出立
「オーロ様。あとのことは公爵に任せ、私たちは出立いたしましょう。おそらく王宮のほうが安全でございましょう」
とぺスカが提案する。
「分かったわ」
オーロは素直にうなずいた。
王宮が安全だと彼女は思わないが、ここよりはマシなのも事実だろう。
「で、殿下」
慌てたのは公爵である。
彼の面目は完全につぶれてしまっているのに、ここで王女がいなくなれば挽回もできない。
「お前の言うことに聞く耳など持たないわ」
オーロは冷ややかに切り捨て、ヴェルデに美しい青い瞳を向ける。
「ヴェルデ、行くわよ」
「分かりました」
ヴェルデに異論はない。
この場にずっと手持ちぶさたでいるよりは退屈しないだろうと、のんきなことを考える。
「どれくらいかかりますか?」
「馬車で十日くらいよ。その間、護衛をお願いね」
ぺスカが主人の代わりに答えた。
「了解」
「お、お待ちください! たった三人で行かれるおつもりですか!?」
公爵の意見は無視される。
(この人、本当に偉い貴族なのかな)
とヴェルデは内心疑問に思う。
貴族は貴族として生まれた時点で偉いのだ、という故郷の村人の皮肉を思い起こさずにはいられなかった。
「ヴェルデ殿、ところで荷物は?」
「これだけだよ」
ぺスカの問いにヴェルデは腰にさしてある木刀を撫でる。
「……賢者は荷物など持たずとも困らないということか」
「いや、それはないだろう」
とうとう我慢ができなくなり、彼は彼女の言葉を否定した。
困らないのであれば昨日すんなりと宿を見つけられたはずである。
結果的にこの屋敷に入れてもらえたが、あくまでも幸運の賜物だろう。
「別に謙遜しなくてもよいと思うのだけど」
ぺスカが怪訝そうに言うと、オーロがくすりと笑った。
「違うのよ、ぺスカ。彼はただ驕っていないだけ。自分の能力が及ばない可能性を常に考慮しているのよ」
「なるほど! そういうことでしたか!」
王女の意見に彼女は合点がいったと手を叩く。
「だから違うって……」
壮絶な勘違いをしているらしい王女にヴェルデは抗議したが、相手にされない。
「そういうことにしておきましょう。あなたがそう言うなら」
「分かっている」と笑顔で言われたが、彼は「絶対に分かっていないだろう」と言いたかった。
言ったところでまともに受け取ってもらえない未来が目に見えていたため、長々と息を吐き出して終わる。




