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ジャバウォックの騎士  作者: 生肉を揉む
11/17

11.ヒーロー

 どれだけ歩いてもノックのノの字も見つからない。野良犬、野良猫はそこら中で見かけたがノックらしい犬はやはり見つける事は出来なかった。

 

 既に黄昏時である。夜になるのもそう時間は残されていない。


「あーもういいっすよ、エルさん。ありがとうございました」


 世間知らずの様子からみて、恐らくエルは箱入り娘というやつだろう。それを遅い時間まで連れまわすのはなんだか気が引ける。


 というか、この時間までこの子を外に出しておくのがなんだか心配だ。


 そんな思いから、ユラはエルを帰るべき場所に帰そうとする。しかしエルは難しい顔をして地図を見ているばかりだ。


「エルさん」


「ユラ殿。ちょっとこれ、見てくれませんか」


「なんすか……ってうわ」


 そうユラが声を上げたのは、地図に書かれた夥しい文字と矢印マークである。


「今まで見つけたお犬やお猫の進行方向をメモしてみたのでありますが」


「なんでそんなことを?」


「何かの役に立つかと思って。他にも町の人が話していた事を一言一句逃さずにメモをしていたでありますよ」


 ふふん、と鼻を鳴らしながら胸を張るエルであるがユラの反応は冷たい。というより引き気味である。


「いや、メモって重要な事だけを書くもんっすよ? そんななんでもかんでもメモしちゃなんも分からなくなるんじゃ」


「……。で、野良犬と野良猫の進行方向でありますが」


 都合の悪い事をスルーした!?  と思うユラであったが、いちいち突っ込んでエルの話の腰を折るのも悪いので口は閉じておく。


「規則性がある、といいますか。なんだかみんな、町の端っこの方へ向かっているのであります。地図でいうと、この左下の方」


「確かに。言われてみればそうっすね。でも、なんで」


「犬や猫が行きたくなるようなものがあるということでは?」


「という事は……」


 ノックも、その方向へ向かっている可能性が高いという事である。二人は顔を見合わせると、急いでその方向へ向けて歩き始めた。

 

