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事務所に戻った勇介だったが、小村少年の姿はやはりなかった。
「本格的に女将さんに捕まったか」
小村少年が世話になっている下宿の女将は、震災以後炊き出しをやっていた。下宿ということもあり、米もある程度持っていたのだろうが、こう何回もできるほどだったとは思えない。ただの下宿の女将というわけではなく、どこかにつてを持っているのだろう。
勇介は入口から入ったところに立ったまま、天井を見上げた。
「屋上の蒸気に火を入れるか」
大野婦人が来るまでには何日かあるだろう。路面電車が復旧する頃だろうか。だが、その復旧には随分時間がかかるように思えた。あるいは俥で来ないとも限らないが。
「いや、小村少年がいないと蒸気の火の加減が」
すくなくとも何回も屋上まで上がったり下りたりすることになるだろう。だいたい圧が高まり発電器を回せるようになるまでにも時間がかかる。
「まぁ、いい。やってやろうじゃないか」
そう呟くと、事務所から出て、屋上へと向かった。
炭小屋には、充分な炭が置かれていた。炭小屋の脇の貯水槽にも、充分な水があるように思えた。
勇介は炭を何本か掴み、炭小屋の一角にあった焚き付けも掴んだ。
蒸気機関に向かうと、釜を開け、焚き付けを置き、その上に炭を組んだ。焚き付けに燐寸で火を点け、火が炭に移るのを待った。
炭に火が移ると勇介は貯水槽に戻り、脇に置いてあったバケツで何往復かし、蒸気機関のタンクを水で満たした。
炭小屋から炭を一抱え持ち、また火かき棒も持って蒸気機関の釜の前に戻ると、火が移った炭を釜の奥に押しやり、抱えてきた炭を釜に放り込み、また奥へと押し、形を整えた。
もう一往復し、充分な火力になるだろう程度に、釜に炭を放り込んだ。
事務所に戻った勇介は書斎机の椅子に腰を下ろし、机の上にあったパッドと万年筆を取った。解析機関に打ち込んでいた、大野婦人への報告書はどこまでだっただろうか。また、報告書とは別に打ち込んでいた顛末はどこまでだっただろうか。
勇介は万年筆のキャップを外し、万年筆を一振りすると、ともかく顛末をメモし始めた。それは、あまり気の進まない記録でもあった。
顛末のメモをともかく終えると、勇介はまた屋上へと向かった。圧は、発電機を回せる程度に高まっていた。
蒸気機関と発電機との接続を確かめると、ギア比を低く設定し、勇介は弁を開いた。発電機が回り始めるのを確認すると、勇介はギア比を高めた。
事務所に戻り、入口の右手にある部屋に入ると、屋上の発電機からの送電に切り替え、電圧と電流を確認した。充分な電圧と電流が供給されていた。勇介は蓄電池への接続に切り替えた。
脇にある算譜カードから起動のカード群を取り出し、解析機関に読み込ませる準備をすると、解析機関の起動釦を押した。解析機関が動き始め、カードの読み込みが始まった。
他にある読み込み器に、別の算譜カードを置き、勇介はやっとその部屋から出た。
書斎机の前に立ち端末を見ると、起動ステージがタイプされ始めていた。最終ステージのタイプが終わると、勇介は先程置いた別の算譜カードの読み込みと、その起動をタイプした。端末には、新たにそのカードの起動ステージのタイプが始まった。
その最終ステージのタイプが終わると、勇介はまた屋上に向かい、蒸気機関の窓からまた十本ほどの炭を放り込み、そして事務所に戻った。
そうして、やっとのことで、メモを元に大野婦人への報告書のタイプを始めた。