旅立ち
ヴェルデは父から剣を学び、十三歳で父よりも強くなった。
その後三年、修練を重ねた彼に父は言った。
「都にのぼって仕官の道を探してみたらどうだ? お前ほど強ければ、兵士にはなれるだろう」
この提案に彼は目を丸くしたものの、ほどなくしてうなずく。
都というところに若者らしい憧れはあったし、自分の腕を試してみたいという気持ちもある。
「強ければ給金のいい仕事にありつけるのかい?」
大切な点を彼は確認した。
「兵士になれば、食うのに困らんよ。騎士になるのは難しいだろうが、もしもなれたら兵士の何倍もの給金が出るそうだぞ」
伝聞系になってしまったのは、父親は元兵士であって騎士ではないからである。
「ただまあその分物入りらしいが……」
言葉を濁してきちんと説明しなかったのは、どうせ息子は最後まで話を聞かないと判断したせいだ。
「ほれ、路銀だ。片道分しかないから大切に使え」
父は革袋に銀貨を詰めて、ヴェルデに手渡す。
「ありがとう。親父」
「ひと旗あげるまで帰らないと思うなよ。取り返しがつかなくなる前に帰って来い」
父は緑色の瞳に心配そうな色をたたえてヴェルデを見やる。
「うん。無茶はしないよ」
と彼は約束したが、父親に安心した気配はない。
「じゃあ行ってくる」
何と彼は着の身着のまま、しかも手ぶらで家を出た。
「ああ、だから言わんこっちゃない……」
父は早くも息子を送り出したことを後悔しながら後ろ姿を見送った。
ヴェルデが住んでいるのは辺鄙な田舎にある、小さな村である。
彼は今まで畑仕事はロクにしたことがない。
と言うのも、父は元兵士であり、腕を見込んで田畑を荒らす害獣を追いはらう役目を請け負っていたからだ。
最初はごく潰しと思われていたヴェルデが、実は父以上の実力を持ち、イノシシやクマを剣一本で仕留めてしまうと分かってからは、非常に重宝されていた。
彼がいなくなってしまうと、村の防衛戦力が低下してしまう。
しかし、クマやイノシシなど滅多に出るものではなく、大概はヴェルデの父ひとりで充分だった。
だからこそ、村人たちは残念そうにしながらも彼を送り出してくれる。
「ヴェルデって腕は立つが、頭はよくないからな……悪い奴に騙されなきゃいいんだが」
「あの強さを見たら、騙した方が腰を抜かすさ」
「その方が平和でいいな。あいつが怒ったら血の雨が降るだろうしな」
「狼の群れをひとりで撃退したのはすごかったよな」
「途中で逃げ出さなかったら、普通に全滅させてたよな」
「人間って剣一本あれば狼の群れでも何とかなるんだな」
「それはたぶんヴェルデだけじゃないか?」
「分からんぞ。国は広いし騎士様は強いらしいから、ヴェルデみたいなのがいるかもしれん」
ヴェルデの父は村人たちの会話を聞き、「ヴェルデくらい強い奴がザラにいてたまるか」と思ったが、黙っていた。
そんな噂を背にヴェルデはのんびりと都を目指す。
(都ってどっちに行けばいいんだっけ? まあ誰かに聞けばいいか)
と無謀なことを考えながら。