 ウォレスは騎士ギルドの待機室で一人、項垂れていた。


 怪人が町に現れ、さらには怪人の存在を解き明かすかもしれない少女を捕らえている現状で、ペットを探しなどという任務を任されたことに納得が出来ていないからである。


「俺は、こんなことをしている場合じゃないのに……」


「それでも任務です。任務を軽んじるなんて、あなたらしくありませんね。ウォレス隊長」


 ウォレスの独り言に応えたのは、騎士の服装に着替え終えて現れた女騎士である。


「ファノン。聞かれてしまったか。……そうだな、軽んじているつもりはないがどうも俺は焦っているらしい」


 ファノンと呼ばれた女騎士は少し微笑む。ウォレスとの付き合いは長く、騎士学校からの後輩であった。だから階級こそ違えども、ウォレスに対して砕けた物言いが出来る。


 普段はもう少しキツ目の印象を与えやすい彼女だが、ウォレスの前では柔和な様子を見せる。

それはウォレスに対しての信頼の証でもあった。


「なら私がブレーキを掛けてあげます。さ、仕事の話をしましょう」


「ああ。ペットならびに野生動物が失踪しているというが、どの程度なんだ」


「ペットという括りだけでしたら、三十匹程度。ですが、ノラも含めると百は優に超えるようです。それに最近夕方がやけに静かになったと思いませんか」


「鴉も減っているのか。人為的なものとは思えないな」


「ええ。何かの自然災害の前触れという可能性もあります。もしくは」


「怪人か。考えたくないが、絡んでいる可能性もあるな。……何か他に情報はあるのか」


「一つだけ。失踪したペットの飼い主からの証言をまとめると、どうも特に動物が居なくなりやすい場所があるようなんです」


「そうか。ならまずはそこに行ってみよう」


 ファノンは、調子を取り戻したウォレスの様子に内心喜びつつ、堅い声色で「はい」と返事を返した。


 野良犬、野良猫たちが向かう場所に餌を配る人物や、犬猫の遊び場にでもなりそうな廃墟でもあれば分かりやすかっただろう。

 だが彼らの向かう先は驚くほどに何もない、何の変哲もない家々が立ち並ぶ道沿いであった。

 エルとユラの二人は「ここで合ってるの」と言わんばかりに顔を見合わせる。もう一度、正面を見てくまなく探してみるがそれらしい建物も人物も見当たらなかった。


「……関係ないみたいっすね」


「うぅ、申し訳ないであります。どうも無駄に歩かせてしまっただけみたいです」


「いやいや、私ももしかしたらって思いましたし。まぁ仕方ないって事、に、して」


 ユラは視線の端にとぼとぼと歩く野良犬を見つけて言葉を止める。エルもそれに気づいて生唾を飲み込んだ。


 野良犬は確かにこの場所に居る。ならば、その犬がどこへ向かうのかを追えば何かが分かるかもしれない。


 二人は慎重に犬の後を追いかける。犬はふらふらとしながらも、迷いのない足取りで街路を真っすぐ歩くが、ふと何の変哲もない路地裏の入り口に差し掛かると駆け出して、その路地裏へ入って行った。


 慌てて追う二人。そして犬の入って行った路地裏を覗くと……追いかけていた犬の姿は影も形も消え失せていた。


「撒かれてしまったでありますか!? うう、このエルフリーデ・ゴトヒルフ・ザツルマン一生の不覚であります」


「いや、撒かれたと思うのは早計かもしれないっすよ」


「へ? といいますと」


 ユラの視線の先には、路地裏に置かれている緑色をした鉄製のゴミ箱がある。


「ゴミ箱、でありますか。まさかあの中に入ったと? でも蓋を閉める音もしなかったですし、そもそもお犬には蓋の閉められたゴミ箱の中に入るのは難しいのでは?」


「入ったんじゃなくて、入れられたんじゃないっすかね」


「入れられた?」


「それに蓋を閉める音に関しても、……見てください。これ、完全に閉まってないんすよ」


 ユラの言うとおり、ゴミ箱の蓋はわずかであるが数センチほど浮いている。


「え? あ、本当であります。でも半開きになってるってことは何かがつっかえになっていて、それが音を吸収するようなものでないと――――ひぅ!」


 そうエルが声を上げたのは、ゴミ箱の蓋が閉まらないよう支えていた『つっかえ』を目撃したからである。それは黒く、丸く、小さく、毛むくじゃらの何か。

 

 特徴がそれだけであるならば可愛らしくもあるが、エルが声を上げた理由はその黒い毛玉にぎょろりとした双眸があったからである。

 

 毛玉は入り込んできた日差しに目を細めると、身を呈して蓋のつっかえになるのを止め、ごろりと転がりゴミ箱の中へ落ちていく。蓋の閉じる重い音がようやく路地裏に響いた。


「今の」


「なんでありますか、あのちっこい。毛、いや眼」


「分からないけど、野良犬の失踪に一枚噛んでそうな雰囲気でしたね。……っていうか、黒幕?」


 ユラは少し考える。あの毛玉が本当に野良犬たちの失踪、或いはアズマのペットであるノックの家出に関係しているのなら追うべきなのだろうか。


 なんとなく、危険な予感はする。追わない方がいいと本能の部分が警鐘をガンガンと鳴らしている。


 だが、もしもここで追わなかったことで、先ほど視界から消えてしまった野良犬が酷い目に合ってしまったら。


 そんな傲慢も甚だしい思考と感情が浮かんでは消える。自分が行ったところで何が出来るわけでもないし、何故そんな事を考えるのか。


 その時ふとユラの脳裏に浮かぶのはアズマ・オーベルライトの横顔である。影響された。あの人の考えなしのお節介に。


 自分の考えている事に困惑し、どうすればいいのか分からなくなってユラはふと隣を見た。助けを求めるわけでもなく、ただ、なんとなく。

 エルフリーデ・ゴトヒルフ・ザツルマンは信じられないぐらい真っすぐな瞳をユラに向けていた。


「ユラ殿」


「え?」


「ユラ殿がここを立ち去りたいのなら、私はそれを責めませんし、心の底から同意します。でも追いかけたいのなら、やっぱり私は同意するでありますよ。どちらを選んでも、私はユラ殿の隣に居るであります」


