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「突然お伺いして申し訳ありません」
応接用のソファーに座った老人が言った。
「いえいえ。総領の代理ということであれば、時間を割かないわけにもいかないでしょう」
向かいのソファーから勇介は応えた。
「用件はおわかりかと思いますが」
老人はスーツを着こなし、言うならいかにも執事然としていた。
「もちろん。予想がつかないわけではありません」
「ならば、そのようにしていただけるということでよろしいでしょうか?」
「さて、どうでしょうね」
事務所の水回りからは、小村少年が湯を沸かし、お茶請けを用意しているらしき音が聞こえていた。
「小村少年、お茶はいらないよ。それよりも、向かいのカフェーででも一服してきなさい」
音が止み、小村少年の足音が聞こえた。勇介はマネー・クリップを取り出し、五十銭札を一枚引き抜いた。足音が近づくと、それを右手に持ち、足音へと差し出した。
「一時間ほどゆっくりしてきたまえ。ちょうど昼食時だ。デザートも楽しんで来るといい。混んでいるかもしれないが、君はあそこの女給連のお気に入りだろう?」
小村少年は五十銭札を受け取ると、一礼をし、そして事務所の入り口でももう一度一礼をし、事務所を後にした。
「用件についてはともかく、私などのところにあなたが来た理由がわかりませんね。総領はなにを気にしているんですか?」
「理由はありません。ただ、言質を求めているだけです」
「総領が? 私の言質を? どうにも話が繋がりませんね」
勇介は前のめりになり、肘を太股に置いて支えた。
「宿儺の民の力を持っているとはいえ、私は一介の探偵です。なんの言質を、あるいはどうして言質を求めるのですか?」
「正直に言いましょう。私たちはあなたの力を確認できていません。それは、あなたの力が微弱なものだからだろうと考えています」
「確かに正直に仰っているようだ」
勇介は苦笑いを浮かべた。
「あるいは、今ここであなたの能力を確認させていただければ、場合によっては言質を求めるだけでなく、いい待遇を約束させていただきますよ」
「いや、それは遠慮しましょう。どれだけ微弱なものであっても、私にとっては切り札だ」
「そうでしょうね。ですが理由は他にあります。あなたの帝都での影響は無視できない。探偵としての実績がね」
「その評価には素直に喜んでおきましょう」
「そしてもう一つ」向かいの老人も身を乗り出した。「あなたは最近、あの老人に会った」
「おやっさんのことでしょうね」
「えぇ。あの老人については先見、後見、遠見の他に、長命であることが確認できています」
「長命というとどれくらい?」
「確認できないほどです。江戸開府の頃の存在はこちらの後見によって確認できています。しかし、それはその頃に生まれたということを意味しません。よって、確認できないほどです」
勇介はそれを聞いて頭を掻いた。
「先見、後見、遠見、そして長命。それのどこに問題があるんですか? しかも私はおやっさんに会ったというだけだ」
「では、その老人から自身の名前を聞いたことはありますか?」
しばらく勇介は黙っていた。
「いや、ありませんね」
「そう、彼自身、言えないのですよ。それくらいの長命だろうと推測しています」
「それのどこに問題が?」
「それほどの長命であり、先見、後見、遠見ができる人物が、もし宿儺の民に敵対していたら?」
「それとも、宿儺の民を監視していたらですか?」
「えぇ」
老人は簡単に応えた。
おやっさんは長屋の隣人に助けられていたと言っていた。そう都合のいい話があるだろうか。だが、この文脈であれば、おやっさんを助けていたのは朝廷ということになる。既に朝廷という形を保ってはいないとしても。
もちろん、朝廷には宿儺の民を監視する理由がある。そして宿儺の民の力は、陰陽寮よりも確実だ。
「だとして、あの生活をさせていますかね? 遠見がある。見た目や環境を用意する必要はない」
「しかし、あの老人は、すくなくとも総領の考えに従っているわけではない。もし、長命であることを明らかにし、総領に対抗する勢力を作ったらどうなると思いますか?」
「どうにもならないでしょう。おやっさんには後見がある。それだけで、長命ではないと指摘されるでしょうね」
「かもしれません。ですが、総領は、可能性は低いもののもう一つの可能性を憂慮されています」
勇介は右手の掌を広げ、先を促した。
「もし、あの老人が自身の力を他人に委譲でき、あなたがその対象であり、そしてあなたが先見などとは異なる時空に関与する能力を持っているとしたら?」
「能力の委譲なんて聞いたこともありませんが」
「そうでしょうね。ですが、記録にはそれらしきものがあります。時空に関与する能力も」
勇介はまたしばらく考えた。
「後見で時間や場所を確定し、あるいはそれは不要かもしれないが、そして時空に関与する能力で過去を変える」
「しかも、それが朝廷の意志によってです。そしてとても長い時間に亘って」
「いや、いくらなんでもそれは考えすぎでしょう。そんなことができたら、過去はめちゃくちゃだ。探偵という仕事も成り立たなくなる」
「これまでは、そのような組み合わせがなかっただけかもしれません」
「その考えが成り立つとしても、私の力は大したものじゃない」
勇介はソファーから立ち上がった。
「私の力は、むしろ帝都での影響ですよ」
「そうならいいのですが」
老人も立ち上がった。
「ともかく、総領のお考えに沿うようにしていただきたい」
「私は、帝都を守るように行動します」
勇介は右手を差し出した。
「それは、総領の意志に従うという意味だと受け取っておきます。それこそが総領のお考えなのですから」
老人は勇介の右手を握った。




