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ジャバウォックの騎士  作者: 生肉を揉む
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5.閃光


 瞬間、アズマの足元から夢で見たものと同じ鎖が出現した。鎖はアズマを覆うように囲うが、夢の時のように縛りあげるものではない。それは丁度、繭のような形に見えた。


 そんな風に、二人が鎖に覆われている隙を逃す怪人ではない。

ジャバウォックに引きちぎられた腕は、既に再生している。その再生した腕の全てを持ってして、鎖の繭に拳を叩きつけた。


 一発、一発がレンガを粉々に砕くような威力を誇る怪人の攻撃である。しかし鎖の繭はその威力の全てを否定する。怪人の攻撃は全くの無力であった。


 加えて、その鎧は攻撃性を持っている。


 叩きつけた怪人の拳から、青い炎が発火したのだ。怪人は慌てて鎖の繭から手を離し、燃える手を壁に叩きつけたり、振ってみたりして鎮火を試みる。


 鉄の繭は青い炎に包まれていた。その炎がやがて竜の形を象り始めた時、怪人は一歩退く。あれは恐ろしいものだと、本能が直感したのだ。


「装着、――――完了」


 その言葉と共に、鎖の繭を引きちぎって現れたのは黒と赤に彩られた鎧の人である。

 全身を覆う黒金は鋭角的で、軟さをまるで感じさせない。重厚な鎧は動かしづらく重い印象であるが、その黒金に限っては羽のような軽さを誇っていた。

 関節部や膝裏、肘裏を彩る赤は黒い鎧の部分と比べれば薄い装甲であるが、関節のスムーズな可動と防御を兼ね備えた優れた装甲である。

 二本の角が伸びる兜は表情全体を覆っているので、その表情を伺い知ることは出来ない。

 その鎧が何者であるのか、一目ではまるで分からないだろう。


「これは……一体」


 鎧は自分の手を見ながら、アズマの声でそう呟く。

その鎧は紛れもなくアズマ本人であった。潰されたはずの両手が再生している事に感嘆するアズマだったが、周囲を見渡して、その傍にジャバウォックが居ないことに気づく。


『アズマ、私はここ』


「ジャバウォック? ここって、どこだよ」


『アズマを覆ってる』


「覆ってるって。この鎧がお前だっていうのか」


『そう』


「……原理は分からないけど、とりあえず信じる。で、今の俺はアイツに勝てるのか」


『勝てる。絶対に』


「武器は?」


『ない。物理で殴って』


「本当に大丈夫かよ」


『試してみるといいよ。目の前に居るから』


「え?」


 顔を上げたアズマが目撃したのは、無数の手である。突如出現した鎧の男に対して、怪人は先手を取りに来たのだ。


 アズマは突如迫る手に慌てて、飛び退く。飛び退いた瞬間、自分が同じ失態を繰り返してしまった事に気付いた。


 アズマは再度、怪人の繰り出した手の一つに足を取られてすっ転ばされてしまう。鎧を着ているからか痛みはないものの、足を封じられたのは苦しい。


「くそ!」


『大丈夫。足に力を込めて』


 アズマは頭に響くジャバウォックの声に従い、足に少しばかり力を込めてみる。瞬間、アズマの足を掴んでいた怪人の掌が木端微塵に砕け散った。


 動揺を見せる怪人だったが、アズマも同じである。


「砕けた! なんだ、この力は」


『何者も今のアズマには触れないし、触らせない』


「お前がやったのか?」


『二人でやったんだよ。それよりも、今度は本体がくるみたい』


 怪人はその場で腹這いになると、全ての腕を地面に着けて力を込める。そして腕たちは渾身の力で床を叩き、怪人自体をアズマ目がけて発射した。

 衝突すれば威力のある一撃を食らうことは明らかである。

 しかしアズマは、その迫りくる怪人を前にして悟ったような心境だった。


「……だんだん分かってきた」


 迫りくる脅威にアズマは恐れない。鎧を着る前の自分と比べて、今の自分がどれだけの能力を手にしてしまったのかが掴め始めている。


「今の俺にとって、あいつの攻撃は全部」


例えばその動体視力である。


「とんでもなくノロく見えるんだな」


 アズマは迫りくる怪人のボティを容易くかわす。つまりそれは動体視力だけでなく、反射神経にも富んでいることを示している。だがそれだけで終わらない。


 通り過ぎようとしていた怪人の背中に爪を当てれば、いとも簡単に怪人の肉を突き破り、そのまま怪人を掴むことが出来た。発射された怪人の勢いは完全に死に、宙で停止する。


「ううぅぅッ……らぁ!」


 苦悶に叫ぶ怪人を掴むアズマは、それをそのまま床に叩きつけた。

脆い木造はそれだけで床が抜け、怪人はそのまま一階の地表へと身体をめり込ませる。


