4−1:
勇介は、探偵を終え事務所に帰ると、入口脇の電灯のスイッチを入れた。だが、電灯はそれに反応せず、仄かな赤みのある明りすら灯らなかった。
「やはりそうなのか」
それは驚きではなく、自らの手で確認したことによる、安堵にも似たなにかだった。
勇介はポケットから燐寸を取り出すと、火を点けた。事務所の中をかすかな光が満たした。
勇介は燐寸の火を消さないよう、それでも急いで事務所の水回りの場所へと向かった。簡単な台所の抽斗から、この数日で用意した蝋燭を二本取り出し、その一本に燐寸から火を移した。蝋燭の火を頼りに、別の戸棚からティーセットの皿を取り出すと、蝋を垂らし、蝋燭を立てた。
コップを取り水瓶から柄杓で水を注ぐと、窓際の扉に向かい、塞がった両手で不器用に扉を開け、その奥の部屋へと進んだ。
ベッドからはすこし離れたところにある机に皿を置き、コップから一口飲むとそのコップも机に置いた。
勇介はスーツのままベッドに腰掛けると、太股に両肘を置き掌を組み、そこに頭を置いた。
「どうなる? あのまま帝都復興に向かうのではないかと思っていたが。どうなる?」
カーテンが閉まった窓を、勇介は見た。街は、やはり暗闇に戻っていた。
一旦は電灯も点き、瓦斯灯はともかく、一部には夜でも明りが戻っていた。それが今日になって、発電所の操業が止まったという。それだけではない。この地は、それもかなりの範囲に渡って隔離されたという。政府要人、電気会社を含む大手企業の重役、それらもこの地から離れたという。
「確認はできる。だが、聞いた限りでの隔離地域の端までは遠いな」
行けないわけではない。勇介は考えた。問題は門を開く場所の状況だった。隔離がはっきりしている地域はやはり街中だった。山の中なら門を開くのにも問題はないが、その場合、隔離の境界がどこにあるのかが明らかではなかった。手前に開いたのか、通り過ぎて開いたのかの確認も簡単とは言えないだろう。
勇介を悩ましている問題は、それだけではなかった。依頼の一つ、大野婦人からの、夫の捜索も問題だった。実を言えば、婦人からの依頼による探偵は終わったところだった。夫の居場所はわかった。だが、問題は夫でもあり、夫への今後の対応でもあった。つまり、その夫は宿儺の民の血を充分な程度に継いでおり、それはその夫は怪異を起こせるし、異形となり妖にもなれるということであった。夫がそれを、すくなくとも積極的に使っている様子がないことだけは朗報とも言えるだろう。
今日のところは、なんとか穏やかに話ができたが、別の宿儺の民からの接触の雰囲気も見受けられた。それは当然、総領によるものだろう。総領は、その行動からは、帝都壊滅を喜んでいるように思えた。この地が隔離されたとなると、おそらくはなおさら喜ぶだろう。
大野婦人の夫が、総領に唆されて力を奮い始めたら、対立せざるをえない。これまでの何人かと、そして今も抱えている問題である何人かと同じように。
「ともかく、隔離の事実だけでも確認してみるか」
西加茂の挙母†と設楽‡のあたりに境界境界があるとは聞いている。
勇介はベッドから立ち上がると、机の横の書架から地図を取り出し、指で探りながら、鉄条網のありそうな箇所、門を開いても問題となりにくそうな箇所の目星をつけた。
勇介は右手の掌を開き、そのまま前に腕を伸ばした。
「我が前にあれ」
その言葉に応え、輝く円が現われた。
地図を確認すると、勇介は向きを変えて言った。
「彼の地にあれ」
目の前にある輝く円がかすかに揺れた。目の前の円に、勇介は足を踏み入れた。
† 現愛知県豊田市近辺。
‡ 現愛知県設楽町近辺。




