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ジャバウォックの騎士  作者: 生肉を揉む
10/17

10.夢

 

 普通の人生を送りたい。

 それは大衆が望む願いであり、ユラの願いもまたその例に洩れなかった。

 だが普通とは、人によってその形を変えるとびきりに尖った個性でもある。

 

 田舎町で生きるユラにとっての普通は、一五歳までの義務教育を終えたら地元で適当に就職をして、長い長い人生をだらだらと貧困に喘がない程度に過ごすことだった。

 それでいいのか、とユラの両親はユラの決めた事に文句を言ったものだが、放っておいてくれとしかユラは思わない。

 

 景気は暗く、危険はいっぱい。夢もなければ誰かに期待されるような才能もない。

 そんな環境で一体何を望めばいいのか、とユラは常々思っていた。

 だから宿屋への就職も、何か志を持って決めたわけではない。

 

 なんとなく就職活動をして、なんとなく働かせてもらうことになった。だから仕事に対しての情熱などあるはずもないし、興味もない。


 少なくとも最初はそうだった。だが仕事をしているうち、その職場で同僚の一人に少しばかり興味を惹かれるようになる。


 アズマ・オーベルライトは彼女の目から見て、一心不乱に働いているように見えた。

 最初はそれが不思議で仕方がなく、よっぽどこの仕事が好きなのかとも思ったがそういうわけでもないらしい。

 何かから目を背けるために、目の前の仕事に一生懸命になっている。そう思うようになったのは、風の噂で彼が騎士のなりそこないだと知ったからだ。

 

 夢を追う者の残酷な現実を知ったみたいで、アズマの事が途端に哀れに思うようになったが、そんな気持ちはしばらく顔を合わせて話している内に吹き飛んでいく。

 

 それだけアズマと過ごす時間は楽しかったのだ。

 

 ちょっと弄れば面白いぐらい反応をしてくれるし、トラブルに見舞われて困っている時も迅速に助けてくれた。

 

 不必要なぐらい誰かのために献身的になろうとするのも、決して破れた夢から目を背けるためだけじゃなく、自分の中で芯としている物に従っているだけだと分かり始めてもいた。 

 

 アズマという男を知れば知るほど楽しくて、面白くて、何かが満ちていく気がする。 

 そう思っていた彼女だから、正直、職場を離れる決意をするのが怖かった一面もある。


 アズマと一緒に働けなくなると、自分の人生がつまらないものに変わってしまうのではないか。 

 

 そんな風に考えたりもしたが結局彼女は自分の人生と相談して、辞める事を選ぶ。

 

 そして今、いろんな事情が二転三転と転び――――彼女は再びアズマと同じ職場で働くこととなった。

 

 それはユラからすれば、退屈しないで済みそうだと嬉しく思うのだが……。アズマの様子が前の職場の時と比べると何かが違う気がするのである。


 自信がついた、という表現が一番近い気がするのだがしっくり来ない。


 ふと、アズマに対して抱いていた印象を思い出す。夢破れた男。自分の中の芯に従う男。


 だが今の彼はそのどれもが違う気がするのだ。


 むむむ、何で私が先輩のためにこんな鬱屈とした気分にならなくちゃいけないんすか。そんなことを考えながらユラはその日も出勤する。

 

