表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
祭 [MATSURI]  作者: 宮沢弘
第二章: 震災直前
18/26

2−3:

「先生」小村少年はティーセットを盆に載せながら訊ねた。「最近、こういう依頼が多いですね」

「あぁ」勇介はビルディングから出て行く大野夫人を、窓際から見下ろしていた。「そうだな」

「地震や狂舞…… 確かに不穏な雰囲気はしますが。怪異なんて本当にあるんですか?」

「さてどうだろうな」

 窓際から戻り、応接テーブルに置いたままだった包みを取ると、勇介は包みを小村少年の持つ盆に載せた。

「こんな状態だ。半分は下宿の女将さんに持って行きなさい」

 小村少年は素直な笑顔を浮かべた。

「女将さんもよろこぶと思います。こんな状況ですから。ですが……」

 小村少年はそこで一旦言葉を切った。

「ですが、女将さんにはそれは必要ないのかもしれません」

「どういうことだ?」

 勇介は訝しげに訊ねた。

「僕にもわからないんですが。どこかから食べ物などを手に入れているようで」

「女将さんが?」

 一層訝しげに勇介は訊ねた。

「はい」

「それならなおのことだ。そういうのには金がかかるだろう。だが、だとしたら奇妙だな。まず下宿代の値上げがあってよさそうなものだが」

「そういう話はなにもないようです」

「ふむ。奇妙な話だが。金がかかっているのは間違いないだろう。半分ではなく、包みごと持って行きなさい」

「いいんですか? それだと先生の報酬が」

 今度は小村少年が訝しげに勇介を見た。

「なに。まだ半金がある。成功報酬ではないからね。それに最近奥の手があってね。失せものだけなら以前ほど手間はかからなくなったんだ」

「では、これからお出かけですか?」

「あぁ」応えかけ、勇介は小村少年をしばらく眺めた。「ふむ。いい観察だ」

 勇介は事務所の入口に向かいながら小村少年の肩をポンと叩いた。上着掛けから帽子を取り、頭に載せた。

「では、小村少年、しばらく頼むよ」


 丁度走って来た路面電車に、勇介は帽子を押え、昇降口の横にある棒を掴み、飛び乗った。車掌が険しい顔付きで近付いてくると、勇介はズボンのポケットから左手で小銭入れを取り出し、そのままピンと開けた。親指で十銭硬貨を探り出し、そのまま左手の親指と人差し指でつまみ、差し出した。車掌は苦い顔のまま十銭を受け取ると、乗車券を勇介に向けた。

 途中、乗り換えを経由し、勇介は浅草に着いた。

 浅草は、いつもとは違う喧騒に包まれていた。周囲のあちこちから狂舞の(かね)鳴子(なるこ)太鼓(たいこ)団扇太鼓(うちわだいこ)の音が聞こえていた。それに合わせ、「ほう! ほう! えぇじゃないか、えぇじゃないか」というかけ声も響いていた。

 このところよく買う団子屋への道を探したが、目に入るほとんどは打ち壊された店だった。なんとか店への路地を見け、勇介は目的の店へと足を進めた。

「いらっせい!」店の暖簾をくぐると、大将の声が響いた。「や、明日(あした)先生。今日も団子でいいですかい?」

「あぁ、いつもの団子で。それにしても表の方はひどい有様だな。狂舞の連中が?」

「あれね。えぇ、狂舞の連中でさぁ。ちいっと裏なんでうちはなんとかなってますが。こっちも酷いが、問屋街のほうはもっと酷いらしいですぜ」

 対象は竹の皮にいくつかの種類の団子を並べながら答えた。

「そっちは見たよ。問屋街の方は扇動した奴もいたんだろうが。こっちは、腹が減ったからそこらでという感じだな」

「あれだけ大騒ぎしてるんだ。腹も減るでしょうがねぇ。ありゃぁいけねぇ。すなおにお貰いをしてりゃぁ、その日の食い物(くいもん)くれぇどうにかなるだろうに」

「あの人数のお貰いとなると、無理じゃないかな」

「それもそうだ」

 応えると大将は笑った。

「はいよ、明日(あした)先生。いつもの団子を見繕いましたぜ」

 勇介は改めて店の中を眺めた。

「大将、これは?」

 店の隅にあるかすていらを指差した。

「それね。表の方にかすていらやら他の菓子の店があったのはご存知で?」

「いや、気にしてなかったな」

「まぁ、それも仕方ねぇ。参拝やらお上りさんで一杯でしたからねぇ。で、その店がご覧のとおり。かすていらなんかは日持ちがいいってんで、こっちに置いてったんでさ」

「なら、これも一つ貰おうかな」

「あいよ」

 大将は団子や饅頭の陳列棚の向こうから出てくると、かすていらを一箱手に取った。陳列棚の向こうに手を伸ばし、かすていらの箱に持ち手を作った。

「合わせて二十銭(にじっせん)でどうですかい?」

「まぁ安いんだろうな」

 札入れから五十銭札を引き抜き、勇介は大将に手渡した。

「こいつぁちいっと多いですぜ」

「だろうな。取っといてくれ。そのうち、大将にたかるようになるだろうから」

「いいですとも、たかって下せぇ。先生はいつも気前がいいですからねぇ」

 大将は札を受け取ると、団子とかすていらを勇介に差し出した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