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夜の月明かりの下、青梅の打ち捨てられた尋常小学校の校庭に、二つの影があった。一つの影は黒いシャツに黒い革靴、深い灰色のスーツと中折れ帽、そして赤い中折れ帽のリボンとネクタイに身を包んでいた。もう一つの影は異形であった。
「富士の噴火により、宿儺の民は目覚めている。我を滅っしようと、宿儺の民が消えることはない」
その言葉が向いた先には、男の姿はなく、異形が立っていた。
「千年ぞ。宿儺の民の血の入っていない者がいようか」
その異形は言葉を続けた。
「だとしても、この地の隔離を解くには他の方法はない」
先程まで男だった異形は応えた。その異形は相手の異形の足元を指差した。
「地にあれ」
その言葉とともに、相手の異形の足元に円が輝いた。
「我が足を止めてどうする。貴様も手を出せなくなるだけぞ」
その異形の言葉には余裕があった。
「天にあれ」
一つの異形は相手の上の指差し、そう言った。相手の異形の上、二尋のところにもう一つ、輝く円が現われた。
「我が足を止め、空に輪を描いてどうする。さぁ、こちらも行くぞ」
「知らないのか? これがなんなのか」一つの異形が応えた。「そして、この異形がなんなのか」
「知る必要などないわ。宿儺の民は地を得た。それが朝廷の意思であるとしても」
「知らないのだな。ならば、見るがいい。この異形の地を。門よ閉じよ」
一つの異形は言った。それに応え、上に現われた円が下へと下り、相手の異形を飲み込み、地面の円と重なった。相手の異形は消え、地面に輝く円がしばらく残った。
一つの異形は、その円が消えるのを見ると、右手を前に伸ばし、掌を広げ、言った。
「門よ、我が前にあれ」
その言葉に応え、異形の前に輝く円が現われた。
その異形は、男へと姿を変えていた。男は体と掌の向きを変えて言った。
「門よ、我が地にあれ」
男は、目の前の円の中へと入って行った。
その男が現われたのは、事務所らしき場所だった。大きな書斎机、応接のテーブルとソファー、そして書類が収められた書架があった。
「宿儺の民を守ろうしているのはどちらだ。朝廷に与えられた地での安住を認めるお前たちか。それとも、それを認めない俺か」
男は入口の横にある上着掛けに帽子を掛けると、スーツを脱ぎ、二つのシャツのボタンを外し、幅が広い方のソファーに横になると、スーツを自身に掛けた。