 そして、そのおたんこなすの様子が激変している事に衝撃を受けた。


「ぅ……うぐ……ぐぅぅ」


 号泣だ。何故か彼は顔をくしゃくしゃにして号泣していた。最初はあえて無視してみたり、普通どおりに接してみると、アズマもいつも通りに対応した。号泣しながら。


 仕方なしに理由を聞いてみると……なんだか呆れてしまった。


 なんだかどうでもよくなり、ユラは自分の仕事に手を付けることにする。アズマはアズマでロビーを掃除したり、今日やってくるお客のチェックをしたりする。号泣しながら。


「アズマ先輩」


「……なんだ」


「いつまで泣いてんすか」


 これじゃ仕事に集中出来ない。


 いい加減痺れを切らしたユラは帳簿を隅に追いやり、人の来ないカウンターで頬杖を付きながら、ロビーに置かれたソファーの埃を泣きながら掃うアズマにそう話しかける。


「だって仕方ないだろう……ノックが、ノックがぁ……」


 最初は何事かと思った。


まさか働ける喜びに泣いているのだろうか。もしそうだとしたらマジでドン引きだなぁ、と思っていたユラだったが真相は違うらしい。


 話を聞けば、アズマのペットである『ノック』が家出してしまったという。


 アズマはそれが悲しくて号泣しているのだ。……それはそれで、ユラはドン引きした。


「アズマが悲しい。私も悲しい」


 そう言うのは、何故かメイド服姿で床を箒で掃くソニアである。


『集客には子供よ! 子供の愛らしさを使えば客がきっと集まるのよ!』


 という店長の暴論とも呼べる提案を実行に移した結果だ。果たして防具を欲しがる客層と、子供を可愛がる客層は重なるのだろうか。


 まさかそんな邪道にも手を出すとはここもヤバいんじゃないだろうかと疑い始めるユラであるが、とりあえずもうしばらくは様子見をするつもりである。


 最初は保護者であるアズマも難色示したものの、ソニア本人が以外とノリノリなので、倫理的にはOKなのかもしれない。


「ユラ。アズマにとってノックはそんなに大事な存在なのかな」


 いつの間にか近づいてきたソニアが、ユラに向けてこしょこしょ声でそんなことを尋ねてくる。

 ソニア。アズマが連れてきた謎の少女。

 彼女に対して気難しそうな印象を抱いていたが、以外とフレンドリーな子だったとユラは考えを改め始めていた。


「んー、そうっすね。宿屋で働き始めたぐらいの頃からの付き合いみたいっすから、一年ぐらい? それなりに友情が育まれてくる年月ではあるっすね」


「そう」


 なんだか少し落ち込み気味のソニアを見て、ユラの悪戯心が擽られる。

このソニアという少女が、アズマの事をとんでもないぐらい好いていることにユラはとっくに気づいている。


というか気づけない人が居るのだろうかと思うぐらいのベタベタっぷりだ。


「ソニアちゃん、わんちゃんに嫉妬するなんてかぁいいっすねぇ」


「でもアズアからしたら、ノックの方がかぁいいのかもしれない……」


「どうします? アズマさんがノックと結婚したら」


「え? アズマと、ノックが……結婚?」


 稲妻に打たれたような衝撃に、呆けた表情を浮かべて宙を見上げるソニアを見てユラはうっしっしと笑う。

 きっと今頃、犬と挙式を挙げるアズマの姿を思い浮かべているのだろう。そもそもノックは雄だったような。


「何を吹き込んでいるんだお前は」


「あぅ」


 アズマにハタキで頭を叩かれて「へへへ」とユラは笑う。


「やぁしかし、ソニアちゃんって面白い子っすね。ホント、どこで拾ってきたんすか」


「拾ったわけじゃないって何度も言ってるだろう。まぁともかく、説明が難しいんだ」


「ま、深くは聞かないっすよ。しかしアズマ先輩んとこのワンちゃん、結構本当に心配っすね」


「そうだろう。家出する理由なんてないはずなのにさぁ……なんだろう、一昨日、頭撫ですぎちゃったのかなぁ」


