移動
3回目の更新です
「さて、馬をどこで手に入れようかしら」
屋敷を出たところでオーロが思案を口にする。
彼女は当然のごとく徒歩での移動に慣れていない。
移動とは馬や馬車でやるものなのだ。
乗馬に関しては王侯貴族のたしなみである。
「普通の方法で馬の調達はやらないほうが無難でしょうね。オーロ様のお命を狙う者の裏をかくくらいでなければ……」
ぺスカはそう言ってちらりとヴェルデを見る。
何かいい知恵がないかとすがる気持ちだった。
見られたヴェルデは困惑する。
「歩いていかないのです?」
何故ならば彼は馬に乗ったことなど一度もない。
とてもではないが乗れるとは思えないのだ。
何とか他の手段はないのかと彼は彼ですがりたいくらいだったのである。
「あっ」
と声をあげたのはオーロだった。
「その手があったわね」
彼女はにんまりと笑う。
「わたくしが徒歩で移動するなんて、まさか敵は思わないでしょう」
「そうでした!」
ぺスカはようやく理解し、その瞳を輝かす。
「さすがヴェルデ! 最高のアイデアよ!」
「これからも頼りにさせてね、ヴェルデ殿」
二人の少女に笑顔で礼を言われてヴェルデはまごつく。
だが、馬に乗る展開を避けられそうだったため、ここは否定しないでおこうと考える。
「や、役に立てたのなら何よりです」
苦しまぎれの言葉だったが、二人の少女は彼が照れているのだと解釈した。
「馬車で十日だから……二十五日くらいを見ておこうかしら。オーロ様は歩き慣れていらっしゃらないし」
「そういうぺスカは訓練を受けた経験があったわね」
ぺスカに対してオーロは少し残念そうにする。
というよりも自分が足手まといになるのが悔しそうだった。
「歩き慣れていない人が二十日も歩くのは無理か……」
ヴェルデはちょっと不安になる。
相手が村人ならば「甘えるな」と叱ることもできるが、オーロは王族で現在の雇い主だ。
うかつなことを言えばクビになってしまう。
(何か他の手を考えたほうがいいかも)
と思ったものの、さっぱりいいアイデアは浮かばない。
もともと彼に頭脳労働は向いていないのだ。
……何の因果か、オーロたちには賢者扱いされてしまっているが。
(実はそこまで大したことないと分かってくれたらいいんだがなあ)
評価されるのはうれしいが、過剰評価は心臓に優しくない。
適正なものをぜひともお願いしたいところだ。
そういう意味ではここでいいアイデアが浮かばず、評価を下げるというのは一つの手段だろう。
(でもなあ)
と彼はためらった。
歩き慣れていないと分かっているオーロを、そのまま歩かせるのはどうかと思う。
ワガママな王女がちょっと苦労するくらいならばいいかもしれないが、彼女は別に性格が悪いわけではなさそうだ。
それに命を狙われているのも気の毒である。
(本人が悪いならともかく、王位けいしゅ? ……王になる権利を持ってるってだけだもんなあ)
王の子として産まれたら命を狙われるとは、ヴェルデにとっては理不尽きわまりない。
そういう意味で彼女には同情的だし、できるかぎり守りたいという気持ちはある。
(言葉にするのは照れくさいし、まだ知り合ったばかりの男に言われて信用するほど、二人はお人好しじゃないだろうしなあ)
彼女たちが自分を持ちあげているのは、きっと他に頼りになる存在がいないからだ。
(賢者賢者と言っているのは、もしかして苦肉の策なのかもな)
それだったらあまり否定しないほうがいいだろうか。
煽てられていい気になっていると思われたほうが、二人は安心するのではないだろうか。
ふとヴェルデはそのようなことを考える。
(上手いこと煽てていいように利用しようって奴は、本当は大嫌いなんだが……この二人の場合、同情の余地がありすぎるしな)
理不尽に命を狙われ、生き残るために必死になっているだけだ。
操られているフリをするのもいいだろう。
(もちろん、給金をもらえたらの話だが)
利用するだけ利用して、払うべき報酬を払ってくれないとなれば、そこはもう同情する気はない。




