1章5話 哀鬼の終焉(前編)
随分と遅くなりました。
文章も長いです。
よろしくお願いします。
いまなお、鎖に捕われた体をがむしゃらに動かし拘束から逃れようとする鬼、哀鬼。
その身には元となった人の子の魂が未だにいる。
『おわりに、しようか。俺が連れて行ってやる。』
ゆっくり斬蛇剣、蛇の切っ先を哀鬼の眉間に合わせた。
それに気づいているのか動くのをやめ切っ先を見つめる。
『…蛇、行くぞ』
《あぁ、構わないぜぇ。…はよ、還してやろ》
悲しみの滲む声が頭に響く。
哀鬼。人の魂を残しているもの。その鬼の最後。
『命芽吹き命枯れ巡る輪廻の果てよ』
言の葉を紡ぎながら切っ先を持ち上げる。
『壮大な御心のままに』
刀に霊波を、闇を切り開く力を込めて
『多大なる慈悲を御前のもとへと送るるものへ』
そのまま強く振り下ろすっ!
『我氷雨の名において願うっ!』
ブンッ!!
振り下ろされた刀は霊波を飛ばし、霊波は鬼の眉間を斜めに切り裂く。
がァ、亜アァあ
『消えよ、鬼。その人の子の魂返してもらうぞ』
鎖に込めた霊力を強め、動きを許さない。
やがて切られたところからかわいた泥のようにひび割れて…
ピシッ ピッ パキンッ!!
全てが光の粒子になった
残ったのは
胎児のように体を丸めた小さな男の子のみだった。
『…』
ゆっくり近ずいた命は湖のふちギリギリに立ち、少年を見つめた。蛇は人型となり1歩後ろに控えている。
〈うぅ、ん…〉
起こしたくなどない。だが、起こさねばこの少年に終わりもない。
『少年、起きろ。』
俺の声掛けにゆっくりそのまぶたを開く。
〈…?、!!!〉
そして、大きく目を見開き
〈う、うわぁぁぁぁぁ!!!!〉
叫んだ。悲しく哀しく。頭を強く掻きむしりながら。怒りをその目に宿しながら、後悔に押しつぶされながら。
哀鬼とは、人の魂を持つ鬼。その性質が故か人を食らうことは無い。人としての倫理観がそれを拒む。ただただ、嘆くのだ。
俺が、哀鬼が人を食らう、と表現したのは哀鬼の悲しみの感情は嫉悋鬼を呼ばないわけがないからなのだ。嫉悋鬼にとって、これほどいい媒体もない。人の子の魂があること、それは、人の体を媒体にせずとも、移動できるからだ。哀鬼は生まれながら嫉悋鬼に利用され続ける。
そう、自我が残っているのだ。哀鬼となっても、人を食べるなどとは思わないように。ただ、悲しみの感情が表に出続けるだけで、思い出も何もかも覚えているのだ。現代風に幽霊状態なのだ。嫉悋鬼の中で見続ける。自分が人を食い散らかすのを。
…まず、普通の精神ではいられない。自分の中にもうひとりいる、と感じるのではなくとにかく自分が自分の意思で人を食べているように感じる、らしい。
終わったものはみな語る。なぜ、食らってしまったのかと
愛する恋人をくらった者もいた。
見知らぬ人をその人の家族の前で、くらった者もいた。
多くの人間を食らうのだ。
〈どうして…どうして…?僕、僕はただ…〉
深い悲しみ、後悔、怒り、色々な感情の入り交じった、複雑な顔、声。
『…少年。』
もう一度呼びかける。少年は自分の存在に今気づいたように目を見開くと
〈ダメです!僕に近づいては!また、また僕は、人を、人を殺してしまう!僕は魔物になってしまっているんです!どうか、どうか…僕にこれ以上人を殺させないで…!!!〉
悲痛な声。
『君は悪くない。』
〈そんなことはない!僕、僕は!!!〉
『自分をここに縛っていたんだろう?』
〈!?〉
怯えた顔から、また驚いたような顔をする。
まず、嫉悋鬼に取り憑かれているのに湖から待ち受ける、はおかしいのだ。
