王子たち
夜になって誰かがドアをノックした。
まだ寝ていなかったヴェルデが外に顔を出すと、黒の上着を羽織ったぺスカが来ていた。
「今少しいいかしら?」
神妙な顔つきの彼女にうなずいてみせ、彼は彼女を部屋の中に入れる。
彼女は部屋に入るや否や、頭を深々と下げた。
「ありがとう。ヴェルデ殿の言葉がオーロ様の救いになったみたい」
「……それを言うためにわざわざ?」
ヴェルデは目をみはる。
「もちろんよ。他に理由はないもの」
彼女は顔をあげて言い切った。
忠臣とは彼女のような人のことを言うのだろう。
ヴェルデはそう思わざるを得なかった。
「……俺にとって他人事じゃなかったからね」
「そう」
彼の言葉にぺスカは痛ましそうに目を伏せる。
「王族では出産と一緒に母親が死ぬのって珍しいのか?」
彼は疑問を口にした。
珍しいからこそ【母殺し】と呼ばれているのではないかと思ったのだ。
「いいえ。珍しくはないわよ。だからこそ貴族は複数の夫人を持つのだし」
ぺスカは答える。
「そうなんだ」
ヴェルデは初めて知ったと目を丸くした。
貴族たちが何人もの妻を持つのは、きちんとした理由があったらしい。
「今日あなたが会った王妃様いらっしゃったでしょう?」
「ああ。あの人はオーロ様の母親じゃないはずだよな」
彼の確認に彼女はこくりとうなずく。
「ええ。あの方はラストラ王子の生母よ。リーヴォリ王子とオーロ様とは異母兄弟になるわ」
「そうなんだ」
ラストラ王子はいかにも嫌な奴だった。
彼に対してもオーロに対しても悪意しか感じなかった。
一方のリーヴォリ王子もそうだと思っていたものの、オーロに声をかけたあたりまだマシな気がしたのである。
「リーヴォリ王子がまともかって? そんなわけないでしょう。あの方は嫌いなものは無視するんじゃなくて、攻撃する性格なの。みんなが無視する時にリーヴォリ王子に無視されていないなんて危険な傾向なのよ」
「そ、そうなのか」
王子の性格を知らなかったヴェルデはうめくしかなかった。
(どうやらオーロ王女は思った以上に危険な状況にいるらしい)
晩餐会の前までの彼であれば逃げ出すことを考えただろう。
だが、今の彼は何とか王女を守りたいと思った。
「何かないのか? さすがにたった二人じゃ守り切れる気がしないぞ」
「そうね」
ぺスカは彼の言葉を否定しない。
「賢者のヴェルデ殿なら」と言い出さなかったので、ヴェルデとしては少し安心する。
「オーロ様の生母の実家はリーヴォリ様の後ろ盾になっていて、オーロ様は見向きもされない。私の実家だって、オーロ様を見捨てて中立を保つつもりでいる……八方ふさがりよ」
「……誰かと結婚しようにも、相手はあの公爵か」
ヴェルデは結婚した相手に守ってもらえばいいとひらめいたのだが、すぐにそれが愚策だと思い出す。
「そうよ」
ぺスカは肯定する。
オーロを守る気がみじんもなさそうだった公爵家は頼りにならない。
ヴェルデはため息をつく。




