5−3:
その男は、先程までの来客からの依頼の顛末の最後をタイプしていた。そのタイプに合わせ、事務所のどこからか、解析機関の動作音が静かに響いていた。
「おう、勇介はいるかい?」
事務所の入口が開くと、張りのある声とともに一人の老人が現われた。和服に襟巻、ハンチング帽に身を包み、杖を手にしてはいた。全体的に茶色の小柄の老人だった。
「先生でしたら、あちらに。予約はありますか?」
丁度入口のそばにいた少年が駆け寄り、訊ねた。
「なんでぇ、俺が勇介に会うのに予約なんてぇのが必要だって言うのかい?」
書斎机の向こうで、男はファイルを閉じる操作をし、立ち上がった。
「小村少年、その方はいいんだ」
「おう、俺ぁいいんだよ、少年」
「そうですか。では帽子を預りますが」
小村少年は、両手を老人に向けて出した。
「帽子かい? ほらよ」
老人はひょいっと帽子を取ると、少年の手に乗せた。少年はその帽子を上着掛けに掛けた。
「はぁ、そいつぁ、そういう物だったのかい。えらく珍妙なものがあるたぁ思っちゃいたが。それじゃぁ、襟巻もいいのかい?」
「えぇ、もちろん」
老人は襟巻をすっと取ると、少年が出していた手に乗せた。少年が襟巻を上着掛けに掛ける所作を、老人は頭の先から手の指の先、そして爪先まで眺めていた。
「おうおう、勇介にお稚児趣味があったとは知らなかったぜ」
「いや、おやっさん。小村少年はそういうのではなくて……」
「いいっていいって。お稚児趣味なんざ珍しくもねぇ」
老人は事務所を見渡した。
「こうやって城をもってるとなりゃぁ、なおさらってもんだ」
老人は、じっと少年の目を見た。
「少年、勇介にはかわいがってもらってるかい?」
「はい。先生にはよくしてもらっています」
「小村少年、君、おやっさんが言っていることの意味がわかってないだろう?」
勇介と呼ばれたその男は、急いで言葉を出した。
「はぁ、たしかによくわかりませんが。先生によくしてもらっていることは……」
「いい、もういい。どうも君が口を開くと、おやっさんが楽しむだけのようだ」
「そうそう邪険にするもんじゃぁねぇぜ、勇介」
老人は左の袖からがま口を取り出すと、十銭を少年の手に押し付けた。
「チップってなやつだ。取っときな、少年。今時分、これっぽっちでどうなるってもんじゃねぇかもしれねぇけどな」
小村少年は御辞儀をすると、受け取ったチップをポケットに入れた。
「でな、勇介、ちぃとばっかし話があるんだが」
「でしょうね。じゃぁこちらに」
勇介は左手で事務所の一室を指した。
「あぁ、小村少年、紅茶を頼む」
「おう、俺もそのチーってやつで頼まぁ」
少年は頷き、事務所の別室へと下がって行った。
勇介はその一室の扉を開き、老人を招き入れた。
「おやっさん、そちらの席にどうぞ」
「おう。おい、椅子を引いたりゃぁしねぇのか? まぁ俺ぁ、レデーじゃねぇけどよ」
老人は、広くない部屋を見渡した。
「ここはあれかい? 謀のための部屋ってわけかい?」
「まぁそんなもんです。特に秘密を求める依頼人もいますから。それより、どういうつもりですか? あんなことを言って」
椅子に腰を下した勇介が訊ねた。
「どうってなぁ。お稚児がいるってなりゃぁ、当然の邪推ってやつだな」
「当然って。おやっさんにとってはそうかもしれませんが……」そこで勇介は一瞬沈黙した。「おやっさん、わかって遊んでましたね? 遠見も先見も、それに後見もできるって言ってましたよね?」
「バレちゃぁしかたねぇな。まぁ、あれだ。どうあれ少しばかりいい心持ちになってよ、チー持ってくるって一仕事してよ、それでお前がもう一仕事頼めばよ、しばらくはここには近寄らねぇだろ。だが、まぁ実際のとこ、どうなんだい?」
「ちゃんと下宿を与えていますよ。そこの女将さんともたまには話して、様子を見ています」
「そうかい。下宿を与えってこたぁ、あの坊主は孤児かい? 地震やらお山の噴火やらあったからなぁ」
「いえ、それ以前、その予兆以前からの孤児ですね」
「ほう。それがどうしてお前のとこにいんだい?」
「それが…… どうしたものか、俺が引き取ると誰かが代筆したらしく。俺ならってことで孤児院も認めたらしく」
「お前なら?」
「えぇ。これでもたまに新聞に載ったりするんですよ、仕事がら」
「あぁ、探偵って奴かい?」
老人がそう言った時、ノックの音が響いた。




