2−2:
「先生が仰るのは怪異ですね?」
「まぁ、どう取られてもかまいませんが。怪異があったんですか?」
「はい。主人の周りで物が飛んだり」
答えを聞き、勇介は唸った。
「そうだとするなら、狂舞にふらっと入る人の特徴でもある。狂舞に混ざったのなら、狂舞の人たちの周囲で起こると噂されている怪異に巻き込まれているかもしれない。そうでないとしても、手がかりや見当がない。それでも努力はします。むしろもっと特徴的な怪異が起きていてくれた方が助かるくらいですが」
勇介は一旦天井を見上げた。
「周辺で怪異が起きた人について余計な噂が流れることは承知しています。怪異が起きたということなら、大野さんが急いだ理由にもなる。警察に行かない理由にもなる」
勇介はティーポットから紅茶を注いだ。
「いいでしょう。お受けします。それで……」
「主人の写真ですね?」
大野夫人はハンドバッグを開けると、一枚の写真を取り出した。それは刻印印刷による写真ではなく化学写真だった。
「あぁ、こっちの方が助かります」
写真を受け取ると、勇介はそちらに目を落とした。
「それで依頼の形態ですが、どうしますか? 通常の依頼とするか、あるいは怪異関連の依頼とするか。ご主人の周囲で怪異が起きていたとしても、また狂舞に加わっていたとしても、怪異に巻き込まれているとは限りませんが」
大野夫人はその答えを聞くと溜息を吐いた。
「通常の依頼としていただけないでしょうか?」
「もちろん、かまいませんが。いずれにしても、この時期に探偵の対象となると噂にはなるかと思いますが。それはよろしいですか?」
ティーカップの中の紅茶が揺れた。
「また地震だ。最近とみに多いですね。何事もなく納まってくれればいいんだが」
「納まるでしょうか?」
不安気に大野夫人は訊ねた。
「家伝みたいなものですが。地震、地震が多くなりはじめた頃からの狂舞、そして怪異。これらが関係ないなら、程度はともかく納まるでしょう」
「明日先生は、関係があるとお思いですか?」
「そうですね……」勇介は唸った。「あくまで家伝みたいなものですが、関係がないと言う方が難しいでしょうね」
「どうなるんでしょう?」
勇介はティーカップを取り、顔は窓に向けた。
「それはご主人についての心配ですか? それともなにか別の心配ですか?」
大野夫人に顔を戻し、勇介は訊ねた。
「夫についてです。ですが、なにかが起こるのですか?」
「さて、どうでしょう」
大野夫人は勇介を見たが、勇介の表情にはなにかが起こることの確信に近いものが見えた。
「なにかが起こるのであれば、なおのこと夫の探偵を急いでいただければと思いますが」
「それはそうだ。ではもう一度確認しますが。この時期に探偵の対象となると、それだけで怪異と関連づけた噂になるでしょう。それはよろしいですか? あえて、大野さんのご自宅周辺での探偵は避けることもできますが。手がかりらしいものは掴み難くなるでしょう」
紅茶を一口飲み、勇介は訊ねた。
「できれば…… 自宅周辺は避けていただければ」
大野夫人は、また目をテーブルに移していた。
「わかりました。どっちにしろこの状況です。自宅周辺での手がかりがあったとしても役に立つとは限りませんから」
「よろしくお願いします」大野夫人はハンドバッグから紙の包みを取り出し、テーブルに置いた。「前金として半額、用意してまいりました」
勇介は包みを手に取り、包まれていた金額を確認した。
「確かに」
紙幣を包みなおし、勇介は目の前に置いた。
「ほかになにかご要望があれば伺いますが」
「いいえ。ともかく早く夫の行方を知りたいだけです」
「そうでしょうね。他にも依頼はありますが、急いで取りかかりましょう」
そう言うと、勇介はソファーから立ち上がり、事務所の入口を掌で差し示した。それに促され、大野夫人もソファーから立ち、一礼すると入口へと向かった。




