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ジャバウォックの騎士  作者: 生肉を揉む
6/17

6.疑い


 怪人が居ると通報を受けてやってきた場所に、正体不明の鎧が動いていれば、その鎧が怪人だと思うことは道理である。


 つまり騎士団は、紛れもなくアズマを怪人と見なしているのだ。

 だがアズマはすっかり浮かれてしまって、そう認識されている事にいまだ気づいておらず、「おーい」だとか「これなら俺も騎士団入れますかねー、なんつって」などと上から大声で声を掛ける始末である。


『アズマ』


「うん?」


『多分、あの人たちはアズマの事をよく思っていません』


「ええ、何で? あ、さては獲物を横取りされたからか?」


『分かりません。でも後ろの人はアズマに殺気を当てています。……とても気に食わない』


 その時、アズマの背中に鋼の剣が振り下ろされた。あまりに鋭く、迷いのない太刀筋は並みの生物であれば一刀両断にすることが出来たであろう。


 しかし今のアズマに対してはあまりに無力であった。


「後ろ?」とアズマは気の抜けた返事を返す間に、剣とアズマの背部は鍔迫り合いの様相を呈し、結

果剣は凄まじい金属音を立てて折れてしまったのだから。


「馬鹿な……怪人殺しの剣だぞ。それがこうも簡単に」


「急に斬りかかるなんて何を考えて……て」


 アズマは振り返り、文句を言おうとしたところでハッと言葉を失う。


 折れた大剣を苦々しい表情で一瞥した後、大剣を放り腰の短剣を抜くその人は、アズマの親友であるウォレスだった。


「ウォレス。お前何を」


「ウォレス? 怪人が何故、俺の名前を。いや、この際それはどうでもいい。怪人が喋るだと? 怪人進化論など信じたくない学説だったが、目の当たりにしたら否定のしようもないか」


「待て、俺は怪人じゃない! 俺は」


 アズマは、自分の名前を名乗る所でギリギリ踏みとどまる。正体を晒すことは、危険なことなのではないだろうかと気づき始めたのだ。


 アズマ自身、説明のしようがない力なのだ。騎士団に向けて胸を張って話せる事などないし、仮にしたとしてその後のアズマの運命がどうなるかは予想できない。


 勿論、その力を与えてくれたソニアも同じである。


「俺は……あー、せ、せ、正義の怪人、だ」


「正義だと? 怪人にそんなものがあるわけないだろう」


「あー、じゃあ違う」


「違うのか」


「えーっと、そう。犬を散歩してたら、洋館の方に逃げちゃいまして。追ってきたら……いやぁ参った」


「そんな恰好してか」


「いや、えと、寒いんで」


「今は暑いだろう」


「そんなの人の勝手じゃないですか!」


「そうか。……そうかァ?」


 人間らしく、コミカルに動く鎧の姿にウォレスはますます不信感を募らせていく。

アズマとしては必死に敵対の意思がないことを示そうとしているのだが、見事に裏目に出ていた。


『アズマ、そろそろ苦しいです』


「何。この姿の反動か?」


『アズマの言い訳です』


「……そうかな。きっとウォレスなら分かってくれる」


「貴様、やはり怪しいぞ。怪人かどうかは捕まえてから調べればいい。始末するぞ」


「分かってくれそうになかった! っていうか、捕まえるのか始末するのかハッキリしろよ!」


「なら始末の方だ」


 その宣言と共に、ウォレスはその短剣を持ってしてアズマへの攻撃を慣行する。


 ウォレスは低い姿勢から、最小限の歩数でアズマの元へ接近すると、アズマの喉元へ刃を差し向けた。懐に飛び込み、初手で傷を負わせて戦いを有利にするのは極めて模範的な短剣の戦い方である。


 だがそれはあくまで対人戦での話であり、相手が怪人、ましてやそれを屠るアズマに通用するはずがない。


 アズマには、懐に飛び込んでくるウォレスの動きなど容易く見切れていた。アズマは飛び込んでくる刃に対して、蹴り上げで迎撃する。


 本人としては振り払う火の粉を払う程度のものだったが、アズマの足によって弾かれたナイフは凄まじい速度でウォレスの元を離れ、まだ崩壊せず残っている洋館の天井に突き刺さった。


