豪邸
オーロという少女は美しいだけでなく、何やら気品らしいものを感じさせた。
同時に一気に屋敷の周辺が騒がしくなる。
(厄介ごとになりそうだな)
とヴェルデは直感し、逃げ出したくなった。
それでもじっと大人しくしていたのは、少女の「ぜひお礼を」という言葉に心を動かされたからである。
(上手くすれば寝床と朝メシくらいは用意してもらえるかもしれない)
そういう期待があったため、彼はどうにか我慢した。
彼が黙って見ていると、茶髪の少女が色々と状況を説明し、兵士たちが男どもを縛り上げていく。
やがてオーロは彼に向きなおって愛想のいい顔で話しかけてくる。
「改めてありがとう。あなたのお名前は?」
「ヴェルデ……と言います」
兵士たちの様子から、この少女はかなり身分が高いらしいと彼でも想像できたため、ていねいな言葉使いを彼なりに意識した。
「やっぱり平民だったの。でも、強いのね、あなた」
「そうですか?」
ヴェルデはきょとんとする。
父の言葉から都にいる騎士たちは、自分と同等以上に強いと思っているのだ。
父が自分を慢心させないように注意していた、という発想は彼にない。
「ええ。あなたより強い人、見たことがないくらい」
オーロの言葉には敬意と称賛と熱が込められていたが、彼はそれだけで有頂天になったりはしなかった。
(たぶん、この子が知らないだけなんだろうなぁ)
いろいろと残念な少年はそう考えたのである。
「姫様、中に入りましょう」
やがて茶髪の少女がそう言うと、オーロはうなずいてヴェルデをちらりと見た。
「ヴェルデもいらっしゃい。褒美を渡さなきゃ」
「え、はい」
ひとまず彼はうなずく。
茶髪の少女は反対しなかった。
兵士たちに守られるようにしてオーロは先に中に入る。
「ヴェルデ殿、ありがとうございました。私はぺスカと申します」
「どうも」
ぺスカと名乗った少女は優美な礼をしてみせた。
それに対してヴェルデの態度はお粗末もいいところである。
彼女はぴくりと眉を動かしたが、相手は平民だと言い聞かせたのだろう。
「こちらへどうぞ」
彼女の誘導に従い、彼は屋敷へと進む。
篝火が煌々と燃えているおかげで、夜間でも立派な建物だということが嫌でも分かった。
建物の中には立派な絨毯が敷かれ、銀の燭台が備え付けられていて、彼を圧倒する。
(金持ちなんだな、やっぱり)
詳しいことなど分からない彼でも、高そうなものばかりだということは何となく理解できた。
「ヴェルデ殿、まずは湯あみをお願いいたします」
ぺスカにそう言われて彼は困惑する。
「俺、着替えなんて持ってない……ですよ?」
「こちらで用意いたします」
彼女の口調に有無を言わさぬものを感じ、彼は黙って従うことにした。
黙って従っていれば褒美をもらえると自分に言い聞かせたのである。
それに明かりの中でよく見れば、ぺスカも美しいし上等そうな服を着ていた。
オーロに仕える立場であろうに、いい服を着ているということは彼女もまたそれなりの立場なのだろう。
理屈ではなく本能でヴェルデは感じとる。
彼は田畑より広い建物の中を連れ回され、村長の家よりも広い風呂に入れられた。
そこで侍女三人がかりで体を洗われる。
「まあ、立派な肉体ですね」
筋肉隆々ではないが、鍛えられた肉体の持ち主だと侍女たちの目にも明らかだった。
女性たちの手で現れるというのは気恥ずかしかったが、何とかヴェルデは耐え抜く。
彼女たちも村人とは比べるのも失礼なくらい美しく、動作が洗練されている。
(どうやらとんでもないことになってしまったみたいだぞ)
彼はそれだけは何となく理解できた。
普通ならば逃げ出すことを考える。
しかし、褒美は欲しい。
もしかしたらパンとスープにベーコンだけではなく、玉子もつくかもしれないと思えば我慢したほうが得かなという気もする。