「やりすぎたかな」


『すぐにあがってくる』


 ジャバウォックの言葉通り、怪人は地面から凄まじい速さでアズマ目がけて接近を仕掛けた。それを僅かな動作で軽くかわす。


 怪人はそのまま二階の天井に張り付き、アズマの様子をじっと窺った。


『どうしてすぐやっつけない? 思い切り殴ればそれでいい』


「考えたんだ。この力は加減が難しい。例えば人が居るとこまでふっ飛ばしちゃったりして、しかもそれがギリギリ生きていたりしたら問題だなって」


『じゃあどうするの』


「――――此処に留めて抹殺する」


『アズマが望むのなら』


 怪人は牽制の意も込めて、二本の手をアズマに差し向ける。その一本は手の甲で弾いた。ただそれだけの動作で怪人の手は千切れ、錐揉み回転をしながら洋館の天井に突き刺さる。


「手じゃなくてお前が来い」


 そしてもう一本の手はがっちりと掴むと、アズマは怪人を思い切り自分の元へ引きずり寄せた。

 怪人は天井から引っぺがされ、アズマの目前に迫る。丁度先ほどと掴む側と掴まれる側が逆になった形である。


怪人の顔面をアズマは右手で掴んで、軽く持ち上げた。

怪人は全ての腕でアズマの身体から離れんと抵抗をするが、その悉くが千切れて宙を舞う。怪人もアズマの鎧に触れただけで腕が吹き飛ぶとは、思いもよらなかっただろう。


怪人はそれでも抵抗をと身体全体を蠢かせるが、アズマの元から離れる抵抗にはなり得ない。

 そして、アズマは左手の拳を軽く握った。


「行くぞ」


 その声かけと共に始まるのは、左の拳による残像が残るほど疾い鉄拳の乱打である。巨大な機械を思わせる駆動音と破裂音が屋敷内に木霊し続けた。


 拳の一発一発の威力は、触れた物体を粉末状にしてしまうほどの革命的なものである。それを暴風雨のように浴びて起きる現象は、身体の消滅である。


 猛烈、熾烈、苛烈極める拳の乱打は怪人の身体をみるみるうちに縮小させていった。

 最後に残ったのは、右手で掴む怪人の顔面である。


「この町から……出て行け!」


 アズマは顔面を宙に上げると、それまで怪人を掴んでいた右の掌に力を込める。鉄を裂くような駆動音が、掌の中でギリギリ響いた。


 利き腕で思いきり殴る。


 アズマがしたことはただそれだけのつもりであった。だがその威力は人の限界を遥かに凌駕する。拳を振るった時に発生される風圧は屋敷の屋根を吹き飛ばし、拳と怪人の顔面が触れた時に生じる破裂音は数キロ先にまで轟く。


衝撃、轟音。


 その矛盾したプロセスは拳の速さがあらゆる全てを置き去りにしていることを示す。 

 そしてその一撃を受けた怪人の顔面は粉末、霧、そして粒子の段階を音速で経て……完全に消滅した。


「倒せた」


 その事実に一番茫然としているのは、アズマ自身である。

 怪人は倒せない。


ずっとそう学んできたからこそ、あっさりと自分の手で成し遂げてしまったことに違和感を覚えずにはいられない。


『アズマ、これが力だよ。全部、アズマのだよ』


「力って。ジャバ……いや、違う。今は力なんてどうでもいい。俺、お前の名前を思い出したんだ」


『名前?』


「ソニアだ。ソニア・ジグワース。それがお前の名前だよ」


『ソニ、ア?』


「ピンとこないか? でも俺は確信しているよ。お前はソニアだ。あの時言葉とか、面影とか。ソニア以外の何者でもない。違うか?」


『……アズマがそう言うなら、きっとそうなんだと思う。アズマ、私はこれからソニアって名乗ってもいいの?』


「名乗るも何も、お前の名前だ。お前が教えてくれたんだぞ、ソニアって名前は巳の国の言葉で夕焼けって意味なんだって。ほら」


 そういってアズマは、先ほどの拳によって開けられた洋館の穴から空を見上げる。そこから差し込むのは、信じられないほどに綺麗な夕日だ。


「お前の名前はこんなにも綺麗なものだったんだぞ」


『うん……すごく綺麗。私はソニア。そっか。……ソニアでよかった』


「でもなんでお前、ジャバウォックなんて名乗ってたんだ?」


『それは』


 言いかけて、ソニアの言葉が止まる。何かに気づいた様子だ。


「ん?」


『あの人たち』


 その動作と共にアズマの右手が独りでに動く。どうもソニアが操作しているらしい。右手は、洋館から見下ろした先を指さす。


 崩壊した洋館の下には何人もの騎士団が集まっており、絶望とも呼べる表情で洋館を見上げていた。彼らの視線の先は――――アズマである。


「おお、騎士団が来てくれたか! おーい、もう怪人は倒したぞ!」


 そう声を掛けると、騎士団一同が慄いた。そして一人が呟く。


「怪人が喋った?」


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