哀鬼と混ざったものは、街中に溶け込める。殺人鬼のように無差別に食らいつくせるのになぜ、こんな人気のない、湖から出てこないのか。
簡単だ、元々の人の魂が元なのだ、その魂が、心が壊れていないのに完璧に操れるわけがない。
魂がここらか離れることを拒み、何かしらの力でここに縛り付けているのだ。
力は嫉悋鬼の方が強い。食らうという行為を止めようとも、出来ないだろう。しかし、移動するのは別だ。嫉悋鬼は感情が形になったもの、移動する力はない。だからこそ、人や動物にとりつくのだから。哀鬼の場合が特殊なのだ。魂は哀鬼の、人の子の魂なのだから。
嫉悋鬼は外から力を加えようとしているだけだ、心が壊れない限り、これについては哀鬼、いや、人の魂が制御できる。
この子は、1回目の捕食時に心壊すことなく、諦めずとめ続けたのだろう。
これ以上、殺させないように。
『少年、君は、ずっと耐えたのだろう。自身が人を喰らおうとする、多くの人を殺す。それが、耐えられなかった。だから、ここから、動かなければいいと思ったのだろう?』
〈!〉
『ここは、ほとんど人が来ないんじゃないのか?人を食ってる時は動かないように出来ない。目の前に人がいるとガマンできない。なら、人がいなければ、と。』
〈…で、も、僕は、結局5人も…エンゼも…クーファまで、ころ、して街に降りるのは止められたけど…僕を探しに来た、母様、まで…!僕が!僕がこんな所に探索なんかに来たから!! 〉
『それは違う。』
〈え…?〉
『少年、君はここで何してたか、覚えているかい?』
〈僕、は父様の傷が、あまり良くならなくて…ここ、ならいい薬草が沢山取れると知らない旅人の方に教えてもらったから…それ、を取りに来て、湖の縁に薬草が…あって…!〉
?知らない、旅人に?ここは見渡す限り草原ではあるがこの言い方だとこれは違うのだろう?これと同じ葉のものしかないように見えるが、沢山取れる、場所なのか?しかも、旅人がなぜ知っているんだ?地元民ならまだしも…まぁ、言い、後で考えよう。
〈それ、で、僕、は〉
『足を、滑らせて、湖に落ちた。』
〈…あぁ、そうだ。僕泳げなくてどんどん、沈んで…そのまま、死んじゃった〉
『…死んだことを信じられなくて、親に薬草を届けたくて、嘆き続けてたのか。』
〈うん、そう、みたい。〉
『その心を、鬼という化け物が利用したのだ。決して父のためと思ったその心は、悪いものじゃない。』
悲しげに微笑む少年。きっと、鬼を信じてはいないのだろう。俺が、気休めに話していると…
『…少年、お前は、死んでいる。』
〈…うん。〉
『お前がこのままここに残るのは、また前のように人を食らうことになる。』
〈!!そんなのやだ!!もう!もう!!誰も殺したくなんてない!!〉
『落ち着くといい、そんなことさせない。君を、輪廻の輪まで俺が送り届けよう。』
〈輪廻の、輪?〉
『うむ、人が死んだ時、皆が向かう場所だ。人の魂を綺麗にして新しきものへと命を産む場所だ。』
〈そう…僕は、そこへ行ってもいいのかな…?多くを、殺してしまったのに…〉
『クスッ大丈夫さ、俺も共に案内するのだから。だが、最後に、冥土の土産だ。』
〈メイドノミヤゲ?なぁに?それ〉
不思議そうに首を傾げる少年。
あぁ、ここは異世界、そんな言葉はないのかね
『君の未練を、言ってみよ。叶えられる範囲で叶えてやろう。』
〈!!いい、の?〉
『無論。ただし、人の生死を司ることは出来ん。』
〈…なら、なら、僕の父様が、どうなってるのか、知ることは、できる?〉