「いちいち泣きそうにならないで下さいよ。そう言う事じゃなくて最近、ペットの失踪が町の中で相次いでいるらしいっすよ」


「何、そうなのか? まさか、ペットを狙った盗賊とか窃盗団の仕業じゃないだろうな。もしそうだったらノックが、ノックが……ひぐ」


「先輩マジキモいんすけど」


「だって!」


「うわ、涙で顔がぐちゃぐちゃだ。……そんなに心配なら早退して、探してくりゃいいんじゃないっすか」


「いや、早退は不味いだろう。俺は仕事はキッチリとやりきりたいんだ。やりきった後で、ノックを探しにいく。ついでに他のペットたちも探しにいくかな」


「え、他の人のペットも探しにいくんすか?」


「当たり前だろう。いやホント辛いぞ、ペットが居なくなる気持ち。他にもこの気持ちになっている人が居ると思うと、助けたくなるってのが人情だろ」


「毎度の事ながら。よくもまぁ、見ず知らずの人のために頑張ろうと思えますねぇ」


「すげぇだろ」


「褒めてねぇっすよ。……でもまぁ、少しぐらいなら手伝いましょうか?」


「え、本当か!」


「まぁ暇っすからねぇ。ちょうどあと五分ぐらいで閉店ですし、そのあと一緒に行きましょう」


「ああ。……持つべきものはよき後輩だなぁ……」

「そういう事言っちゃうから気持ち悪いんすけど……」


「定時で帰ろうなんて、ダメよアズマ君」


 そう言って店の奥ならヌッと現れたのは店長である。ギョッとするアズマを尻目に店長は話しを続けた。


「君にはこのあと、もう一つの仕事が残っているでしょん」


「え、あ」


 そう。鎧姿を店長に観察されるという彼とソニアにだけ与えられた仕事である。

ちなみにユラは、アズマだけに課せられた仕事があるという事は知っているが、その内容までは関知していない。

 

 そもそもアズマがソニアを装着する事で鎧の姿になるという事を彼女は知らないのだから当然だろう。


「ど、どのぐらいで終わりますかね」


「さぁ。でも少なくとも一時間は掛かると見てほしいわね」


「い、一時間。きょ、今日はなんとか勘弁してくれませんかね!」


「いいえ、それは聞けないわ。私もね、我慢の限界なのよ、あの黒光りする滑らかな光沢……一度見

てしまったのなら病みつきになるような機能的可動部。ああ、ダメ、思い出すだけで心が、身体が……火照る」


 店長はまるで恋する乙女のような、うっとりとした視線をアズマに向ける。そして店長はアズマの身体をがっちりと掴むと、自分の工房に向けて歩きだした。


「さぁキッチリ仕事をしてもらおうかしら」


「ちょ、ちょちょちょ! 待って! あ、ソニア!」


「アズマ。私、アズマが望むならアズマの犬にでもなるよ」


「お前、何言ってるの! ちょ、あ、ユラ! 頼む! 先に探していてくれ! 絶対追いつく! 後から! 追いつくからあああああああ!」


 そんな断末魔じみた叫びを上げるアズマ、ウキウキ顔の店長、そしてアズマの後を犬耳のポーズをしながら追いかけるソニアは裏口からとっとと出て行ってしまった。


 ポツンと一人店内に残されるユラ。


 はぁとため息を吐くと、一人店の片づけを始める。


「一緒じゃないと、暇つぶしにならないじゃないっすか」


 寂しげにそう呟く。それは本人には決して言えない独り言であった。


「いぬー。どこっすか、いぬー。じゃなくてノックでしたっけ」


 私服に着替えたユラは、そんな気だるげな声を上げながら町を練り歩く。

 路地裏、町の公園、食べ物屋の並ぶ通りなど動物が居そうな場所を当たってみる彼女であるが、一向に成果は出ない。


 野良犬、野良猫なんかはいくらでも見つかるのに。

 もうこの際、その辺の野良犬をとっ捕まえて「ノック居ました。ちょっと見た目がたくましくなってましたけど」と言ってアズマに差し出してしまおうかと思ったが、流石にすぐバレるかと思って止めた。