「エルさん……」


「それに、きっとここまでして探しているお犬はユラ殿にとって大切な犬なのでありますよね?」


「え、いや。私が大切っていいますか、私の知り合いが大切にしている犬なんすよ」


「なんと? つまりその人はユラ殿にとって大切な人というわけでありますな」


「ヴぇ?」と素っ頓狂な声でユラは聞き返す。


「だってそうでありますよ。こんな時間まで自分じゃない誰かのお犬を探すなんて、なかなか出来ることじゃないであります」


「そ、そうかもしれないっすけど。それは成り行きっすから。……あ~~~~もうっ! 大切とかそんなん置いといて、私はやりっぱなしで何かを投げる事が嫌いなんすよ! だから! 追いかけるっすよ! エルさん!」


「合点承知であります、ユラ殿」


 力強くエルはそう言ってのける。その言葉と、自信に満ちたエルの顔からユラは万倍の勇気を貰った気持ちになった。


 そしてゴミ箱の蓋に手を掛けるのである。


「この下にはゴミを運ぶ用のトロッコがあって、そのトロッコを運用するための地下道があります」


「地下道でありますか」


「子供の頃一回入ったことがあるっすけど、臭くて暗くて、あんま良い思い出はないっすね」


「でも、行くと決めたなら行きましょう」


「分かってるっすよ」


 初めにユラが地下へと降りていく。緊急時用の縄梯子が取り付けられているので、自由落下に頼る方法を使わずに済んだのは二人にとって行幸だろう。


 地下はうすら寒く、常に水滴が落ちる音がどこかから響く。視界は真っ暗で、最悪と言って良いだろう。


「暗いっすね」


「安心して下さい、私、簡易用のランタンを持っているであります」


 そういってエルはポンチョの中のポケットをごそごそと弄り、掌に載るサイズの小さなランタンを取り出した。


 加えてマッチを取り出すと、慣れた手つきで火をつけて、それをランタンに灯す。お世辞にも強い光とは言い難いが、真っ暗な環境では実に頼もしい灯台となった。


「おお、そんなんあるんすか? 流石技術大国、酉の国っすね」


「ふふん、もっと我がお国を褒めてもいいでありますよ」


「でも料理不味いっすよね」


「褒めてって言ったでありますよ!?」


 なんだかんだ、そんな調子の良い会話をしながら二人は地下道を歩いていく。

地下道の上部にはそれぞれ灯りが取り付けられているが、それは仕事をしている時のみ点灯するもので、今のような労働時間外は常に消されていた。


 足元にはトロッコを走らせるための線路が敷かれている。その線路の脇には人が歩くための道があり、そこを二人は歩いていた。


「しかし、一体何の理由でお犬やお猫を集めているのでしょう」


「皆目見当もつかないっすね。まぁでも思いつくのは……食用?」


「た、食べるんでありますか」


「思いつくのはって話だから。まさか誰がそんな」


 その時、暗闇の先から犬の唸る声が聞こえ出す。二人はすぐさまそこへ駆け寄るが、すぐに様子がおかしいことに気づいて足を止めた。

 あまりに声が低すぎる。暗くて犬の姿をよく捕らえることは出来ないが、どうも地下を支えるために取り付けられた補強用の柱の元にいるらしい。

 エルは少し怯えながらも、ゆっくりとランタンを犬に近づけていく。そして愕然とした。

 犬は犬でもただの犬ではない。身体の半分が鉄のような鱗に覆われており、片方の瞳には黄金の色を携えていた。鱗の犬は鉄で作られた柱をいとも簡単に食い千切り、数回噛んでは飲み込み、そしてまた柱を食い破る。

 

