5−4:
「入り給え、小村少年」
扉が開くと、カップ、ティーポット、砂糖壺、そして厚手の布を掛けたポットを盆に載せた小村少年が入って来た。
「おぉ、少年、ご苦労ご苦労。その盆のままでいいから置いてきな」
「小村少年、少し中断させてしまったが、算譜カードの状態と解析機関の状態の確認を続けてくれないか?」
「わかりました、先生」
小村少年は一礼すると部屋から出て行った。
「それでな、用件てなぁ……」
「わかってますよ、おやっさん。宿儺の民の総領からの手紙でしょう?」
勇介は紅茶を二つのカップに注ぎながら応えた。
「あぁ、それだ」
「おやっさんのところにもなにか来ましたか?」
「俺んとこかい? いや、奴が俺んとこに送ってくるモンなんざ、なんもねぇだろ」
「では先見で?」
「そんなとこだな」
老人はカップを取り紅茶をすすった。
「渋いもんだな、チーってのは。だがまぁ、出来そこないの抹茶よりゃ、ずっとましだ」
「砂糖を入れますか?」
「砂糖と来たか。三十年、起きるのも難儀してたからな。世の中、変わったもんだ。砂糖なんざ薬だろう?」
「いえ、今ではそうでもありませんよ」
「ふ〜ん。琉球だけでそんなに作れるモンでもないだろ? 昔だって、いいとこ清と折半だ。ってこたぁ、こりゃぁ舶来かい?」
「えぇ、まぁそうですね」
「かぁ。舶来モンがテーブルに載るとはね」
老人はもう一口紅茶をすすった。
「それでな、総領の件だが」
「えぇ」
「あいつはな、人の戸惑いや恐れを食うぞ」
「恐れを食うですか?」
勇介も一口飲み、応えた。
「おうよ。まぁ食うっていうよりゃ、そこに付け込むのがうめぇって程度だな。宿儺の民の力や異形の力ってわけじゃねぇ。考えようによっちゃ、奴の人間としての性質だからな、もっと質が悪りぃっちゃぁ悪りぃ」
「その忠告に?」
「まぁ、一日前に来たってのは、それもあるんだがよ」
老人はもう一口すすった。
「先代からよ、伝言みてぇなものがあってよ」
「おやっさんの先代ですか?」
「おぉ。俺が死にかけていた時に、小童が来るってな。死にかけていた時って言い方がわからなかったが、まぁ実際そうだったな。地震とお山の噴火で、五年ばかし命を拾っちまったぜ」
「じゃぁ、おやっさんは俺のせん……」
「おっと、俺を先代と呼んじゃいけねぇぜ」老人は勇介の言葉を遮った。「俺をそう呼んじまったらよ、お前が、長命って余計なお荷物を背負い込んじまう」
勇介はティーポットから二人のカップに紅茶を注いだ。
「呼んだら…… ですか? それだけのことで?」
「おうよ。俺りゃぁ、起きるのにも難儀していた間な、あちこち旅をしてたのよ」
「遠見ができるおやっさんならそういうこともあるでしょうが」
「それがな、お前、普通にできる遠見とは違うのよ。ともかくえらく遠いってことだきゃぁわかるんだが」
「そういうこともあるでしょうが。それが総領の件とどう関係が?」
勇介は新たに注いだ紅茶を一口飲み、老人も一口すすった。
「お前、宿儺の民の力や異形がどっから来てると思う?」
勇介はカップを持ったまま、しばらく沈黙した。
「いや、それはわかりません」
「でよ、俺りゃぁ見たのよ。この世とそっくりな世界ってやつをよ。まぁ細かく言やぁ見た目やらなにやら全然違うんだけどよ。人間関係ってのかね。そういうのがそっくりそのままでな。俺りゃぁ思ったね。無関係じゃねぇってな。なにしろ、俺らの異形とはそっくりだったしな」
「俺たちの異形は、そこから来ていると?」
「そんなこたぁわからねぇな。無関係じゃねぇのは確かだろうけどよ」
「では、門を閉じると、その世界にこちらの世界の俺たちごと飛ぶのでしょうか?」
「そこよそこ。どうやらそうみてぇなんだ」
「なるほど。おやっさんは俺の不安もお見通しだったわけですね」
「まぁな。こんなつまんねぇ不安でもよ、総領は突いてくるだろうからな。俺の話はこんなもんだ。少しゃ助けになったかい?」
「何も知らないよりは…… というところでしょうか」
「こんな程度のことじゃぁ、そんなもんだろうな」
老人はカップの紅茶を飲み干すと、立ち上がった。
「坊主に言っといてくれ。チーってのもわるかぁねぇってな」
「えぇ、伝えておきます。先代」
「お前はそう呼んじまうと思ってたぜ」
扉を開きながら老人は応え、部屋から出て行った。
「おぉい、坊主。俺の帽子と襟巻を頼むぜ」
開いた扉の向こうから、老人の言葉と、それに応える小村少年の声が聞こえていた。