「っぐ……なんと」


「止めろ。お前と戦いたくなんかない」


「ふざけた事を」


 ウォレスは、憎々しい瞳でアズマを睨みつける。すぐに右足のホルダーからもう一本同じタイプの短剣を取り出すと、アズマに向けて構えた。


「こんな馬鹿げた力を発揮できるのは怪人以外あり得ん。やはりお前は怪人だ」


「そんなこと」


『アズマ、この人殺しましょう。用意は出来ています』


 ソニアが不意にそんな事を言うから、アズマは少し取り乱す。


「な、何を言っているんだお前!」


『この人は邪魔です。なら殺すべきです』


「絶対に駄目だ! いいか、絶対に駄目だぞ!」


 必死なアズマに対して、ソニアの感情は乾いていた。実際、彼女にとってウォレスは打破すべき障害であるという認識しかない。


『でも、何か行動は起こさないと思います。あの人たちみんな相手にしても、今のアズマなら絶対に負けません』


 それでも、アズマにとっては一人の親友であった。ウォレスでない他の騎士たちも、戦うべき対象ではない。その点においてアズマとソニアは大きく考え方が食い違っていた。


「そんなことしたって意味がない。ここは逃げるぞ」


『……分かりました』


 逃走のルートを少し考え、洋館二階の崩壊した部分からあえて騎士団が集まっている洋館の玄関前付近に着地。騎士団たちが困惑しているうちにダッシュで逃走。


 そして隠れられるような場所で装着を解除。何食わぬ顔で家へ帰るという作戦をとる事にした。


 アズマは洋館から飛び込む前、ウォレスに向けて友としての言葉を掛ける。


「俺は怪人じゃない。きっとお前ならいつか、信じてくれる」


「ふざけるな」


ウォレスは吐き捨てるようにそう言った。仮面をしたままでアズマの真意が伝わるはずもない。


 作戦は結果的には上手くいった。


着地に失敗して頭から地面に突っ込んでしまったことや、思いのほか隠れ場所が見つからず多くの人にその鎧姿を見られてしまったことなどに目を瞑れば、であるが。


「はぁ……はぁ……」


 人気のない、町はずれの小屋の中で息を落ち着かせる鎧騎士。慌てて入ったから灯りも付けておらず、周囲は真っ暗で何の小屋かも分からない。


叫び声や怒鳴り声も掛けられない所から、人は居ないようなので一休みをするには打ってつけの場所であった。


「も、もう大丈夫だろ」


『ごめんなさい。……アズマ。この力、いりませんでしたか?』


 申し訳なさそうなソニアの声が脳内に響く。疲れた様子のアズマを気にしての事だろう。アズマは優しげに笑って言葉を返した。


「――――いや、そんなこともない。町をまもれたからな」


 確かにウォレスにはいらぬ誤解を抱かせてしまったが。


「怪人を倒せた。そのお陰で助かった人が居るって思うと、嬉しいんだ。ソニアのお陰で、久しぶりに誰かの役に立てた気がする」


『嬉しい?』


「ああ、嬉しい。ソニアのお陰だよ。ありがとう」


 とろけたように笑うソニアの声が聞こえる。一体どういう経緯でこんな事が出来るようになったのかは分からないが、この力のお陰でたくさんの人を守れた。


 帰ったらソニアに色々とお礼をするべきかな、とアズマはふと思う。



                    ****


 昨日の嘘のような闘いが終わり、当たり前のように朝が来る。

 アズマもまたいつも通りの朝を迎えていた。


 「ふ……ふ……」


 日差しの眩しい朝だった。アズマは起きてから着替えると、家の中で日課である筋力トレーニングを始める。騎士団を目指していた頃の名残だ。

 