 ユラとエルの二人は共々怯えた顔で目を合わせると、ゆっくり、ゆっくりとその場を去る事にした。


 そうしようとした瞬間、鱗の犬は柱を食う動きを止める。そして舐めるような動作で、二人の少女を見上げる。数秒の間を置いて、犬は牙を剥きだしにして疾走した。


 狙いは当然、ユラとエルである。それを理解した二人は、犬の元を離れるべく全速力で走り始めた。


「やばいっす! マジでやばいっすよ!」


「うわあぁぁぁ追いかけてくるでありますー!」


 泣き叫ぶ二人が目指すのは、当然入り口であるゴミ箱の下。縄梯子である。しかしその縄梯子の下へ既に到達している人物があった。


 暗くてその影が何者なのかは分からない。だが驚くべき事にその人影は……縄梯子を素手で引きちぎってしまった。


 それを目撃した二人はあまりの絶望と衝撃に言葉を失う。それでも走ることは止めなかったので、縄梯子を引きちぎった人物が何者であるかが分かる距離まで近づいた。


「な、何をしてくれるんすか! アンタ!」


 縄梯子を引きちぎった背中に、ユラは泣きそうな声でそう怒鳴りつける。しかし何者かは特に動じた様子もなく、上を見上げていた。

 何物かはボールのような肥満体で、服というよりも柔らかい鉄のような素材の何かを纏っている。

 背を向けているので正面がどうなっているのかは窺いしれないが、後姿だけで異様な気配を感じ取れたのでユラとエルは足を竦ませた。


 何者かの視線の先には空がある。ユラが、ゴミ箱の蓋は開けたままにして地下へと侵入したからだ。


その蓋は、その何者かの腹から出てきたらしい大量の黒い毛玉によって閉ざされる。


「……な、何をしたんでありますか。今」


 その言葉に応じるように、何者かは首を百八十度回転させてユラたちの方を見た。


 いや、正確には見たのかどうかは分からない。その者の首には、顔と呼べるパーツが一つもないからだ。

  鉄で作られたようなのっぺらぼうの首を見て、エルは上ずった声を思わず上げる。

 ならば、その存在の顔はどこにあるのか。それはその者が、首と同じように身体を百八十度回転させてユラたちの方へ向けた時に分かった。

 

 腹である。その腹にはまさに犬一匹分ぐらいなら悠々と飲み込めるような、大きな口が取り付けられていた。


 しかしそれ以外の顔面のパーツはなく、品性の欠片も感じられないような汚い口があるのみである。


 ユラはその存在がソレであると認識して、小さく呟く。


「怪人……」


「な、なんで怪人が当たり前みたいに、こんな場所に居るんでありますか」


「私にも、さっぱり」


 怪人は腹の口を咀嚼するようにもごもごとさせると、何かを吐きだす。それは……鎧のような鱗を纏った猫である。なんとなくユラは一つの真実を察した。


 さっきの犬も、この猫も恐らく――――失踪した動物たちだ。こいつは何らかの方法を使って、犬や猫をあのような変わり果てた姿へと変貌させている。


 怪人は鎧を纏った猫を次から次へと吐きだす。そのどれもが妖しく目玉を輝かせ、低く深い声色で唸った。


 ユラたちの後ろには先ほどの犬に加え、他に数匹の犬が敵意の籠った瞳でユラたちの退路を塞ぐ。

 前は怪人と鱗を纏う猫。後ろは鱗を纏う犬。


 さらに怪人は駄目押しと言わんばかりに、腹から大量の鴉を吐きだし始めた。やはりそのどれもが鎧を纏っているようで、ユラたちの頭上をまるで死体を狙うハゲタカのように群れて旋回する。


 完全に囲まれた絶望的な状況。打てる手は一つもない。全ての攻撃を奇跡的にかわしたとして、縄梯子がなければ地上へ上がる事も出来ない。


 抵抗は無意味だと、ここまではっきりと状況で示されれば考える事すら放棄せざるを得なかった。


「エルさん。本当に、ごめんさない。まさか、こんな事になるなんて」


「……そうでありますね。まさか、怪人が居るなんて」


「私の事は本当に恨んでくれていいっすから。全部、全部、本当に全部、私のせいっすから」


 心の底から申し訳なくて、殆ど涙声でそう言うユラ。しかしエルは対照的に、やけに落ち着いた声色でユラの言葉を否定した。


「誰がユラ殿を恨むでありますか。この町で出来た……初めての友達でありますよ? いや、もしかしたら初めて出来た本当の友達かもしれません。多分、私たちは助かりませんけど……でも、最期が友達と一緒なら私は幸せであります」


 鎧を纏う動物たちが、じりじりとユラたちとの距離を詰める。その瞬間をユラたちは祈るように待つ。誰かが助けてくれるなど夢にも思わない。

 

 彼女たちが願うのはただ一つ。隣に居る友達が、少しでも傷つかず、苦しまない事。ただそれだけを互いに祈った。


そう、夢にも思わない。

 まさか、鎧を纏った黒金の誰かが目にも止まらぬ速度で動物たちを殲滅し、自分たちを守ってくれるなどとは。


 その光景を目撃したユラは「え?」と惚けた声で呟く。まず、頭上を騒がしくしていた鴉たちが突如細切れにされた。鎧にされていなかった部分の、黒い羽根がはらはらと舞い落ちる。 


