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「先生」小村少年はティーセットを盆に載せながら訊ねた。「最近、こういう依頼が多いですね」
「あぁ」勇介はビルディングから出て行く大野夫人を、窓際から見下ろしていた。「そうだな」
「地震や狂舞…… 確かに不穏な雰囲気はしますが。怪異なんて本当にあるんですか?」
「さてどうだろうな」
窓際から戻り、応接テーブルに置いたままだった包みを取ると、勇介は包みを小村少年の持つ盆に載せた。
「こんな状態だ。半分は下宿の女将さんに持って行きなさい」
小村少年は素直な笑顔を浮かべた。
「女将さんもよろこぶと思います。こんな状況ですから。ですが……」
小村少年はそこで一旦言葉を切った。
「ですが、女将さんにはそれは必要ないのかもしれません」
「どういうことだ?」
勇介は訝しげに訊ねた。
「僕にもわからないんですが。どこかから食べ物などを手に入れているようで」
「女将さんが?」
一層訝しげに勇介は訊ねた。
「はい」
「それならなおのことだ。そういうのには金がかかるだろう。だが、だとしたら奇妙だな。まず下宿代の値上げがあってよさそうなものだが」
「そういう話はなにもないようです」
「ふむ。奇妙な話だが。金がかかっているのは間違いないだろう。半分ではなく、包みごと持って行きなさい」
「いいんですか? それだと先生の報酬が」
今度は小村少年が訝しげに勇介を見た。
「なに。まだ半金がある。成功報酬ではないからね。それに最近奥の手があってね。失せものだけなら以前ほど手間はかからなくなったんだ」
「では、これからお出かけですか?」
「あぁ」応えかけ、勇介は小村少年をしばらく眺めた。「ふむ。いい観察だ」
勇介は事務所の入口に向かいながら小村少年の肩をポンと叩いた。上着掛けから帽子を取り、頭に載せた。
「では、小村少年、しばらく頼むよ」
丁度走って来た路面電車に、勇介は帽子を押え、昇降口の横にある棒を掴み、飛び乗った。車掌が険しい顔付きで近付いてくると、勇介はズボンのポケットから左手で小銭入れを取り出し、そのままピンと開けた。親指で十銭硬貨を探り出し、そのまま左手の親指と人差し指でつまみ、差し出した。車掌は苦い顔のまま十銭を受け取ると、乗車券を勇介に向けた。
途中、乗り換えを経由し、勇介は浅草に着いた。
浅草は、いつもとは違う喧騒に包まれていた。周囲のあちこちから狂舞の鉦、鳴子、太鼓、団扇太鼓の音が聞こえていた。それに合わせ、「ほう! ほう! えぇじゃないか、えぇじゃないか」というかけ声も響いていた。
このところよく買う団子屋への道を探したが、目に入るほとんどは打ち壊された店だった。なんとか店への路地を見け、勇介は目的の店へと足を進めた。
「いらっせい!」店の暖簾をくぐると、大将の声が響いた。「や、明日先生。今日も団子でいいですかい?」
「あぁ、いつもの団子で。それにしても表の方はひどい有様だな。狂舞の連中が?」
「あれね。えぇ、狂舞の連中でさぁ。ちいっと裏なんでうちはなんとかなってますが。こっちも酷いが、問屋街のほうはもっと酷いらしいですぜ」
対象は竹の皮にいくつかの種類の団子を並べながら答えた。
「そっちは見たよ。問屋街の方は扇動した奴もいたんだろうが。こっちは、腹が減ったからそこらでという感じだな」
「あれだけ大騒ぎしてるんだ。腹も減るでしょうがねぇ。ありゃぁいけねぇ。すなおにお貰いをしてりゃぁ、その日の食い物くれぇどうにかなるだろうに」
「あの人数のお貰いとなると、無理じゃないかな」
「それもそうだ」
応えると大将は笑った。
「はいよ、明日先生。いつもの団子を見繕いましたぜ」
勇介は改めて店の中を眺めた。
「大将、これは?」
店の隅にあるかすていらを指差した。
「それね。表の方にかすていらやら他の菓子の店があったのはご存知で?」
「いや、気にしてなかったな」
「まぁ、それも仕方ねぇ。参拝やらお上りさんで一杯でしたからねぇ。で、その店がご覧のとおり。かすていらなんかは日持ちがいいってんで、こっちに置いてったんでさ」
「なら、これも一つ貰おうかな」
「あいよ」
大将は団子や饅頭の陳列棚の向こうから出てくると、かすていらを一箱手に取った。陳列棚の向こうに手を伸ばし、かすていらの箱に持ち手を作った。
「合わせて二十銭でどうですかい?」
「まぁ安いんだろうな」
札入れから五十銭札を引き抜き、勇介は大将に手渡した。
「こいつぁちいっと多いですぜ」
「だろうな。取っといてくれ。そのうち、大将にたかるようになるだろうから」
「いいですとも、たかって下せぇ。先生はいつも気前がいいですからねぇ」
大将は札を受け取ると、団子とかすていらを勇介に差し出した。