「全く。狭い町とはいえ、犬一匹見つけ出すなんて無茶っすよねぇ」


 不抜けた顔で彷徨い歩くユラだったが、ふと気になる人を視界の端に捕らえて「ん?」と喉の奥で疑問符を転がした。


 彼女の視線が捕らえたのは難しい顔をして、町の地図を見る少女である。

 黒いポンチョを着ている姿だけで、その少女がこの町どこかこの国の人間でないことはすぐに分かった。


 そのポンチョは酉の国で着られている伝統服である。その仕様からしてどうも学生のようだ。


 留学……をするには著名な学校はユエルにはない。とするとただの旅行者だろう。

面倒事を嫌ったユラは、困っていることはなんとなく察せたもの、特に声も掛けずに通り過ぎようとする。


「あ、旅の御仁! ちょっとよろしいでありますか!」


 しかし、向こうから声を掛けられてしまったのだから反応せざるを得ない。


「……私っすか」


「そうであります! 旅の御仁!」


「いや、どっちかっていうと旅の御仁はそっちの方じゃないっすか」


「え、は! 私とした事が! すみませぬ、まだこの国の言語が覚束ないもので」


「まぁいいっすけど。どうしたんすか?」


「ええ、実は地図の見方がよくわからなくてですね」


 仕方がないといった素振りで、ユラは少女の後ろから地図を覗き込む。その時、あまりにも単純な

少女のミスに思わず吹き出してしまった。


「これ、上下逆さまっすよ」


「なんですと! ……おお、反対にしたら読めるようになりました。てっきり羊の国では西から太陽が昇るものと思ってしまったであります」


 えへへと笑う少女を見て「うわ、この人結構馬鹿だ」とユラは思う。だが不快感を覚えるようなタイプではなく、気持ちのいいタイプの馬鹿のようだ。


 どうか悪い人に騙されないよう、遠くで健気に暮らしてほしい。そう思い、ユラは足早に足し去ろうとする。


「地図が見れるようになって良かったっすね。じゃ、私はこれで」


「待ってください旅の御仁!」


 またも呼びとめられ、ガクッとユラの動きが止まった。


「いや、だから旅の御仁は」


「我々、酉の国の人間は恩義を忘れないのであります。見たところ、何かを探しているご様子でしたが」


 馬鹿と思ったが、観察眼は優れているらしい。

彼女の前を通り過ぎたぐらいで、自分が何をしているのかが分かったらしい少女の観察眼にユラは感心する。


「このエルフリーデ・ゴットヒルフ・ザルツマン。御仁が困っているのならお助けしたいと思う所存でありますが、如何でしょうか」


 他国の役人に果たしてペット探しなんて手伝わせるべきなのだろうか。だが、このまま一人で町をふらふら歩くのも面白くない。


 少し考えるユラだったが、少女の提案を前向きに捉えてみる気になった。


「まぁじゃあ、お願いしましょうかね。犬を探してるんすけど」


「ほぉ、お犬でありますか。時間の許す限りではありますが、お力添えをさせていただくであります!」


「ありがとうございます。ところで、さっきの長い……エル、えーゴット」


「エルフリーデ・ゴットヒルフ・ザルツマンは私の名前であります!」


「げ、元気満々っすね」


「自己紹介は元気よく! が基本でありますよ。それに私の名前は由緒正しい名前でありますからね。気合も入るってもんであります」


「そうなんすね。まぁでも長いんで、エルちゃんでいいっすか」


「エ、エルちゃんでありますか。でもその、由緒正しき……」


「いやちょっと長くて覚えられないっすよ。じゃ、間をとってエルさんって事で。あ、私はユラでいいすよ」


「でも由緒が……いや。友好の前に由緒なんて関係ないでありますね! ユラ殿、よろしく頼むであります!」


「そーっすよ。由緒なんてクソ食らえっす」


「それは言い過ぎじゃないでありますか!?」


 そんな旧知の仲のようなやりとりをしながら、二人は町を歩きだす。既に西日となった陽の光。それを背に浴びる二人は、どこへ行くとも決めてはいなかった。


 隣を歩くエルは、時折不思議そうに他人の家を見上げていた。エルは自分が不思議そうに家を見上げている事に気付いたらしいユラの顔を見て、恥ずかしそうに頭を掻く。


「いやぁ、他人の家をジロジロ見るのは行儀の良い事ではない事は分かるのでありますが……なんです、あれは。他の家にも付いてましたが」


 そう彼女が指さすのは、屋根から下げるようにして飾られている正方形の箱である。箱はどうも紙っぽい素材で作られているようで、その表面には角ばった書式の不思議な文字が書かれている。


