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勇介は書斎机に向かう椅子に座り、ラジオ†を流していた。
この数日で、電気、電信電話は一部の地域ではあっても復旧していた。新聞によれば、瓦斯の復旧は遅れるだろうとのことだった。ラジオでも同様の内容が流れていた。ただ、放送会社のライブラリが失なわれたのか、あるいは整理が追い付いていないのか、流される音楽が限られていることが、勇介には不満ではあった。
ラジオでも新聞でも触れていた内容には別のものもあった。この地域——そう呼ぶにはかなり広いが——の隔離が決定し、境界には軍により鉄条網の設置が急ぎ行なわれているとのことだった。なぜそれほど急いで隔離するのかが勇介には疑問だった。疫病の発生が理由とされていたが、それはラジオでも新聞でも確認できていないとも報じていた。疫病を防ぐためにも、見渡せる範囲においては遺体が見つかった場合、あるいは死者が出た場合、遺族は積極的に荼毘に付すことに賛成し、実際にそうされていた。もっともこれが東京市から離れた田舎であれば、状況は違うかもしれない。
また、この地域からの避難が認められた人には避難許可証が送られてくるとも報じられていた。これもまた、勇介にとっては疑問だった。仮に検疫によって許可証を出すというのであればわかる。だが、多くの死者が出ただけではなく、狂舞によって帝都に流れ込んで来た人びともいる。どのように避難許可証を出せるというのか。
勇介には、疫病も避難許可証も口実であるように思えた。
柵に入る羊のように、どのようにしてか総領は宿儺の民をこの地に集め、そして隔離という名目ではあっても、ここを宿儺の民の地としようとしているのではないか。仮に地震と富士の噴火の影響が濃い地域であるという理由があるとしても、報道から知り得る範囲においては、国の行動には違和感があった。その違和感を誰かに押し付けるなら、それは総領であるように思えた。
「臨時速報です」
流れていた音楽が途切れ、アナウンサーの声に変わった。
「帝国政府は京都への遷都を決定いたしました。これにともない、愛知東部、長野南部、静岡全域、山梨全域、神奈川全域、および東京都全域の隔離地域内のすべての発電所、ガス基地、電信電話局、郵便、水道、およびラジオ局と新聞社は、その復旧活動および現在の操業を含むあらゆる活動を数日のうちに停止することとなります。また、ただいまを持って越境および越境を試みる行為は禁止され、即時射殺の対象となります。仮に越境した場合、発見された時点を持って射殺の対象となります。現在、帝国政府の命令により、このスタジオの外にも通達を持った数人の役人および軍人が、この放送が間違いなくなされることを確認しています。繰り返します……」
勇介はラジオを両手で握り、繰り替えされる放送に聞き入った。
疫病だろうがなんだろうが、そこまで放棄する理由にはならないように思えた。発電所などの操業停止、復旧中止となれば、この地を日本から切り離すということではないか。この地の復興を行なわないということではないか。それ自体は——程度としての問題はあるが——、総領が望みそうなことではあるかもしれない。いや、おそらくは望んでいただろうし、望んでいるだろう。だが、それをこの時期に? それもここまでの規模で? そこまでするだろうか。
そこまではしない。勇介には、そうは言えなかった。そうは言えないように、これまでの事態は流れて来ているように思えた。だとしたら、いつからなのか? 総領はどこまで根を伸ばしているのだろうか?
ただ一つ、想像できることはある。総領と対峙することになったとしても、これは変わらない。その程度には、すでに事態は決まっている。それを進めるだけの工作はなされており、また遂行する人員が朝廷にも政府にも潜り込んでいる。それだけは、低くない確度として想像できた。
† ラジオ: ラジオの商業放送は、史実よりいくぶん早めであったと設定しています。




