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祭 [MATSURI]  作者: 宮沢弘
第四章: 震災後1
8/26

4−3:

 翌日の昼、小村少年はまだ現われていなかった。

「こりゃぁ女将さんに捕まったな。出かける前に紅茶を飲みたかったが」

 すこしばかり落ち着かない様子で勇介は呟いた。

「仕方がない」

 勇介は書斎机の向こうから立ち上がり、入口脇の上着掛けから帽子を取ると頭に載せ、事務所を後にした。


 銀座の町並みは意外とも思えるほどに変わっていなかった。すくなくとも、すべてのビルディングが崩れたわけではなかった。だがそれは表通りに限ったものでもあった。すぐ裏手の、昔ながらの建物の多くは崩壊し、火が出た跡も散見された。

 勇介は北東を、浅草の方角に目をやった。おやっさんは無事だろうか。体調は快復傾向にあったとのことだが。避難できただろうか。

 いくつかの角、あるいは角の跡を勇介は曲り、早くもバラッケが建ち並び始め、市が開き始めている一角へと入って行った。バラッケの通りから横に、さらに裏通りへと足を向けた。

 この通りにもバラッケが建ち並び始めていた。先程の通りほどには見栄えを気にしていないようだった。そこには、バラッケの中で雨露をしのいでいる人びと、バラッケの前や間でコートや(みの)を被り座り込んでいる人びとがいた。

 このもうすこし先に大野氏がいるはずだった。

「大野さん」

 勇介が見つけた大野氏は、丁度立ち上がり、コートの襟を両手で持ちバサバサと埃を払っていた。

「あんたか。俺は失踪した。そう報告しておいてくれと頼んだ筈だが」

「そうも行きませんよ。見つけてしまいましたから。それに……」

「あぁ、あれだろ。あれは使わないよ。あんたと違って、使い方もわからんからな」

「その状態が危険なんです」

 勇介はジャケットのポケットから煙草と燐寸(マッチ)を出し、大野氏に向けて差し出した。大野氏は煙草に火を点け、深く一服した。

「危険? 自分で思うように変異もできないのに?」

「えぇ。その状態では、他人によって変異させられてしまうかもしれませんし。大野さん自身でも意図せず変異するかもしれません。そうなった場合…… 地震の前から新聞に載っていたでしょう? 加害者であれ被害者であれ、いずれにしても望ましい結果にならないかもしれません」

 勇介は煙草と燐寸(マッチ)をポケットに収めた。

「そうはならんさ」

 大野氏はもう一服した。

「では、私以外の誰かから、それに関係して接触はありませんでしたか?」

「あんた以外から?」

「えぇ」

 大野氏は深くもう一服し、煙を吐き出すと、煙草を落し靴で踏んだ。

「ないね」

「では、そうはならないと思うのはなぜですか?」

「まぁ、ただなんとなくだな」

「なんとなくという以上の根拠があるように見えますが」

「まぁ、なんとなくはなんとなくだ」

 勇介は一旦沈黙した。

「そうですか。接触があったんですね。でしたらなおのことです。こちらに来て、信用できる人物から訓練を……」

「俺が誰に着こうと、俺の勝手だろう!」

 大野氏は声を荒げた。その声と同時に、勇介の足元に落雷があった。

「自分の意思で変異できないというのも嘘ですね」

 自分の足元に目を落とし、勇介は呟いた。

「そうだな。尋常じゃぁない。雷ならあんたに落ちてた筈だ」

 そう言う大野氏は、歪んだ笑みを浮かべていた。

「どうしても、こちらには来れませんか?」

「あんたの力は聞いている。光る輪っかを出せるって? それで俺をどうこうできると思っているのか?」

 その言葉とともに、大野氏を薄い闇が包んだ。闇は去る前に輝き、その後には異形が立っていた。

「これでもか?」

「どうにかできるんですよ。むしろ、その異形の方がやりやすい」

 その応えを聞くと、異形は笑っていた。

「ここにあれ」

 勇介は両手を左右に広げて言った。

「なにをした?」

 異形は左右を見渡したが、なにかが変わったようには見えなかった。

「見られると厄介ですからね。地にあれ」

 その言葉に応え、地面に輝く円が現われた。

「聞いているぞ。次は上だ」

「天にあれ」

 勇介は上を指差して言った。

「ほらな。それでどうする? なんかやってみなよ」

「門よ閉じよ」

 異形の上にあった輝く円が下り始めた。

「なんにもならねぇ。どうにもできねぇ。あんたの力はそんなもんだ」

 その言葉が終わると同時に、上にあった円は大野氏だった異形の頭にかかり、そして地面へと飲み込んでいった。

「消えよ」

 勇介は言葉とともに指弓(ゆびゆみ)を弾いた。かすかな輝きとして地面に残っていた円が消え、そこには異形も大野氏もいなかった。

 勇介は数歩下がり、そこに座り込んでいた男性に訊ねた。

「今、見たことを教えてくれませんか?」

「見たことって。そりゃぁ、あんたと話してた奴が鬼になって…… そんでどっかに行っちまった」

 勇介は振り返ると、そちらに座り込んでいた男性にも訊ねた。

「あなたが見たものは?」

「お、鬼が雷、撃ってよ。それがあんたに当たったように見えたんだけど。どっか違うみてぇだよな。あんだは、こうやって俺の目の前に立ってるんだからよ」

 勇介はふうと息を吐いた。

「探偵にご協力いただき、ありがとうございます」

 そう言って、このバラッケの奥の、その向こうへと勇介は歩き始めた。


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