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祭 [MATSURI]  作者: 宮沢弘
第五章: 震災後2
3/26

5−3:

 その男は、先程までの来客からの依頼の顛末の最後をタイプしていた。そのタイプに合わせ、事務所のどこからか、解析機関の動作音が静かに響いていた。

「おう、勇介はいるかい?」

 事務所の入口が開くと、張りのある声とともに一人の老人が現われた。和服に襟巻、ハンチング帽に身を包み、杖を手にしてはいた。全体的に茶色の小柄の老人だった。

「先生でしたら、あちらに。予約はありますか?」

 丁度入口のそばにいた少年が駆け寄り、訊ねた。

「なんでぇ、俺が勇介に会うのに予約なんてぇのが必要だって言うのかい?」

 書斎机の向こうで、男はファイルを閉じる操作をし、立ち上がった。

「小村少年、その方はいいんだ」

「おう、俺ぁいいんだよ、少年」

「そうですか。では帽子を預りますが」

 小村少年は、両手を老人に向けて出した。

「帽子かい? ほらよ」

 老人はひょいっと帽子を取ると、少年の手に乗せた。少年はその帽子を上着掛けに掛けた。

「はぁ、そいつぁ、そういう物だったのかい。えらく珍妙なものがあるたぁ思っちゃいたが。それじゃぁ、襟巻もいいのかい?」

「えぇ、もちろん」

 老人は襟巻をすっと取ると、少年が出していた手に乗せた。少年が襟巻を上着掛けに掛ける所作を、老人は頭の先から手の指の先、そして爪先まで眺めていた。

「おうおう、勇介にお稚児趣味があったとは知らなかったぜ」

「いや、おやっさん。小村少年はそういうのではなくて……」

「いいっていいって。お稚児趣味なんざ珍しくもねぇ」

 老人は事務所を見渡した。

「こうやって城をもってるとなりゃぁ、なおさらってもんだ」

 老人は、じっと少年の目を見た。

「少年、勇介にはかわいがってもらってるかい?」

「はい。先生にはよくしてもらっています」

「小村少年、君、おやっさんが言っていることの意味がわかってないだろう?」

 勇介と呼ばれたその男は、急いで言葉を出した。

「はぁ、たしかによくわかりませんが。先生によくしてもらっていることは……」

「いい、もういい。どうも君が口を開くと、おやっさんが楽しむだけのようだ」

「そうそう邪険にするもんじゃぁねぇぜ、勇介」

 老人は左の袖からがま口を取り出すと、十銭を少年の手に押し付けた。

「チップってなやつだ。取っときな、少年。今時分、これっぽっちでどうなるってもんじゃねぇかもしれねぇけどな」

 小村少年は御辞儀をすると、受け取ったチップをポケットに入れた。

「でな、勇介、ちぃとばっかし話があるんだが」

「でしょうね。じゃぁこちらに」

 勇介は左手で事務所の一室を指した。

「あぁ、小村少年、紅茶(ティー)を頼む」

「おう、俺もそのチーってやつで頼まぁ」

 少年は頷き、事務所の別室へと下がって行った。

 勇介はその一室の扉を開き、老人を招き入れた。

「おやっさん、そちらの席にどうぞ」

「おう。おい、椅子を引いたりゃぁしねぇのか? まぁ俺ぁ、レデーじゃねぇけどよ」

 老人は、広くない部屋を見渡した。

「ここはあれかい? (はかりごと)のための部屋ってわけかい?」

「まぁそんなもんです。特に秘密を求める依頼人もいますから。それより、どういうつもりですか? あんなことを言って」

 椅子に腰を下した勇介が訊ねた。

「どうってなぁ。お稚児がいるってなりゃぁ、当然の邪推ってやつだな」

「当然って。おやっさんにとってはそうかもしれませんが……」そこで勇介は一瞬沈黙した。「おやっさん、わかって遊んでましたね? 遠見(とおみ)先見(さきみ)も、それに後見(あとみ)もできるって言ってましたよね?」

「バレちゃぁしかたねぇな。まぁ、あれだ。どうあれ少しばかりいい心持ちになってよ、チー持ってくるって一仕事してよ、それでお前(おめぇ)がもう一仕事頼めばよ、しばらくはここには近寄らねぇだろ。だが、まぁ実際のとこ、どうなんだい?」

「ちゃんと下宿を与えていますよ。そこの女将さんともたまには話して、様子を見ています」

「そうかい。下宿を与えってこたぁ、あの坊主は孤児かい? 地震やらお山の噴火やらあったからなぁ」

「いえ、それ以前、その予兆以前からの孤児ですね」

「ほう。それがどうしてお前(おめぇ)のとこにいんだい?」

「それが…… どうしたものか、俺が引き取ると誰かが代筆したらしく。俺ならってことで孤児院も認めたらしく」

お前(おめぇ)なら?」

「えぇ。これでもたまに新聞に載ったりするんですよ、仕事がら」

「あぁ、探偵って奴かい?」

 老人がそう言った時、ノックの音が響いた。


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