理由
困ったヴェルデはちらりと窓の外を見た。
外には大きな川が流れていて、船が人を運んでいる。
(こんなことなら、船の渡し守にでもなればよかったかな)
騎士なんて目指すのではなかったと彼は後悔しはじめていたのだった。
そうとは知らず、彼につられて外を見たぺスカは「あっ」と声を上げる。
「そうか! 船を使えばよかったのですね!」
「……んん?」
ヴェルデは突然顔を輝かせたぺスカにとまどう。
「船なら馬以上の速さを出すことも可能……この程度のことも思いつかないとは。失礼いたしました!」
「えっと……?」
彼は彼女がいったい何を言っているのかさっぱり分からなかった。
「オーロ様がお目覚め次第、相談するわね」
「あ、うん」
何を言っているのか分からない以上、うかつに制止するのも危険だとヴェルデは判断する。
黙って彼女を見送ってから彼は天をあおいだ。
「一事が万事この調子なのは、いったいどういうわけだなんだ?」
天におわす神々のいたずらだろうかとさえ思えてくる。
彼のような小物に何かを仕かけるほど天の神がひまだとは、とうてい信じられないのだが。
答えが返ってくるわけでもない。
ヴェルデは再び瞑想に戻る。
起き出したオーロが服を着替えたところで、ぺスカは笑顔で言った。
「オーロ様、船という手がございました」
「うん? あっ」
オーロも決して愚鈍ではなく、彼女の言葉ですぐに分かる。
「ヴェルデ殿はさすがですよ。私が相談しに行くと、すぐに川の方を見たのですから」
ぺスカの報告に王女はなるほどとうなずく。
「そう。ヴェルデは出立する時に、すでに考えていたのね。ここから王都へは下りだから速度が出せると。だからこのあたりで宿をとろうと言ったんだわ」
「まことにヴェルデ殿の鬼謀、空恐ろしいかぎりですね。お味方でようございました」
とぺスカはしみじみと言う。
ヴェルデ本人が聞けば「何の話だ?」と仰天しそうな会話が続く。
彼は腹が減っていたからこの宿を選んだだけだ。
川がすぐ近くで流れているなど、今日初めて知ったのである。
「いつまで味方でいてくれるかしら」
オーロは不安そうにつぶやいた。
「ヴェルデ殿は剣の腕は武神のごとく、鬼謀は知恵の神のごとくですものね」
ぺスカは彼女の心配に共感する。
「けど、だからこそ大丈夫だと思いますわ」
彼女はオーロをはげますように言った。
「どうして?」
「彼ほどの傑物が、失礼ながらオーロ様のような立場の方につく理由など、義侠心以外にあるでしょうか?」
「それは……そうね」
オーロはぺスカの言葉が正しいと感じる。
彼女は麗しい容姿をしているが、ヴェルデはあまり興味がなさそうだった。
立場が悪く報酬の支払い能力もあまりないのだから、これも理由にならない。
そうだとすれば彼女の立場に同情し、憤慨してくれているということだ。
「そんな立派な人物なら、不安を見せないようにしなきゃね」
「ええ。安心して頼ったほうがよいと存じます。そのほうが彼も燃えるでしょう」
二人は確信し、微笑み合った。