 その羽根が地面に付く前に、ユラたちを喰らおうと飛びかかった犬たちの姿が忽然と消える。

鎧を纏った犬たちは地下の横壁にめり込まれ、全く身動きが取れなくなっていた。


 その時、初めて自分たちを境地から救ってくれた鎧の存在に気づく。鎧の残身からして、どうも犬たちには回し蹴りをお見舞いしたらしい。


 鎧はその回し蹴りの構えを解くと、何かを堪えるように右手を握る。……ユラにはそれが、本当はこんなことをしたくない自分を必死に抑え込んでいるように思えた。


 そう言えばと思い、怪人の居る方を見ると鎧を纏った猫たちが地面に埋め込まれている。

果たして拳で叩きつけてそうなったのか、かかと落としを決めてそうなったのか。


 いつのまにか退治されていた猫たちのやられたプロセスについて、ユラは想像する他なさそうである。


「あ、あなたは誰っすか」


「正義の怪人だ」


                  ***


 数分前のことである。

 アズマとソニアは変身した姿のまま、店長の工房の中をただ突っ立って居た。

 店長は鎧の上からアズマを艶めかしく指先でなぞる。他にも理由はあるが、その感触がおぞましくてアズマは身体を小刻みに震わせていた。


「店長、キツイっす。もう本当、キツイっす」


「駄目よぉん……が・ま・ん」


「いやもう本当、吐きそうに」


「失礼極まりないわね! ……これもあなたの修行の一環でもあるんだから我慢なさい」


 それは決して、アズマの身体を撫で回す言い訳などではない。

装着した状態のアズマの鎧は、振動を利用した強力な力を発揮する事が出来る。だがその振動を制御するのは得意ではなかった。

 この先、装着をする機会があるのかは分からない。だが触れる物を例外なく全て砕いてしまう状態のまま運用するのはあまりに危険過ぎる。

 

 その制御方法を考案し、買って出たのが店長であった。だが方法と言うほど画期的なものではなく、ただ店長が生身でアズマの身体を触り、それを砕かないよう頑張って制御するというだけのものである。

 

 一歩間違えれば腕が飛ぶというのに、その方法を推したのは鎧を直に触れたいという店長の欲望が透けて見えるようだったが、他の方法が思いつくわけでもないアズマは渋々頷く。


 振動を速くするのはアズマとソニアの意思が合わされば簡単に出来るのだが、遅くするのは一定の力を筋肉に込めることと、一定の呼吸を維持する必要があった。

 最初は勝手が分からず、随分と苦労したアズマだったが今となっては制御する事が難しいものではなくなっているので、店長の方法が功を成したと言えるだろう。


「う……おぇ」


 本人としては、たまったものではないようだが。


「店長。あの、まだですかね」


 吐き気を堪え、アズマは言いにくそうにそう尋ねるが、鎧姿のアズマを触る店長は恋した瞳で独り言を零すばかりである。


「ああ、良い……。この自然鉱物とも人工鉱物とも言えないような鈍い輝き、武骨さと美しさが同居するフォルム。しかし見た目だけでなく、機能性も抜群。何よりも装着した者の運動性を極限まで上昇させるオカルトとしか思えない性能には鎧というものの在り方を改めて考えさせるわ……」