「あの文字はルーンのようですが」


「羊の国にはあんなルーンはないっすよ。うちの町を表す記号っす。っていっても数年前に決まったばっかりの記号っすから、歴史はめちゃめちゃ新しいっすけどね」


「町を表す記号、でありますか」


 ユラは頷く。


「あの飾りはフェスティバル用の飾りなんすよ。っていってもフェスティバルは中止になっちゃったんで、片づけ忘れだろうけど」


「フェスティバルとは?」


「自然に対しての感謝祭ってところっすかね。ユエルではこの時期になると、どこの町でもフェスティバルを開いて賑やかになるんすよ。フェスティバルの期間は色んな人が町にやってくるんで、うちの町をアピールするって意味でもああして町の記号をいろんな場所に飾るんです。ユエルのフェスティバルって結構有名だと思ったんすけど、知らなかったっすか?」


「知りませんでした……! なんと、フェスティバルでありますか。それはまた楽しみになる催しでありますな。ん、でもなんで中止に?」


「怪人のせいっすよ。さっきも言ったっすけどフェスティバルは余所からたくさん人を集めたり、逆に隣の町のフェスティバルを覗きに行ったりするんでヒトの流れが活発になるんす。でも今そんな事をすれば不必要な犠牲者がたくさん増えることになりますよね」


「でも危険な事は予め避けて、開催するだけなら出来るのでは?」


「そう思う人もまぁ多いっすよ。でも祭りが始まると、人のタガって結構簡単に外れちゃいますからね。色んな可能性を考慮しての中止なんだと思いますよ」


「そうでありますか。怪人。やつらは一体どこから現れて、何を目的としているんでしょう」


 伏し目がちにエルがそう言う理由をユラは邪推する。酉の国は竜の国に近い関係もあって、怪人の被害を特に受けている国だ。

 もしかしたらエルも大切な人や物を怪人に奪われたのかもしれない。


「誰もわからないっすよ。そんなことは」


 色々と察するユラには、そんな気返事しか返す事が出来ない。少しデリケートに気を使おうとする。

 そんな彼女の涙ぐましい気遣いを無碍にするように、エルは先ほどまでとは打って変わったハイテンションで露天を指さす。


「あ、ユラ殿! 犬は居ませんが、焼いた犬はありますよ! 少し休憩といきませんか」

 