 いつもと違う部分と言えば、一昨日までは居なかった少女が家に居ることだろう。


 ジャバウォックはトレーニングをするアズマの様子を床に体育座りでじーっと眺めている。


「アズマ、何をやってるのです?」


「ふ……ん? 筋トレだよ。日課になっててさ。暑苦しくて悪いな」


「いいえ。むしろもっと暑苦しくなってほしいです。汗でびしゃびしゃになったアズマの身体の匂いはきっと天にも昇るよーな甘い甘い匂いになるはずなのです」


「即効で汗流してくる」


「え、もったいな……あう」


 アズマもだんだんとジャバウォックの扱いに慣れてくる。困った時は寝る時に使っていたタオルケットでも与えれば、たちまち安静になることを知り始めていた。


 不本意ではあるが。


 そんなこんなで彼らの朝は始まるが、昨日に引き続き予期せぬ訪問者が今日訪れることを彼らは知らない。

それ(・・)は早朝にやってくるのが相場だというが、まさか身を持って知ることになるとはアズマ自身思いもしなかった。


 ジャバウォックは与えられたタオルケットに包まり、ノックは食べ終えた餌入れの前で欠伸、アズマは歯を磨いている最中。


 養うのが一人と一匹から、二人と一匹になったのだから、就職活動も今まで以上に気合を入れていかなければならないと思っていた矢先である。


 扉の戸を叩く音が聞こえた。こんな朝早くに誰だろう。


 アズマは口を急いで濯ぐと、歯ブラシやらコップやらを適当において玄関に向かう。そして扉を開ければ軽武装した騎士団が五名ほど立っていた。


「へ?」


 アズマは背筋を冷たくさせる。何故騎士団が家に来たのか。彼の脳裏に過るのは、ソニアを装着し怪人を倒した一連の騒動である。


 まさか、正体がばれている?


 怪人を倒したとはいえ、騎士団からすればアズマたちも捕らえるべき対象――――つまり、怪人として見なされている。アズマの想像通りの理由で来たのなら、アズマはここで逮捕されることになるだろう。


 騎士団の先頭に立つのは、栗毛色のショートカットが瑞々しい女性の騎士である。


「アズマ・オーベルライト?」


「は、はい。そうですけど」


 アズマは女騎士からの、次の言葉を祈るようにまった。

女騎士は懐から一枚の紙を取り出すとそれを事務的に読み上げる。


「あなたに幼女誘拐および監禁の疑いが掛っていて、国から逮捕状が出ている」


「やっぱり逮捕ですか……ん、幼女?」


 ジャバウォックがアズマのベッドの上で「えへへぇ、アズマぁ」と嬉しそうに呟く。アズマは恐る恐る、そのジャバウォックを指さした。


「……あれのことですか」


「その子以外にも居るの」


「いえ、あの子だけです」


「そう。じゃあ、あの子の事ね」


「……えええええええええええええぇぇぇぇ!」


 寝耳に水どころか、溶岩でもぶちまけられたような衝撃である。


「騒々しいわね」


「ちょ、待って下さい! なんでそんな、ええ?」


「役所の方から通報があった。無職の男が幼女を連れ回していると」


 アズマはジャバウォックを連れて役場を訪れた時の事を思い出す。間違いなくあの時だ。

 鎧の事はバレていないとはいえ、ある意味それを遥かに上回る疑いを掛けられていたわけである。


 予想外の事に気を動転させながらも、なんとか説明せんとアズマは口を動かす。


「誤解です! いや誤解ではないのか。でも俺はそんな犯罪を犯しているわけではなくてですね」


「じゃあ彼女の事について、どう説明する気?」


 女騎士はジャバウォックに視線を移す。

 せっかく買った少女用の寝巻も何故だかはだけてしまっていて、より犯罪らしさが助長されているのはジャバウォックの本意ではない。だが、女騎士は決してそうは思わなかった。