 うっとりした店長の顔を見て、何故こうも鎧に対して官能的な反応を示すのかをアズマは考えてみるが答えは出そうにない。


 どうも元々、騎士かそれに準ずる戦士であった経緯があるそうだが、その時代の事を知るものは誰もいないし、知ろうとも思わなかった。


 だが鎧に対しての並々ならぬ執念を持つ理由は少し気になる。その理由はアズマよりも先に就職したユラも知らなかった。


 その事についてアズマが尋ねた事もあったが、それとなく流されてしまったきりである。 


「店長。あの、店長? 聞いてます」


『聞いてないと思います』


「だよな……」


「んねぇ、アズマ君」


 急に店長から呼びかけられて、アズマは少し慌てた様子で返事を返す。


「あなた、この鎧を着けている時ってどんな感覚なのかしら」


「どんな感覚、ですか」


「何かと戦いたくなるとか、自分以外の全てが矮小に見えてくるとか」


「いえ、特には」


「なるほど」


 店長は手に持ったノートに、「破壊衝動や傲慢な意識を植え付けられる事はなし。となると精神にデメリットを負う事はないってわけね」と小さな声で呟きながらメモをする。


 このままではいつまでたってもノックを探しにいけない。

 やきもきした気持ちが、アズマの心に溢れてくる。それに呼応して、左手が僅かに振動し始めている事にアズマは気づいた。


「あれ?」


 その異変に、一心不乱にノートを取る店長は気づかない。制御は怠っていないはずなのに何故。その時、頭の中に鎧となったソニアの声が響き始める。


『アズマ、アズマは今、店長を鬱陶しいと思い始めています』


 鎧となったソニアの声は、アズマ以外の人物には聞こえない。だからその言葉にぎょっとなるのはアズマだけである。


「何を言っているんだ」


『アズマが望むなら、この人を殺してノックを探しに行く事も出来ます。ううん、殺しましょう』


 アズマの左腕の振動は、気づけば音の速さを超え始めている。触れれば確実に対象を抹殺する事の出来る状態、臨戦態勢だ。


「な、何を言ってるんだお前」


「ん、何か言ったからしら?」


 怪訝な表情で振り返る店長に対して、アズマは慌てて左手を後ろに隠して誤魔化す。


「うふふふん、何を隠したのかしら。まぁいいわ。今日はここまでって所かしらね。次はデッサンをとるから今日以上に時間を貰うわよ」


「そ、そうですか。お手柔らかに」


「じゃ、あたしはちょっとお花を摘みに言ってくるからあんたたちは好きなタイミングで帰りなさい」


 そう言って店長は鼻歌交じりに工房の奥へと消えていく。左手の振動はそれを見届けると止まった。


 残されたアズマは、鎧のままのソニアに叱る声色で話し始めた。


「ソニア、お前はなんでそう殺すとか、殺さないとかそういう話になるんだよ」


『別に。ただの手段だと思います』


「そんなわけないだろう! 殺す事に正しさなんてない!」


『アズマの言っている事が分からない。怪人は殺した。それは怪人が邪魔だから、どこかへやるための手段の一つとして殺した。なら同じように人も邪魔なら殺してもいいと思う』


「違う。邪魔だからとか、そういう単純な理由じゃない。……単純な理由じゃないんだ。本当は怪人だって、殺すなんて事」


『アズマは殺すという事に怯え過ぎている。どうして怯えるのか、私は分からない』


「……俺もお前が分からないよ。どうしちゃったんだ。記憶喪失だとしてもソニア、お前は俺の事を覚えていた。でも俺の覚えているソニアと、今のソニアは違い過ぎる。まるで人が変わったみたいだ」


 鎧のソニアは少しだけ黙りこくって、「そうかもしれない」と小さく呟いた。


『――――ん』


 それから間髪入れず、ソニアは何かに気づく素振りを見せる。


「どうした?」


『怪人の匂いがする』


「何、怪人だと。まさか、前のやつがまだ」


『それはもう抹殺しました。それとは違う個体のようです。急にどこからから匂ってきました』


「場所は?」


『町の中です』


「また町の中か! 騎士団は何をやっているんだ。町のどこに居るんだ」


『どこ。うーん。端っこの方。口で説明するのは難しいから、この身体のままつれていく』


 ソニアがそう言うや否や、アズアの身体は勝手に戸口に向けて動き出す。


「え? お、あ、ちょ、ちょちょ待て!」


 そんなアズマの制止も聞かす、鎧の身体は扉を突き破り、極めて機械的なフォームで町の中を疾走し始めた。子供や町の人が悲鳴と共に指をさすのもお構いなしに、鎧はがしゃんがしゃんと音を立てて町を駆け抜ける。


「馬鹿! また騎士団に追いかけられちゃうだろ!」


『仕方ないです。それに怪人の居る場所に、人の匂いもします』


「なッ、襲われてるってことか。なら、確かに急がないと駄目だな」


『一つは知らない人の匂い。でももう一つは知ってる匂いです』


「え?」


『ユラの匂いです。このままだと、ユラが死にます』


「……ソニア、少し急ぐぞ」


『うん』


 脇目を振らず走り抜ける事に二人の意思が揃う。その瞬間、鎧からは重厚な駆動音が響き始め、彼の走る速度は今までのソレを遥かに凌駕する。

 

 家の壁と壁とを蹴り進み、地を駆ければ土煙が舞い上がった。誰の目にも止まらない速度で彼が目指すのは、町の端っこにある変哲のない路地裏であった。




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