4−2:
勇介が現われたのは、森の中だった。門の仄かな輝きで、それだけはすぐに見て取れた。だが、境界の鉄条網も、また地面にもおそらくはその作業以前から踏み荒らされていたはずの様子は見られなかった。
「明後日の方向に出たか、まだ充分に境界の内側か、それとも境界を飛び出したか」
勇介は星空を見上げた。今、西を向いていることだけは確かだった。
「消えよ」
振り向くと、そこに輝いていた門に指弓を当て、消した。
改めて西を向くと、やはり掌を前に伸ばして勇介は言った。
「ありて、写せ」
門と同様に輝く円が現われた。ただ、いつもと違うのは、円の中も仄かに輝いていたことだった。
「仄かに輝きてあれ。あれ。あれ。あれ。あれ」
一定の間隔を意識しつつ四っつの門を開き、五つめの門を開こうとしたときだった。勇介の右手の掌に鋭い痛みがあった。
「まだ内側だったか」
勇介は右手を振り、痛みも振り払おうとした。
「合わせて五つ」
そう言ってから、勇介は目の前の輝く門に入って行った。
最後に開いた門から、勇介は現われた。
「仄かな輝きのみあれ」
また星空を見上げ、西に向いていることを確認すると、勇介は歩き出した。勇介の右手の人差し指の上には、輝きのみあった。
木々や下生えに邪魔をされつつも十間†ほど歩くと、鉄条網に行き当たった。
「丁度この先で門が開くはずだったんだが」
右へ、左へと勇介は首を回した。かろうじて見える範囲に亘って鉄条網が張られていた。
勇介は二歩下がり、鉄条網の先に掌を向けて言った。
「あれ」
先程と同じ痛みが、勇介の右手の掌にあった。
「これは陰陽寮か? 千年遠ざけるだけだったのに? 西洋の法によるものか」
呟きとは異なる考えが勇介の頭を占めていた。宿儺の民の内通者。いや、内通者と呼べるような小物ではない。総領自らによるものか。どの程度の関わりかはわからないが。宿儺の民の力をすべて明らかにしたのであれば、宿儺の民は封じ込められたことになる。海路という手は残っているのかもしれないが。それでも把握されていることに変わりはない。
「総領、あんたはそこまでして地が欲しいか」
それは、この一週間でできることではない筈だった。地震と富士の噴火の予兆以前からの時間が必要な筈だった。そうだとしたら、いつからだったのか。総領に、おやっさんと同じ先見の力があると聞いたことはなかった。おやっさん以外にも先見の力を持つ民はいるだろうが、それらの民を抱え込んだという様子も見えなかった。ならば、総領も先見の力を持っている可能性を考慮する必要があるだろう。
だが、この門の力はわかってはいまい。おやっさんも、「久しぶりだし、当分はお前だけだろうよ」と言っていた。仮に総領と対峙することになっても、なにが起きるかは見えもしまい。「お前のは、傍から見りゃぁただの輪っかだからな。輪っかの内側で挟まれても、なにも起きないように見えるのよ。俺の先見、遠見、後見でもよ」おやっさんは、そうも言っていた。
そうであるなら、総領と対峙することになったときには、そのように見えていることだけが希望になるように思えた。
勇介は右手の掌を閉じ、輝いていた光を消した。
「消えよ」
また指弓を弾き、この地に来てから開いた門も閉じた。
「あれ」
右手の掌を前に出し、勇介がそう言うと、輝く円が現われた。向きを変え勇介は言った。
「我が地にあれ」
目の前の円がかすかに揺らいだ。
その円に勇介は踏み込み、そして事務所に現われた。
† 間 (けん): 一間は、だいたい一尋と同じくらいの長さです。尋は、ここでは上下方向、間は前後左右方向として使っています。