遭遇
ヴェルデが年かさの侍女に連れられて立派な階段を上っていると、黄金の髪を長く伸ばし、赤い立派な軍服を着た一人の若い男が降りてくる。
侍女がさっと左端によってうやうやしく頭を下げたため、彼も何となくまねをした。
だが、不慣れなことを慌ててやろうとしたものだから、その若い男に見とがめられる結果を招いてしまう。
「おいユーティ。何だ、その無様な男は?」
「リーヴォリ殿下。こちらのヴェルデ殿はオーロ殿下が私兵として雇われた御仁にございます」
ユーティと呼ばれた侍女がうやうやしく答えれば、リーヴォリと呼ばれた男はうさんくさそうに緑色の瞳を彼に向ける。
「あの小娘が雇った?」
リーヴォリはジロジロと彼のことをながめ、鼻で笑う。
「こんな貧相な男しか雇えないとは、低能売女は哀れだな」
彼の暴言に対して誰も何も言わない。
ヴェルデは絵に描いたような傲慢な男の登場に、珍しいものを見たような気分だった。
「おい、お前。何か吠えてみろ。下賤な身でも口はあるのだ。言葉を話す、まねごとくらいはできるだろう?」
リーヴォリの目つきといい、物言いといい、彼を対等として見なしていないどころか、そもそも人間扱いさえしていない。
「はあ」
そのことに気づいたヴェルデだったが、特に腹を立ててはいない。
(世の中にはすごい生き物がいるもんだなあ)
と感心したのである。
初めて馬に乗せられた子どものような感想だった。
彼の反応を見たリーヴォリは、自分の都合のいいように解釈をする。
「ふん。王族の威光に打たれたか? 売女の家来の割に、物事の本質を見抜く力がないわけではないということか」
リーヴォリは気分よく口を動かす。
これならば質問をしてもいいだろうとヴェルデは判断し、疑問に思っていたことをたずねる。
「ところであなたはどなたです?」
次の瞬間、場の空気が凍り付いた。
どんな生きものでも凍死してしまいそうな状況で、最初に口を開いたのはリーヴォリである。
「ふ、下賤な身では高貴な身を知らなくても罪には問えんな」
内容とは裏腹に、顔は怒りで紅潮していて、体はプルプルと震えていた。
ヴェルデ以外の者たちはいっせいに顔から血の気が失せている。
「わが名はリーヴォリ。この国の第一王子だ。理解できたか、低能?」
「はい、ありがとうございます」
ヴェルデが笑顔で答えたせいで、再び場に絶対零度の吹雪が到来した。
彼をにらむリーヴォリの緑の瞳には憤怒の業火が燃えさかっている。
「貴様、この後時間を作れ。腕を見てやろう」
「この後、オーロ様の部屋に行くことになっています」
王子に対してヴェルデは普通に答えてしまった。
彼は自覚していないが、これは王族に挑戦しているのと同義である。
「ああ。オーロも連れて練兵場までこい。目にものを見せてくれようぞ」
リーヴォリは吐き捨てて、さっさと階段を降りてしまった。
残された侍女たちは生きた心地がしないという顔をしている。
「ヴェルデ様……何ということを」
「うん? 王族に口を聞いただけだろう?」
まだ真っ青なユーティに対して、ヴェルデはのほほんと答えた。
そんな彼に侍女たちは屠殺場に連れていかれる羊を見るような目で見る。
「さ、オーロ様のところへ行こう」
「は、はい」
侍女たちはどこかふらついているような足取りで歩き出す。
ヴェルデはと言うと、「ここに練兵場ってあるんだなぁ」と考えていた。
彼が何も考えていないような態度を見て、侍女たちはさらに恐ろしく思う。
オーロの部屋にたどり着いた彼らを出迎えたぺスカは、何があったのかと言わんばかりの表情でユーティを見る。
「実は……」
彼女は非常に気の毒そうな表情で報告した。
「リーヴォリ王子とヴェルデ殿が……」
彼女の顔には理解の色が宿る。




