初めて
「な、何だ……何をしたんだ?」
「ボルド様の攻撃を素手で……?」
少しずつ観衆の理解が追いついてきたせいで、畏怖の念が強まっていた。
体格がよく鍛えられた筋力を持つボルドの一撃はまさに必殺の威力を誇る。
それを素手で、無傷でしのいだというのか。
最初に立ちなおったのはそのボルド本人だった。
「すごいな。貴公は……いったいどうやって俺の攻撃を防いだのだ? 腕を破壊するつもりだったのだが」
「まともに受けたら破壊されるから。よく見て威力を受け流したんだよ」
ヴェルデはまるで転がっている小石を蹴ったかのように、あっけらかんと説明する。
「……同じ王国語を使っている人間の言葉が理解できないと思ったのは、生まれて初めてだ」
ボルドは露骨に困惑していた。
ヴェルデの左手はかすり傷ひとつなく、彼としては武人の矜持に傷をつけられたも同然である。
しかし、それよりも理解不能な衝撃のほうが圧倒的に強かった。
「な、何を言っているのか、ボルド」
リーヴォリがようやく口を開く。
彼は思いもよらない展開に屈辱を感じ、怒りの矛先を向ける対象を探していた。
そしてそれがボルドになろうとしている。
「貴様が不甲斐ないからではないのか!」
「……殿下がそう思われるのでしたら、そうなのでしょうな」
ボルドは痛烈な皮肉を返す。
「ふん!」
リーヴォリは怒りに表情をゆがめたが、何も言わずに練兵場を出ていく。
相手が相手だけに暴言を吐けなかったらしい。
彼の後を取り巻きらしい人間たちが慌てて追いかけていった。
(オーロ様にはひどいことを言うのに、ボルドって男には言えないのか)
とヴェルデはリーヴォリ王子の評価をさらに下げる。
そんな彼にオーロがにこやかに話しかけてきた。
「よくやってくれたわ。さすがわたくしのヴェルデ」
彼女の言葉に彼は笑顔でうなずく。
彼女に褒められれば、給金は安泰だという思いからだ。
しかし、周囲からすればそうは見えない。
「ほう。主君の仕返しをしたというわけか。まだ若いのに立派な男だな」
ボルドはすっかり勘違いし、感心してヴェルデを褒める。
ユーティら侍女たちが彼を見る目もすっかり変わっていた。
(うん? どういうことだ?)
ヴェルデは今の展開がさっぱり理解できない。
否定したいところだが、うかつに否定するとかえって事態が悪化してしまったことを思えば否定するのもためらわれる。
「当然のことをしたまでだ」
そこでこう答えることにした。
どこかで黄色い歓声が生まれる。
ヴェルデとしては落ち着かない気持ちだが、じっと耐えた。
「オーロ殿下、これほどの男をいったいどこで見つけられたのです?」
ボルドは興味津々という態度でオーロに話しかける。
「公爵の家でよ。旅をしていたみたい」
「ほう? 旅の武芸者だったのですか? 世に埋もれた豪傑だっているかもしれないとは言われていましたが、まさか本当にいたとは」
ボルドは目を丸くした。
「わたくしも驚きよ。こんな傑物がいるなんてね」
オーロは満足そうに答える。
「しかし、それでしたらもっと重用なさったほうがよいのではありませんか? ただの兵士ごときではあまりにも勿体ないですぞ」
ボルドは真顔になって彼女に忠告してきた。
「もちろんそのつもりよ。ただ、段階を踏まないと面倒だから」
「なるほど、安心しました」
オーロの回答に彼はホッとした顔になる。
「これほどの男、できればまた手を合わせたいですからな」
「だって。どうする、ヴェルデ?」
「別にいいですよ」
ヴェルデは気負うことなく答えた。
(このボルドって人は大物みたいだし、この人にいいところ見せたら俺の評価あがるよな)
彼はそう思う。
そして評価が上がればきっと給金もあがると期待できる。
彼はどうして自分が高く評価されているのか、見事に勘違いしていた。
「そうか。オーロ殿下も大変だろうが、貴公がいれば何とかなるかもしれんな。では俺はこれで失礼する」
ボルドは右手を軽く上げ立ち去っていく。
堂々と、そしてさっぱりとした武人らしい男だった。




