5−1:
「先生!」
朝の十時ころだった。入口の扉が勢いよく開くと同時に、小村少年の元気のよい声が事務所に響いた。
「先生?」
事務所を見渡した小村少年は、水回りの、まずは簡単な台所へと向かった。そこには水瓶、そして簡易的に作り直された竃があった。
台所の窓側にある扉のノブに手をかけると、小村少年はまた勢いよく扉を開いた。
「先生!」
その部屋には簡単な書架や机があり、またベッドから起き上がろうとしている明日勇介がそこにいた。
「なんだね、小村少年」
少年は部屋に進むとベッドの脇に立ち、一葉の葉書を勇介に差し出した。
「先生、郵便ですよ!」
「郵便? また誰かが勝手に入れていったものじゃないのかね?」
欠伸をしながら勇介は答えた。
「違いますよ。たぶん」少年は葉書の隅を指差した。「消印があります」
「どれ」
勇介は少年の手から葉書と、もう一枚の紙を受け取った。
「確かにあるな」
勇介は葉書の裏を見た。
「これで新聞、一部地域の電気、そして郵便が回復したのか。まぁ、これを新聞と呼べるならだが」
少年が持っていたもう一枚の紙を、勇介は見た。それは解析機関による処理が入った様子のない、ガリ版印刷によるものだった。
「駄目になったり、復旧したり、また駄目になったり、また復旧したり。そういう人たちが頑張っていることはわかるが」
勇介はカーテンで隠れた窓へ、外へと目を向けた。
「まぁ、以前どおりに復旧するのは、まだ時間がかかるか。あるいは、それは無理かもしれないが。新聞社の解析機関はダメージが大きかったと聞くからな。解析機関の入れ替え、あるいは部品の交換でもできるようになるのかどうか」
勇介は不意に小村少年に目を戻した。
「小村少年。君はこの地から避難することは考えないのかね? その気があるなら、手筈は整えられると思うが」
「それは、」小村少年は応えた。「隔離範囲は広いと聞きますし。その外でも親族がいるとは聞いていませんし」
「なんなら、それも探偵してやるが?」
「いいえ」小村少年は首を横に振った。「両親の出身地がどこかも知りませんし。なにしろ駆け落ちですか? それ同然で結婚したと聞いています」
「それくらいなら」勇介が応えた。「戸籍で簡単にわかるが」
その応えを聞いても、小村少年は首を横に振った。
「まぁ、だとしたら勘当されているかもしれないからな。君が望まないなら、当面は女将さんのところで世話になりなさい」
「はい」少年は元気よく応えた。「それでは、竃に火を入れてきます」
「あぁ。竃もなぁ。瓦斯も復旧してくれれば助かるが。それは電気より手間がかかりそうだ」
小村少年は頷くと、部屋から出て言った。
勇介は簡単に新聞に目を通すと、葉書に目を移した。
「宿儺文字か。総領から俺への文句。まぁ、あるだろうな。X日後に青梅にて」
勇介はベッドから出ると、葉書を机に放った。
クローゼットを開くと、そこには同じような洋服が並んでいた。黒いシャツ、赤いネクタイ、深い灰色のスーツ。クローゼットの前には黒い革靴が置かれていた。
それらに着替えると、勇介は机の上にある手帳を開き、予定を確認した。
「面会はなし。当面はいくつかの探偵だな」
そう呟くと、手帳をジャケットの内ポケットに収めた。
その頃には、炭に火が着いた匂いが漂って来ていた。