神の最期
「貴方、魔法使いでしょ!」
薄い青色の空のような髪をなびかせ、いきなり現れておかしな事を申し立てる少女は、自分の言葉が嘘偽りなく真っ向事なき真実だと断言しているようなそんな自信に満ち満ちていた。
世界樹の木々が風に揺られ、涼しさを感じさせる音を奏でる。
そのおかげで少し、この状況を理解するための時間を作れた。
「いやちょっと待て、魔法使いってのはまた随分唐突な話だな。相当前に存在が消えたんじゃないのか?」
「そうよ。魔力欠乏症が発症してから魔法使いっていう存在はこの世から姿を消していったわ。」
「じゃぁなんでその魔法使いって言葉が今出てくる?言ってる事が滅茶苦茶だぞ。」
「別に断言した訳じゃないわ。貴方の格好が魔法使いみたいだなぁって思っただけよ。」
「それを言うならお前こそ如何にもって感じの格好じゃないか。」
「私はマニアよ!魔法使いマニア!」
バサっと白いローブを風になびかせる。
ローブにはいくつか氷の結晶が印字されており、また帽子にもそれらは見受けられた。
ツバの長い先の折れたトンガリ帽子に髪と同じ色のワンピース、しかも箒で空も飛んでたし、マニアとは言うがホントに魔法使いなんじゃないのか?と疑問さえ覚える。
「私の格好を見て「うわぁ、魔法使いだ!」って思ったって事は、貴方も私と同じ仲間ってことよね?」
「……いや、思ってないし。マニアでもなければ別に興味もない。」
「あら、そう。でも、なんで魔法使いみたいな格好をしてるのかしら?」
「そういや、なんでだ……?」
「まぁ、いいわ。」とクルクル箒を回しながら、自分の周りを回りだす。
横目でジロジロと人のあちこちを見回した後「ふふんっ。」と鼻を鳴らし続いて
「貴方には特別に教えてあげようかしら。
実は、この箒には七つの風ラクリマが仕込んであって空が飛べるようになっているわ。
さらに、腰に着けている十本の杖。これにはそれぞれに違ったラクリマが仕込んであって、もし何かあっても身を守れるようになっているわ。
どう?羨ましいでしょ!」
止まってドヤァっとする少女に言葉も出ない。
「凡人の中の凡人の貴方に言うような事でもないけれど、まさに魔法使いそのもの!
羨ましいと声に出してもいいのよ?」
「それだけ高価だと、盗まれそうだな。」
「そこは安心しても大丈夫。使い方を間違えると先端に仕込んである雷のラクリマが反応して、感電するようになっているから。貴方も使い方には気をつけなさい。」
「別に使いたいとかは言ってないんだが。」
すると、
「お嬢様!こんなところにお出ででしたか!」と老人が遠くの方から走ってくる。
「お迎えか?」
「えぇ、そのようね。
まったく、式典を抜け出してもすぐに見つかる。嫌な世の中だわ。」
走ってくる老人を見て少女は、はぁ。と一つため息を吐く。
「そういえば貴方、お名前はなんていうのかしら?これも何かの縁だから一応聞いといてあげるわ。」
「え、…っと。アキ……」
(本名だとしたらあまり明かさない方がいいだろう)とマルクの言葉が頭を過ぎり、言葉が詰まる。
「ん?」
「アキ・グランズベリーだ。」
偽名の名前。シズクが親戚で登録してた名前だ。
「そう。私はツララ・アゥローラよ。貴族財閥アゥローラの娘と言えば分かるかしら?