『…それで、いいのか。お前がここに一体いつからいるのか知らん。もう、居ないかもしれないぞ』
俺の言葉に一瞬つらそうに顔をゆがめたが
〈…それでも、それでも、見たいんだ。母様は俺が、殺してしまった、けど、〉
『わかった。』
言葉を遮り、了承する。少年は目を見開いたが嬉しそうに、ふわりと笑った。
『蛇』
蛇「あぁいよ、命。」
蛇を呼び寄せ刀になった蛇を握る。
『少年、名は。』
〈あ、え、か、カイル…チアレートの村のカイルだよ。〉
この世界に、苗字はないのか?まぁ、いい。
刀を、ゆっくり抜刀する。光に反射する刀はやはり美しい。
『願う。千里をも見通す目を持つかの英霊よ。我に、力を』
『願う。水鏡の精よ、今、我が力をつかい、思い告げる水鏡を』
2人の英霊に呼びかけの言葉をかけ、刀を、水平に振る。
ゆっくりと刀をしまうと風が2箇所に集まる。
それが人の形をとり…
その人型は、形になると命の前に跪いた。
千里眼「お呼びと聞き馳せ参じました、千里眼でございます。主殿。」
水鏡「同じくお呼びと聞き馳せ参じさせて頂きましたわ、水鏡でございます。主様。」
俺は姿を見て苦笑いを浮かべた。
『千里、水よ、俺は事情を伝え、力を貸してくれと願ったはずなんだが?』
千里眼「いえ、主殿の手を煩わせずとも俺が行えば良いかと思いまして。」
水鏡「上に同じくでございます。」
『全く、お前達は俺に過保護すぎるな。』
蛇「まぁいいじゃねぇのぉ、命の身が楽になんだからよぉ」
俺が今行ったのは俺の式の力を借りようと呼びかけたのだ。
それを、この式達は自分がやれば負担が少ないと出てきてしまったのだ。
千里眼、その名の通り目のいい式と水鏡の精。
どちらも俺の式であり、大切な家族同然なやつらだ。
『まぁ、いい。では、頼めるか。』
千、水「「御意」」
2人が胸に手を当て跪いていた姿から立ち上がり、千里は目を閉じる。
水はそんな千里の横にたち背中に片手をおき、もう片方の手は前へと真っ直ぐ伸ばした。
水鏡「水よ、写せ」
コロンとした優しい声のあと、水の手の先には楕円形の水が浮かび上がる。鏡のようなそれは今はまだ、水の向こうの風景を濁しながら移しているだけだ。
千里眼「…見つけた。水鏡、よいか。」
水鏡「いつでも。」
水の言葉の後、そよ風が吹く。
そして、水の出した水鏡に、風景が写った。
〈…!!父様!〉
『間違い、ないか』
目に涙を貯めながら、必死にその涙を堪え、必死に見つめる少年。もう、俺の言葉も届いてはいないのだろう。
そこに写ったのはガタイのいい老年の男。すこし、頬がコケているようにも感じるが健康そうだ。自室らしき場所で剣の手入れをしているらしく、剣をじっくりとよく見ている。
俺はその風景の中に見つけたものに目を細め、少年にバレないように(まぁ気にしていないだろうが)水に目配せをした。
水は、少し驚いたようだが優しげに笑い、小さく頷いた。
〈とと、さま、俺、ごめんなさい、ごめんなさい、父様の怪我治り遅いのが心配で…どうしても、早く治してあげたくて…知らない人だったけど、ついて行くわけじゃないからって言い訳して、こんなとこまで来ちゃったから…父様、残して死んじゃった…ごめんなさい、父様それに、かあ、さままで…っ!〉
それまで、ずっと父親を見つめていた少年は謝り始めたあたりで下を向いてしまった。
…だから、気づいていないのだろう。
その父親が目を見開いてこちらを見ているのを
《かい、る…?》
そう、呟かれた声に弾かれるように少年ーカイルは顔を上げた。