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祭 [MATSURI]  作者: 宮沢弘
第五章: 震災後2
4/26

5−2:

「大野さん、いらっしゃい」

 勇介はやって来た婦人にソファーを勧めた。洋装の、落ち着いてはいたが、今どきのモガと呼べそうな女性だった。

「それで、主人の行方は……」

 ソファーに腰を下した女性はクロッシェとハンドバッグを膝に置き、さっそく本題を切り出した。

「そうですね、一先ずこれが最終の報告になりますが」

 書斎机の上から、綴じられた資料を一つ手に取ると、応接テーブルに戻り、向かいのソファーに腰を下した。資料の最後のページを開き、女性に向け、内容を示した。

「つまり、その…… 怪異によって消えたということですか?」

 示された資料に目を通し、ページを前へと繰ると、女性は言った。

「えぇ。正確には、怪異によって消えたのか、怪異によって亡くなったのか、それとも……」

「それとも?」

 女性は資料から顔を上げ、勇介の顔を見た。

「それとも、ご主人自身が怪異となったのか。あるいは鬼を含む(あやし)になったのか」

「主人が怪異に……」

 丁度小村少年が紅茶を持って応接セットのところへとやって来た。小村少年は二人の前にカップを置き、勇介の前に砂糖壺とティーポットを置いた。

「帽子を預かりましょうか?」

 女性の膝の上を見た小村少年は訊ねたが、女性はただ首を横に振った。少年は、一礼すると下がって行った。

「えぇ。その可能性も残ります」

 勇介は女性の前のカップに紅茶を注ぎ、自分の前のカップにも注いた。

「砂糖が必要でしたらどうぞ」

 女性は匙に二杯の砂糖を紅茶に入れた。

「どういう怪異だったのかはわかりますか?」

 紅茶の中で匙を回し、砂糖を溶かしながら女性が訊ねた。

「そこのところはあまりはっきりしておらず……」

 勇介は最後の一ページ前にページを戻した。

「最期を目撃した複数人の証言が食い違っていましてね」

 その複数の証言の部分を、勇介は指差した。

「光に包まれたと思ったら消えていた…… 鬼になったかと思うと飛んで行った…… 鬼がやって来て主人を殺した…… こんなに証言が食い違うものなんですか?」

「う〜ん」勇介は紅茶を一口飲んだ。「怪異が関係していると、このように食い違うこともあります。珍しいとも珍しくないとも言えます」

 女性も一口紅茶を飲んだ。それは紅茶を飲むために飲んだのではなく、少しばかり考える時間が必要だからのように見えた。

「これでは、同じところを見た証言だとは信じられません」

 カップを皿に戻すと、女性は勇介の目を見て言った。

「でしょうね。私も怪異が起きるようになった当初は同じように思えました」

「でしたら……」

「でしたら?」

 女性は勇介の目を見たまま、一瞬沈黙した。

「でしたら、明日(あした)先生がそれに慣れてしまい…… こう言うのは失礼とは存じますし、お気を悪くさらないといいのですが。慣れてしまい、そこで探偵を打ち切ったようにも思えますが」

「そう思われるのも当然でしょう」

 両手を広げて、勇介は答えた。

「そう思われても、気を悪くはしません。むしろ大野さんがご主人を想っているということだと思います」

 勇介は手をベルトの前で組んだ。

「ですが、現在できる探偵はここまでです。ここから更に進めるとなると、怪異関連の案件として別料金を頂きますが。あるいは他の探偵を紹介することもできます」

 女性は、また黙って紅茶を一口飲んだ。

「いいえ。明日(あした)先生以上の先生はおられないでしょうし。別料金で、引き続き探偵をお願いいたします」

 そう言うと、女性はハンドバッグから封筒を取り出し、テーブルに置いた。

「これまでの探偵に充分なだけ入っているはずです。もし足りなければ、また後程伺った時に請求していただければ」

「わかりました」

 勇介は封筒には手をつけずに応えた。

「では、少しお待ち下さい。現在の報告書を印刷しますので」

 勇介は立ち上がると、奥に顔を向けた。

「小村少年、大野さんのご依頼の報告書を印刷してくれ給え」

「はい、今、行きます」

 奥から少年の声が響いた。それに次いで足音が、そして小村少年が現われ、書斎机の上の端末に向かった。少年がタイプをすると、書斎机の横にある高級出力機が小さくはない音を立て、報告書の印刷を始めた。

「先生の所では解析機関が今も動いておいでなのですか?」

 婦人は驚きを隠さず訊ねた。

「えぇ。よく言われているでしょう? 小型の方が地震には強かったと」

 婦人は頷いた。

「簡易解析機関もあの少年が持ってはいますが、それよりは大きなものです。別段、地震と富士の噴火を予想していたわけではないのですが。簡易解析機関がガラスケースに収まっているなら、事務所のものもそうしようと思い。ついでに新聞社などが使っている解析機関の設置には耐震もされていると聞いていたので、そうしておいたというわけです」

「探偵らしい対処をなさっていたのですね」

「そう言ってもらえると……」

 その間に印刷が終わり、パンチをすると小村少年は表紙で挟み、綴り紐で綴じた報告書を勇介の前に持って来た。

「あぁ、ありがとう」

 勇介は報告書を受取り、そのまま女性へと差し出した。

「現状での報告書です。これ以後については、他の方の用件もありますので、すこし時間を頂きます」

 女性は報告書を受取ると、立ち上がり、一礼をした。

明日(あした)先生、よろしくお願いします」

「えぇ。最善を尽くします」

 もう一度礼をすると、女性は立ち去って行った。それを見送った勇介の表情には、なにか影があるように見えた。


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