 エルはホットドックの露天を指さす。折りたたみの椅子とテーブルも置かれており、一休みをするには絶好の場所と言えるだろう。


「素晴らしいアイディアっすね」


 エルの醸し出す空気の変わりように思わず笑ったあと、ユラもエルの提案に同意する。ユラは、エルの空気に振り回されるのに心地よさすら覚え始めていた。


「なんでエルさんはこんな田舎町に来たんすか? 見る物もないでしょう」


 ホットドックをつまみながら、ユラは一番気になっていた事をエルに尋ねる。


「んー、まぁ取材といいますか」


「取材? というとエルさんは報道官か何かっすか?」


「あー、それとはまたちょっと違う取材なんでありますが……まぁ仕事で来ていることには変わりないでありますな」


「他にも色んな国に行ったりしてるんすか」


「行ったでありますよ。虎の国とか、入国審査の厳しい国以外は大体」


「なんか恰好いいっすねぇ。私みたいな出不精には勤まらなそうっすけど」


「そんな事はないでありますよ。ユラ殿も仕事には就いているのでありますか?」


「宿屋の経理をやってるっすよ」


「ユラ殿が……ですか」


「今信じられないって顔したっすね……これでも計算は得意なんすよ」


「いやいや失礼したであります。ユラ殿も十分恰好いいではありませんか」


「んなことないっすよ。多分、エルさんはその仕事がしたくてやってますよね」


「そうでありますな」


「私は、別にやりたくてやってるわけじゃないっすから。やりたくないけれど、やらなくちゃ生きていけない。お金が稼げない。生きるために働いてるんす。虚しいっすよねぇ」


「そうでありますか? 自分に出来ることでお金を稼ぐ。立派でありますよ」


 遠くを見つめながらエルの言葉を聞くユラ。決してエルの言葉を聞いていないわけではなく、ただアズマの顔が脳裏に浮かんでいた。


「エルさんは夢を叶えて、そのお仕事に就いたんすか?」


「夢でありますか。そうでありますね……なりたいと思った職業であることは確かです」


「もしもその夢が叶わなかったら、エルさん、どうしてました」


 ユラの質問に、エルは少しばかり考える。


「そうでありますね。多分、その夢に近い仕事をしていたのかもしれません。その近い仕事すら駄目だったら、また別の近い仕事を探しているでしょう。夢ってそういうものだと思うでありますよ」


「……やっぱりエルさんは恰好いいすね。私には夢がないっすから。そう言う人を見ると少し羨ましくなります」


「んー、ユラ殿は夢ってどういうものだと思います?」


「夢っすか。そりゃ……目標というか。心の底からなりたいと志したものというか」


「ならユラ殿にもちゃんと夢がありますよ」


「生きるっていうのが私の夢ってことっすか? いやぁ、重病患者の人とかだったら分かるっすけど私みたいのがそれを夢にするのは、なんか変じゃないっすか」


「変な夢なんてないと思うでありますよ。夢は壮大じゃなくちゃいけないなんて事はありませんし」


「そうっすかね。……でもやっぱり、ちゃんと形のある夢を持つ人とは違う気がするっすよ」


「ユラさんの周りにそういう人が居るんでありますか?」


「はい、一人だけ。その人はまぁ、夢を叶えられなかった人なんすけど。……その人、叶えられなかった夢に苦しんでるんすよ。平気なフリをしてる癖に、窓の外に夢を叶えた人たちが通りすがると……すごく切なそうな顔して。ホンット、未練たらたらな野郎なんすよ」


「なるほどでありますな。……その気持ち、分かるであります。夢を諦めて、未練がない人なんてきっと居ませんから。でもその未練を忘れるぐらいの事を見つけることが出来れば、きっとその人も前を向いて歩けると思うでありますよ」


「新しい夢とかっすか?」


「それもありますし……これは、その。私の実例で恐縮ですが。夢を叶えた先にあるものを考えるのであります。私の場合は、誰かに優しさを教える事がしたかった。それで、恥ずかしいのでありますが、教師を目指してたりして」


「教師ですか。いや、でも向いてる気がするっすよ」


「ありがとうございます。でもその夢は諦めました」


「何故です?」


「実習で知り合った子供たちが……みんな怪人に殺されちゃいまして」


 エルは笑顔でそう言う。ただ一目で作り笑顔だと分かるような、悲しさを帯びていた。ユラは自分

がとんでもない質問をしてしまったと気付き、慌てて謝る。


「いや、気にしないで下さい。もう踏ん切りはついてるであります。でも……子供に物を教える事が怖くなりました。それからは何を糧に生きればいいのか分からなくもなったでありますけれど……自分が何をしたいのか思い出した時、教師以外でもそれは出来るって気づいたのであります」


「それで、今の仕事に? まぁ何の仕事か分からないっすけど」


「ごめんなさい。ちょっと言うのが憚る仕事なので、もう少し秘密に。でもそうであります。色々悩んだりはしたけれど、結果的に私は今、それなりに幸せでありますよ。だからその人もきっと見つけられると思います」


 ユラは、なんだか腑に落ちた気がした。一つの夢が駄目だったからといって、それからの人生も駄目になるわけじゃないのだ。


 なら『彼』も、悩む時期が終わればきっと前へ進む事が出来る。


「……ま。別に私はそこまで悩んじゃいねぇっすけどね。でもまぁ、うじうじしてる背中に発破かけるぐらいはしてあげようと思います」


 なんだか真剣に悩んでいると思われたくなくて、ユラはわざと適当そうな素振りでそう言う。エルはそんなユラの態度に笑みを浮かべた。


「それがいいでありますよ。それじゃ、お犬探しの続きと参りましょうか」


「そうっすね」



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