毒味
朝食の会場は百人くらいは入れそうなくらい広かった。
最上席にオーロがつき、隣でぺスカが給仕するのだが、オーロはベルデを呼ぶ。
「あなたも近くに座りなさい」
「お、オーロ様……その者は平民ですが?」
王女の叔父に当たる男がぎょっとした声で制止する。
「昨夜の礼も兼ねてよ。非公式の場なのだから、融通を利かせない」
オーロは冷たい声で言う。
昨夜のことを持ち出されると、彼女を守るべき立場でありながら守れなかった者たちは弱い。
「わ、分かりました」
叔父はしぶしぶ引き下がる。
(本当に王女様は敵だらけなのかなぁ?)
とヴェルデは疑問に思う。
本当に敵ならば彼女の意向が採用されたりするのだろうか。
平気で無視されるのではないかと彼は考える。
「敵だからこそ、表面上は従順になる」という貴族的な思考と、彼は無縁だからだ。
のん気なことを考えているのは彼一人で、オーロとぺスカは神経を尖らせている。
表に出さない腹芸ができるくらいは、彼女たちもこの国の支配階級だった。
運ばれてきた朝食は野菜のテリーヌ、透き通ったスープに白くてやわらかいパン、魚の蒸し焼きとヴェルデが今まで見たことがないものが並ぶ。
(世の中にはこんな食べ物があったのか!)
彼は感動し目を輝かせる。
貴族はいい食べ物を食べているらしいと聞いたことはあったが、実物を見るのは今日が初めてだった。
食器に銀を使われているのも同様だったが、彼は食べ物のほうに意識を奪われていて気づかない。
「ヴェルデ、毒見がわりにわたくしの分も少し食べていいわよ」
彼の様子を見て取ったオーロが、微笑とともに話しかける。
「ありがとうございます!」
ヴェルデは「一生この人についていこう」という勢いで礼を言う。
そんな彼の態度にぺスカとオーロは笑いをこらえるのに必死になった。
呆れたのは他の人たちで、苦虫を噛みつぶしたような顔をする者が多い。
何も言わなかったのはどうせ聞き入れられないだろうと思ったからだ。
ヴェルデはまずスープを飲み、周囲の失笑を買う。
このような食事形式の場合はまず最初にテリーヌを食べるものだ。
マナーを一切知らない田舎者は王女の恥にもなる。
自分たちのことを信じず、どこの馬の骨かも分からない田舎者を重用した結果で、いい気味だとすら思う。
オーロとぺスカは事前に覚悟していたため、動揺は少なかった。
(後で教えなきゃ)
と考えはしたのだが。
他の反応を気にせずヴェルデは魚を手に伸ばそうとし、その前にいきなり席を立ってオーロに近づく。
そして彼女の前に置かれているスープにスプーンを入れる。
「なっ?」
「ばっ?」
オーロとぺスカはここにきてようやく動揺した。
いくら何でも非常識にもほどがある、許せない行為だったのである。
しかし、ヴェルデはスープをひと口飲んだところで、顔を背けてぷっと吐き出す。
「変な味がする」
彼の言葉を聞いてぺスカとオーロは先ほどとは別の意味で顔色を変える。
「まさか? 毒か!?」
ぺスカの声にこの屋敷の主人が立ち上がった。
彼の顔色は真っ蒼になっている。
「ま、まさか、そんな……」
彼はすっかり動転しているようで、何も知らない可能性が高いとオーロは判断した。
ただ、だからと言ってなかったことにはできない。
「ヴェルデが最初にスープを飲んだのは、わたくしのスープに毒が入れられている可能性が高いと判断したからね」
とオーロは言い出す。
「えっ?」
ヴェルデの間抜けな声は「おおっ」という声にかき消されてしまう。
「ヴェルデのおかげでわたくしはまたしても命拾いしたというわけね」
「何に毒が入っているのか、普通では分からなかったはず。……そう、ヴェルデ殿以外には!」
オーロの言葉に呼応する形でぺスカがヴェルデを持ち上げた。
(いや、偶然だよ!)
ヴェルデはそう否定したい。
しかし、「王女の命を救えたのは運がよかっただけ」と言ってもいいのだろうか。
本当ならば正直に打ち明けるべきだ。
彼がためらったのはまだ自分が王女の仲間になったばかりだという境遇が理由である。
(いきなり死なせてたかもしれないってヤバいよな……?)
王女を死なせたら重罪らしいということは、昨日のやりとりで何となく分かっていた。
彼はまだ死にたくないと思い、自分の手柄扱いされることを受け入れる。