「自分のベッドに寝かせた挙句、タオルケットで猿轡をするなんて……。それに着衣の乱れも確認出来る。卑劣にもほどがあるわ」


「違う! あれはアイツが勝手に食ってるんだ! 俺は何もしてない!」


 女騎士の来訪に気づいているのか、いないのか。

 ジャバウォックはあくまで自分のペースを崩さず、アズマのタオルケットを甘噛みしつつ彼の名を愛おしそうに呟く。


「あぶまぁ……あぶまぁ……」


「ママ? 今、ママって言ったの? 可哀そうに、きっと一晩中呼び続けていたのね……。あなたはあんなイタイケナ子を監禁して何とも思わないの」


「あれは俺の名前を呼んでいるんだよ!」


「成程。妄想に捉われているのね。……何故隊長はこんなやつを」


「隊長?」


 一瞬センチメンタルな表情を浮かべた女騎士であるが、すぐさま剃刀のように冷ややかな顔つきに戻してアズマに向き直る。


「問答無用、斬るわ」


「は? 斬るって」


 剣の柄に手を掛けたのを見て、アズマの全てが縮み上がる。


「KILL!? ちょっと待て、落ちついてくれ!」


 慌てふためくアズマを見て、女騎士は自分の優位を確信する。もう少し押せば、素直に連行に応じてくれるだろう。


 勿論、本当にアズマを斬るつもりはない。彼女の経験上、武力を見せつければ取り締まりに応じる犯罪者が多かったのだ。少し刃を見せてやるだけ


「……ん?」


 だが、女騎士は何故か腰に携えた剣を抜くことが出来なかった。剣の手入れを怠ったことのない彼女にとって、錆の引っかかりなどの準備不足はあり得ない。


 であるならば、何故。


 その時、先ほどまで囚われていると認識していた少女がいつの間にかベッドからアズマの背後へと移動していることに気づく。


 アズマの影から女騎士を見上げる少女の瞳は、どんよりと昏く淀んでいた。


「殺す? アズマを? お前が?」


 誰にも聞こえないような小さな声。

 瞬間、女騎士の背中に恐ろしい寒気が奔った。騎士団仕込みの苦しい訓練を耐え抜いている彼女が、こんな幼い少女を恐れる道理はない。


 その道理を創り上げたのは、少女らしからぬ少女の瞳である。少女が口にしたことは、何があっても少女自身の手で叶えてしまうだろうと思わせる真実味があった。


 そして今、その瞳に宿るのは紛れもない殺気である。


「だから! ちょっと待って下さいよ! 俺はこいつの保護者なんです!」


「え?」


 アズマの祈るような懇願に、女騎士はハッと我に返った。慌てて呆けた顔を引き締める。

 それでも噴き出た冷や汗は未だに身体を冷たくさせていた。


「保護者? でもあなたがそこの子の親族じゃないことは分かっているのよ」


「それは確かにそうですけど。この子、行き場がないんです」


「なら騎士団か、然るべき施設に預けるべきでしょう」


「それは……」


「それは私が嫌です。アズマと一緒がいいのです」


 女騎士はそれとなく、少女をまた見る。少女の瞳は変哲のない普通の瞳に戻っていた。

 

 先ほどの殺気は気のせいだろうか。剣の柄から手を離して考えてみるも答えは出そうにない。


「あの、俺がこの子の保護者に合法的になるためにはどうすればいいんですか」


「……逆に聞くけど。なんであんたはその子の保護者になりたいの」


 女騎士からすれば不思議で仕方がない。彼の言う言葉が本当で、ただ保護者になりたいだけならばその理由が分からないからだ。


 何故、そんなリスキーな事を彼は望むのだろう。そう考えると、やはり下衆な考えを持っているからと帰結せざるを得ない。


 アズマからすればその説明は難しい。


 昔、裏切ってしまった気のする少女が戻ってきたので、自分の手で助けてやりたいと思った。


 それはどう考えてもアズマのエゴである。しかしソニア自身も騎士団に対して何故か良い印象を持っていないようなのだ。


 なんとか二人のエゴを通す方法はないかと思案しながらも、アズマは思い浮かぶ言葉を正直に紡ぐ。

 

「……約束したからです。俺が、助けるって」

 

 女騎士はアズマの瞳を見る。言葉の真偽を、目を見ただけで見破れると思うほど女騎士は自分を評価してはいない。


 それでも、アズマの瞳からは真っすぐな意思を感じてはいた。下衆な事を考えているわけではないのかもしれない。そう思わせる程度には。


「子供の扶養に必要なのは何よりも信用よ。働いてない人なんてお話にもならないの。でも逆を言えばってことはあるかもね」


 つまり仕事にさえ就いていれば、合法的にジャバウォックと暮らすことが出来るかもしれないということになる。


 アズマの顔に少しだけ希望の色が滲み始めた。


「分かりました。早く定職に就くようにはします。だからその、すぐに逮捕ってのは勘弁してくれませんかね」


「それを聞いて、はいそうですかって帰れる騎士団じゃないの。でも二日、猶予を上げる。私たちの監視付きだけどね。それまでに仕事を見つけることが出来れば私も認めるわ」


「ふ、二日。も、もーちょっと何とかならないですか?」


「無理よ。あんた通報されてんのよ」


 ぐうの音も出ない。確かにそれを認めたとあっては騎士団の名折れだろう。


「確かに……。分かりました。なんとか頑張ってみます」


 女騎士はその返事に頷くと、数人の部下に監視の任をつけて、アズマの家を後にする。


「甘いのでは?」


 道中、一人の部下が女騎士にそう尋ねる。さして気にした様子もなく女騎士はその問いに答えた。


「いいのよ。……あの子、少し泳がせたくなった」


「あの子? オーベルライトですか?」


「いえ」


 アズマ・オーベルライトの家に居たあの少女。

 彼女からは尋常ではない圧力を感じた。


 騎士団全隊に課せられた任務、それは『町に潜む新手の怪人を見つけ出すこと』


 あの少女がそうであるという確信はないが、その可能性の芽を女騎士は感じていた。


「ま、二日の間に暴いて見せる。ウォレス隊長のためにもね」


「はぁ」と、女騎士の部下は微妙な返事を反した。


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