龍神祭はまだ始まったばかり、お仲間同士またどこかで会えるといいわね。その時はまたお喋りしましょ、さよならアキ。」
そういうと老人の元に歩いていく。
「お嬢様、勝手にいなくなられては困ります。」
「式典がツマンナイのが悪いのよ。龍神祭だってのに遊びにも行けないし。
だいたい、そういう役回りはお兄様の仕事でしょ!」
「セツエイ様は外回りで今忙しい時期でございます。長女であるツララ様がしっかりしていただかないと。明日の準備だって御座いますし。」
「明日の魔闘会だってどうせツマンナイ結果になるのが分かりきってるじゃない。
そんなの観戦して何が楽しいっていうの?」
「それも貴族たる身の縁で御座います。」
「あーはいはい。にしてもセバス、あんたよく追いついたわね……」
遠くの方でまだ声がする。
ツララから言われて気付いたが、魔法使いみたいな格好をしていたから周りから少し視線を感じていたのだろうか。と思うと同時に魔法使いってそもそもどんな格好なんだと疑問も感じた。
暑い中、ローブを着る事もないだろうとその場で脱ぐ。決して言われた訳ではなく暑いから。
ホラ、黒って熱を吸収しやすいし。と少し言い訳じみた事をブツブツ言いながら世界樹を離れていく。
【シズクサイド・王都図書館ラスランカ】
「……あった!これだわ。」
山積みの本の中にあった一冊の本のさらにその中から薄い本を見つける。
それはまるで何かから隠すかのように本の中に空洞まで作られていた。
「えっと、神と称えられた男の最後……。【アスクール消滅事件】について?」
本を読み進めるシズク
王国、アルジミアはとんでもない失態をやらかしてしまった。
これを世間に公表するのはまず不可能だ。可能だと考える馬鹿はまず存在しない。
存在しようものなら死刑か、あるいは存在そのものを消される程の重罪を担うであろう。
だが、この事実を人の記憶に留めているだけでは、いずれどこかで必ず途絶えてしまう。
忘れ去られてしまう。神の最期を。
ならばと、筆を取りそれを文字にだけでもここに記しておくべきだと私は考えた。
私はこれを【アスクール消滅事件】と題しよう。
まず、アスクールとは、アルジミア王国最北端の小さな村であった。
200人にも満たない村であったが、この村は神と称えられたセクルト・リュビアラスクが生まれ育った村である。
村で騒動が起こらないために世間には公表はされず、知っている者は少なかったらしい。
魔法歴1690年の王都アルターナ襲撃事件についてはご存知だろうか。
当時の王都は壊滅寸前だった。いくつもの命が奪われ王都に住んでいた王族や貴族達も数名命を失った。運良く私は生き残ってしまったが……。
そして、この危機的状況を救い出したのがあのセクルト・リュビアラスクだ。
この偉業で彼は瞬く間に世界に名を轟かせていった。
だが、彼はすでに引退していた身だったため、何年もかかった王都の復旧活動の目処が見えるとすぐに故郷へ帰っていってしまった。
そしてそれから数年後、この最悪の事件が起きてしまう。
魔法歴1723年。
たまたま私がある報告で王宮に足を運んだ時に鳴った警報。
彼が住まうアスクールから王都へ、突然の緊急救命及び援軍要請が発令した。
「アルターナ応答願います!早急に援軍を!!」
「まず民間人の避難だ!」
「ダメだ……。こいつら強すぎる。」
その時憶えているのは、その村に住まう人々の悲鳴と祈りの声だった。
王国はすぐに村から一番近くにいる騎士団に通信をし、さらに王都から三つの騎士団を向かわせた。
だが、時は既に遅かった。
村にいち早く到着した騎士団の報告によると村は全焼、生き残りは存在していないとの事。
セクルトの安否を確かめたが、死体の数はその村に登録されている数と同じだったという。
無論、そこに住んでいたセクルトの娘夫婦とその子供もその中で確認された。
神の血は、ここで完全に途絶えてしまったのだ。
王国はこれらを隠した。
世間に公表する事を恐れたのだ。
それは世界中から彼が神として称えられていたからだ。
そんな神があっけなく死に、しかもどんな形であれ騎士団は間に合わなかったという事実。
敵の素性も知らなければ、なぜ襲われたのか目的も不明なまま。
そんな事情で神が死んだと知られれば、王国は世界中から非難を浴びるだろう。
この事は、当時の騎士団団長らと王族・貴族数名、そしてその場にたまたま居合わせた私のみに告げられ口を閉ざすようにと堅く禁じられた。
そして王国は、【アスクール】という村自体をなかった事にし、地図上からもその存在を消したのだ。
私はどうしても納得いかなかった。いや、私はだけではなかっただろう。
なので私は文面にてこれを残す事にする。
口を開かなければ罪にはならないだろうという屁理屈である。
小さな村で小さく死んでいった神のために、最後に一言申したい。
貴方は偉大だったと。
ラスランカ司書:セルロイド・ブラウン