。

 どうやらどこかで見ていたようだった。

 

「いや、まだまだだろう。駆歩とやらはできるけど、襲歩とやらはまだできないし」


 ヴェルデはそう答える。

 これは本心だった。

 歩く馬の上には乗れるようになったが、まだ走らせることはできない。

 やはり馬は走らせてこそだと思う。

 

「駆歩ができるなら、だいぶ違うわよ。十日でならかなり早いほうでしょう」


「そういうものなのかな」


 彼は馬術に関する知識はまだまだ素人並みである。

 だから素直にぺスカの言葉を受け入れることにした。


(本当なら、笑われながら頑張った甲斐があるというもんだ)


 最初はまともに乗ることすらできず、見ていた者たちに馬鹿にされたものである。

 誰かに笑われたのはずいぶんと久しぶりのことだったように思う。

 幼いころ彼を笑ったりからかったりした村の悪童たちも、猛獣を一人で倒せるようになってからは畏怖するようになった。

 仕返しを恐れている者もいたが、ヴェルデは気づかなかった。

 

「これでいざって時、役に立つかな?」


 彼は声をひそめてぺスカに話しかける。


「ええ」


 彼女は小声で応じた。

 二人は宮殿の内部を歩いていて、ところどころ侍女や侍従や近衛兵の姿を見かける。

 だからこそ配慮する必要があった。


「もっとも、オーロ様を連れて逃げるのは私で、あなたは敵と戦ってもらう可能性のほうが高いのだけど」


「そっちのほうがいいな」


 ヴェルデは本心を語る。

 オーロを馬に乗せて逃げ回るより、彼女を追おうとする敵を迎え撃つほうがずっと彼の性に合っていた。

 わくわくした様子で話す彼をぺスカは頼もしそうに見る。


「期待してるわよ。オーロ様の騎士殿」


「……俺って私兵じゃなかったっけ?」


 彼女の言葉に彼は首をひねった。

 結局騎士の叙任式やら何やらは開かれる気配がない。

 騎士になることはあきらめたほうがいいのだろうなと思いはじめているところだ。


「そうね。ただ、給金だけは騎士と同じにしたいとオーロ様はおっしゃっているわ」


「それはありがたい」


 持つべき者は気前のいい主君だなとヴェルデは笑う。

 彼にとってオーロは守りたい相手だが、給金が安いよりは高いほうがいいに決まっている。

 

「本当はもっと高くするべきなのだろうけど、オーロ様の今の立場じゃ……」


 ぺスカの表情は無念そうにくもった。


「気にしていないよ」


 ヴェルデは即座に答える。

 これもまた本心だった。

 貧乏な村人だった彼にしてみれば、今でも十分すぎるほどである。

 もらえる給金は少しでも多いほうがいいのも事実だから、くれるというものは断らないのだが。

 

「ヴェルデ殿が強欲でなくて助かるわ。知勇兼備だけじゃなくて、心も清らかなのね」


「いや、給金は多いほうがいいと言ったんだけど。どうしてそうなる?」


 ぺスカの称賛に彼ははっきりと困惑を浮かべる。

 さすがに今の流れで「心が清い」と言われるのは看過できなかったのだ。

 彼女はふふと笑って言う。


「本当に金銭欲があるなら、リーヴォリ王子かラストラ王子に売り込むでしょう。特にリーヴォリ王子はあなたの腕をご存じなのだし」


「……そうだな」


 その発想はなかったとヴェルデは言えなかった。

 羞恥心が邪魔をしたのである。

 同時に心が清いと勘違いされている理由も、何となくではあるが分かった気がした。

 だからと言ってこればかりは誤解を解く気にはなれない。

 誤解を解くには他の王子に寝返るしかなさそうだからだ。

 


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